週刊誌の記事を、しっかり読んでみた。


これが戯曲なら、最後の場面をどう考えるべきだろう。


元々ドロドロした有名な話だから、最後は【いかようにも】書き加える事が出来る。


そんな《下世話な興味》で読んだ記事は、やはり自分の望む展開ではなかった。


ただただ『木綿子』への心中を推量るばかりである。
女優にとって『なんとやり甲斐のある役』だろう!?女優としては………

記事は、『事実かもしれないし、事実ではないかもしれない!』


葛藤と愛欲の中に繰り広げられる華やかで愚かな人間模様。


梨園、宝塚、結婚、不倫、離婚………三世代に渡る家族の物語。


ゴッドファーザーのマーロン・ブランドとアル・パチーノを想い出した。
そういえば、『あれも特殊な家族の物語だった』

この戯曲私なら、『貴方は私の憧れだが、父ではない』と主役に台詞を与えるだろうな~。


アル・パチーノも結局『家族の為に選択を余儀無くされた』が、戯曲なら古典的な流れなど、こだわることもない。
ただ母とは、何なのか。女とは、何なのか。人の道とは、何なのか。


この素晴らしい題材を、溝に捨てた主役に頭が下がる。