何よりも一番辛かった事。

生まれて初めて、
「人間関係が上手く築けない」
という壁にぶち当たった。

“未経験での途中入社、しかも30歳もすぎてるヤツ”
という立場であり、
「人一倍早急に成長し、使える人材とならねば!」という意識から、必要以上に緊張しすぎ、萎縮しすぎ、何事も低姿勢に!と、誰に対しても気を使いまくりすぎてしまい、
自分自身、うまく心を開けてなかったと思う。

最初の3ヶ月ほどは異常なほど緊張しっぱなしの毎日で、先輩方の雑談に入っていくことすら恐縮してしまい、完全にスタートダッシュも誤った。

以後、完全に「おとなしい感じで、あまり何考えてるかわからない人」と印象が定着してしまったんだと思う。

本来の私は全然おとなしくもなく、よく話すほう。誰とでもそこそこうまくやれてきたはずが、人生初の「アウェイ感」を経験した。

払拭すべきと頑張って積極的に参加した飲み会ですら、
「それなりに話はするけど、輪に入りきれない妙なアウェイ感」
に余計に凹み、精神的にも疲れていく一方だった。

過去の職場の飲み会で、こんなに寂しく帰りたい気持ちばかりになったことは一度もなく、どちらかといえば場を盛り上げる側&そういったアウェイな人を作らないよう話に巻き込み楽しんでもらえるよう心がけてきた。

病気のせいも多少あるだろうが、なんとも言い表せないアウェイ感(仕事中、飲み会とも)がずっと切なかった。

結局、普段からコミュニケーションがしっかりとれていなかった事。自分という人間や考え方をよく知ってもらっていなかった事も原因で、

自分としては、「皆の仕事が円滑に回るように、皆さんの負担を減らせるよう私もさらに頑張りたい」と心から思ってとっていた言動が、
逆に、「悪意や怠慢のある言動」のようにとらえられて上司に報告が上がっていた事を知り、これも本当にショックだった。

信頼関係さえちゃんと作れていれば、互いに言葉や思いの行き違いで傷つく事もなかったのに。

色々気を使いすぎてきた事が、裏目裏目に出てしまった。

退職勧奨時に上司から言われた一言「あずきさんには●●●●●」

ここには書けないので伏せ字にしてるが、
退職よりも今後の不安よりも、その一言が一番精神的にキツかった。

しばらく、心に刺さったまま残り、思い出す度軽くパニック症状が出てしまうと思う。

信頼関係を築けなかったがゆえ、互いに誤解の部分もあっただろうけれど、
本当に情けなくて悔しくて涙がとまらなかった。
「ホッとした」気持ちが勝っている時点で、“合っていなかったんだな”と改めて感じた。

もう、
「お昼休みの休憩室での緊張」を避ける為、雪のちらつく寒い中、公園でコソコソと一人で弁当を食べなくていいんだ。

雨の日も、社内から逃げたいからと、苦しい家計の中から無駄にランチ代(外食)を捻出しなくていいんだ。

昼休みすらスッキリしない思いの毎日が終わったんだ。と思うと気は楽になった。

業務においても、

念願の企画職だったが、実際は他部署とのかけもちの為、持ち帰りで仕事をしないと、本来の所属部署で企画に関わる時間なんてない状況だった。

入社数ヶ月はまだ完全にうつが再発していなかった為、持ち帰りの仕事もやる気満々でむしろ嬉しかった。

が、数ヶ月たち、うつの再発・自宅での介護ストレスも出始め、持ち帰りの仕事をこなす元気もなく、帰宅後は毎日ぐったりで、早い時間から寝込んでしまうようになっていた。

平日に帰宅後まで仕事していると身体がもたなくなっていたので「よし、じゃあ休日にやろう」と決め、毎週末仕事は持ち帰る物の、休日まで全く気が休まらなくなり、日曜の夕方にはサザエさん症候群のような毎週末。

次第に、体調的にも持ち帰り仕事ができなくなり、企画も全くうかばない。勤務中はルーティンワークに終われ、本来やるべきであり、やりたい企画の仕事が全然できなくなっていた。

複数部署をかけもつ形で、互いの部署の上司同士は、その日の本人の手持ちの業務等詳しい状況がわからない為、どちらの仕事も「急ぎ」の事が多く、とにかく毎日ドタバタだった。

残業がしにくい社風(本来はとても良い事だが)も、逆に毎日のかなりのストレスになっていた。

残業すると怒られてしまう風潮。
とはいえ定時になんて終わらない。
朝はもちろん始業時間より早めに来て仕事もしている(お給料は出ないが自主的に)

未経験者ゆえ、作業の遅さは多少まだあるかもしれないが、それを差し引いても、サクッと定時に上がれるはずのない仕事内容の日の方が断然多い。

社風としての「皆で早く帰れるようにしよう・業務効率化」にはとても共感しているが、
上司の間では“残業代目当て”に近いような言われ方をされていた事もあった事を退職勧奨時に知り、結構傷付いた。

純粋に、翌日に仕事を残すと先輩方に負担になるからできるだけ片付けたい。という気持ちだった。

巷に聞くブラック企業のように
「○時でタイムカードを切り、あとはサービス残業」という形がシステム上可能なら、むしろそうしたいくらいだった。

ここしばらく「調子が良い」ように思っていたのですが、自覚してる以上に実は心も身体も疲れてしまっていたようです。

退職(事実上は解雇)が決まって以来、急激にうつ・パニックの症状が悪化し、その日の帰りに車道に飛び込みたいほどの思いでした。

30歳過ぎて、ようやく念願の業種に就け(しかも未経験者にも関わらず採用頂いた)本当に嬉しくてとびあがるほど喜んだものです。

新卒時の就活時期をきっかけにうつになり、就活する度パニックを起こす状態でしたが、

何度も倒れたり発作をおこしながらもどうにか耐え、必死の就活の末ようやくようやく掴んだ念願の仕事だった。

いきさつを知ってる友人達も、決まった時には本当に心から喜んでくれた。

なのに、残念ながら退職となりました。

すごい喪失感、今後への不安、うつの事は隠し通してきたが、結果的にはクビに近い退職となったこと…

自己嫌悪と、情けなさ、またパニックと戦いながらの一からの就活を再開しなければと思うと不安と悔しさで涙がとまらなかった。

しかし、ひとしきり思い切り泣いた後、
「悲しい、辛い」気持ちよりも「ホッとした(もう無理しなくていいんだのような)」気持ちの方が少し勝っている自分に気付いた。