
監督:ニコラウス・ゲイハルター
2005年/オーストリア・ドイツ
内容を全く知らずに行く。
農薬被害の問題か、食べ物が身体に与える影響。
そういった内容だと思っていた。
映画が始まった瞬間、正直失敗したと思った。
大画面で、牛が出てきた。
「これは。。。嫌な予感。席を立つなら今しかない!」
と思ったけど、
今回は、珍しく一人じゃないので、
大人しく観ることに。
この映画で、初めて屠殺を見る。
ナレーションの全くない映像。
必要以上に、ミニマルで美しい景色。
監督は、何が言いたくて、この映画をつくったのか分からない。
屠殺場で働く人が、自分の手で殺していることを、
どう思っているのか分からない。
そういったことに、監督は、どう感じているのか分からない。
ドキュメンタリーは、監督の主観で作られなければいけないと思う。
中立や客観性は、間違ったドキュメンタリーの解釈だと思う。
そういう意味では、彼は余りにも中立的だ。
自分の立ち位置を、一切語らない。
しかし、表現のあり方でなく、
この映画をつくった理由を、この映画から見つけるならば、
監督の立ち位置は、はっきりしてくる。
人々が、フタをしておきたいこと。
自分の目の前にある結果が、どういったものから、
どういった経過でここにあるかということ。
そういったものを、明らかにする。
人が目をそらすものを、
ムリヤリ目の前に置くことは、
彼が、言葉を発する以上に、
強い主張を表していると思う。
画面いっぱいに、言葉が氾濫するテレビよりも、
彼の無言は、はるかに力強い。
そして、私が観た映像は、
編集のない、ただの現実で、
好きに感じる自由を、与えている。