“献花”は、故人のみに、“供花”は、悲しみに沈む回りの方々を含めてだそうです。
物事には、そんなちょっとした違いもあるんですね。
でも本来お悔やみの気持ちというものは、そこに集まる人々全員が共有するものかと思うのですが、どう思われますか⁉

海外で《日本人を2つに分断》とまで言われた氣の悪い九月が終わって、ホッとしますね。

ところで、献花を行った方々は、毎年お彼岸やお盆、大切な先祖の命日など欠かさず御参りしている信心深い方々なんですよね!
だって、それが当たり前の事ですものね。
もし、それも出来ていないのに軽はずみな行為をした方は、改めたほうが良いかもしれませんよ。

御先祖様は、神様ではありませんので、全てを善とする事はないように見受けられますので。

人によっては、マイナスの影響を受けることもありますからね。

イベントに参加した気分でいると、損をするかもしれません。
特に、デモをしている方々に怒鳴っていた方は、お悔やみの主旨を汲んでいらっしゃらないので、修行が重なるかもしれませんね。

昔、御世話になった先祖の為に母がお墓を新しくした事があります。
そこに入られた方々からは、とても感謝されたのですが、突然毎夜うなされることになったんです。

理由は、無縁仏状態の親戚が頼って現れたのですが、『羨ましい』という念でした。
元々霊魂は支えられて徳を積み仏の道に入ると言われているので、あながち仕方無いことではあるのですが・・・

供養をしたら、お礼を伝えて現れなくなったんですよ!
不思議ですね!

霊魂は、波長というよりは波動のあう人に頼るそうです。
何も気づいてくれない人に信号を送っても無駄足になるだけですものね。

だから、取り付かれやすい体質と言われる方がいらっしゃるんですね。

私は“死と幽霊”が怖いので、見えないことで安心しているのですが、時々無性に不安になります。
たぶん近くにいるんだと思うのですが、“霊魂”にも様々なタイプがあるので、気をつけないといけないですよね!

昔、二丁目の新しいバーに入った時、何か嫌な予感がしたんです。
知り合いのバーの子に伝えると、実はいらっしゃるとの事でした。
その方は、大人しくて守り神のようにしているらしいのですが、私は『あのトイレには入れない』と伝えました。

ビンゴだと知って、とりあえず心の中で『私は貴方のお役にはたてませんので失礼致します』と伝えました。

たまに、道を歩いていると誰かにつけられている感覚に襲われるんです。
振り返ってもいない時は必ず“その言葉”を念じるんです。

最近自分の具合が悪いのは、先祖に爆弾発言をしたせいかもしれません。
放った矢が反対に返ってきたのでしょう。
そんなものですよね!

人を呪わば、なんとやら

最近、虫に食われた跡や引っ掻いた跡にバイ菌が入って化膿したり、突然オデキが出来ます。
私はいつもこれを“悪い氣の集まり”と呼んでいるんですよ!

何も近づかない体質の人がいれば、引き寄せちゃう人もいるんだと思います。

甘党と辛党のように考えれば簡単だけど、現実はちょっと違うかな。

現れたい、伝えたいことが、良い事か悪い事か。
実は訴えたい事があるかもしれませんし、危険を知らせていることもありますよね。


何か感じるものがありましたら、心の中で気持ちを伝えてみてくださいね。

そうそう私が幸せに縁遠いのは、たまに嫌な予感に対して、『私に取りついたら、末代まで呪ってやるからね!』と、はしたない台詞を口にするせいかもしれません(>_<)