「私はついつい〜してしまう」は、実は「私は〜することを選ぶ」なんだよ!
っていうのがあって、結構衝撃を受けた。
この考え方を、たまに思い出して「〜」のとのろにいろいろ当てはめてみたりしている。
最近、娘ちゃんの保育園問題や、お金の問題で、寝る前にふっと、不安になることが多く、
あ〜悩んでもしょうがない未来のことに、ついつい不安になってしまってるなーと思ってたんですが、
そうだ、これ、自分で不安になることを選んでるんだった。
アドラー的に考えると
全ての行動や感情には目的がある。
なにを目的にして、私はいま不安になってるんだろうって、ちょっと考えてみた。
ひとつ思い浮かんだのが、
今を真剣に生きることから、逃れるために、不安になってる?????
今この瞬間を精一杯生きようとしていれば、今この瞬間に、とにかく集中していれば、
未来のことを不安がる暇なんて、ないと思うんだよね。
不安な気持ちがあって、元気が出ないので、今頑張れないって、言い訳にしているのかな。
今を頑張りたくない、という思いが先にあって、その思いを正当化するために、「不安」という感情を使っているのかも。
これは確信じゃなくて仮定だけど、
頑張れない、ちゃんとできない、理想通りになれない自分は、ダメ!!!バツ!!!価値なし!!!って思ってるから、
言い訳が必要なのかも。
もしかすると、そんな自分でも、ええやん?って思えたら、不安な気持ちも無くなるかも。
ダメなところ、素直に受け入れられないときは、
リフレーミングだね。
頑張れない、ちゃんとできない自分は…
…うーん。
なんかいいリフレーミングないかな。
リフレーミングって、難しいよね。
いいリフレーミングを思いつくまで、とりあえず、魔法の言葉をつかっておこう。
「全てうまくいっている」
「全部ベスト!」
そう。
今頑張れないのも、不安になってしまうのも、うまくいっている過程の途中。
ベストなタイミングで不安になってるはず。
そう思うと、
今不安になってる現状を、ちょっと前向きに捉えられるよね。
もしかすると今は、ちょっと立ち止まって、なにか気づきを得るためのタイミングなのかも。
とか。
それなら、ゆっくり過ごして、その気づきとやらが現れるまでユルユルしてましょうかね