前回に続いて今回もイギリスの昔話。

今回は洋書で、アイルランドに伝わる人魚と結婚した男性のお話をご紹介します。






ディック・フィッツジェラルドという男性が夜明けにひとり、海岸で海を眺めていました。

太陽が上ってくる海の風景は素晴らしいものでしたが、ディックは自分が独り身なのを寂しく思っていました。

ふとディックが砂浜を見ると、大きな岩に若い女性が腰掛けて髪を梳いています。その傍らに赤い帽子が置いてあるのを見てディックは彼女が人魚だとわかりました。人魚はその魔法の帽子の力で海から陸にやってきますが、帽子を失うと再び海には帰れなくなるのです。

ディックは人魚を捕まえようと思い、こっそり近づくと帽子を奪ってしまいました。

帽子を取られたことに気づいた人魚は子どものように大泣きしました。

彼女を落ち着けようとディックは人魚の手を取りました。そして人魚の美しさに魅せられたディックは人魚にプロポーズしました。

人魚もディックが自分を食べるような恐ろしい人間でないことを知り結婚を承諾しました。人魚は髪を櫛で梳かしたあと水面に向かって何か言いました。

誰と話していたのかとディックが聞くと、人魚は自分は波の王の娘だと言い、父王に朝食を待たなくていいこと、心配しないでいてくれるよう伝えたのだと言いました。

人魚はディックと結婚して3年の間に娘を一人、息子を二人授かり、良き妻、良き母として過ごしました。ディックは欲しいものを全て手に入れて幸せでした。

ある日、ディックは仕事のため一日留守にしました。釣り道具を出したままでしたが、妻は忙しいので道具に触れる間もないだろうと思いそのまま出かけたのでした。

ディックが出かけると妻はすぐに釣り道具を片付けにかかり、網を下ろしたとき壁に小さな穴があることに気づきました。そして穴の中を確かめると、かつて失くした赤い帽子を発見しました。

彼女が帽子を手に取ると父や母のこと、海の全ての記憶がたちまち甦りました。

妻はしばらく自分がいなくなったあとのディックと子どもたちのことに思いを馳せていました。それでも、両親も娘の陸での暮らしを知りたいだろうし、一日くらいで戻ればいいのだからと戸口に向かいました。一旦引き返し、ゆりかごの中の末っ子にキスしたあと自分が帰るまでの兄弟の世話を長女に頼んで妻は家を出ました。

砂浜に着くと海からかすかな甘い歌声が聞こえ、たちまちディックのことも子どもたちのことも忘れ去った彼女は赤い帽子を被ると海に飛び込んだのでした。

夕方、帰ってきたディックは妻がいなくなったことを知りました。隠し場所の壁穴からは赤い帽子がなくなっていて彼は全てを理解しました。

それから後もディックは再婚することなく妻の帰りを待ち続けました。

波の王が娘を閉じ込めて陸に行かせないようにしているんだ、と彼は人生の最後まで信じていたのでした。




この物語はアイルランドの民俗学者トマス・クロフトン・クローカーが収集したアイルランド南部の昔話の中の「The Lady of Gollerus」が元になっているようです。

人魚に限らず異類の女性の持ち物を奪って妻にする話は似たようなパターンが色々な国にあります。たいていは隠した魔法のアイテムを見つけられて妻に去られてしまうんですが。

同じアイルランドの昔話には、以前にご紹介しましたが人魚からケープを奪って結婚する「オイン・オーグと人魚」もあります。

「enchanted cap」の人魚は陸の世界に戻って来るつもりだったのに帽子を被ったとたん人間との記憶はなくなってしまったんですね。魔法の帽子には人魚自身にもコントロールできない力があるようです。



このお話が収録されている本書「Mermaid Tales from Around the World」にはタイトル通り世界の人魚物語が集められています。ただし上半身が人間、下半身が魚の人魚だけでなく、水の精霊も含め広義で人魚としているようです。


日本の昔話もあり「The Serpent and Sea Queen」というタイトルなのですが、大蛇と人魚の出てくる話なんてあったっけ?と不思議でした。

挿絵には武者風の男性と龍に乗った女性が描かれています。武者の下の水中には大きな蛇のような怪物の姿が。これがSerpentなのかなと思いましたが、グーグル先生の力を頼って日本語に訳しても何の話が元なのか見当がつかず・・・






でもよく読んだら怪物には数百万の足があるとあり、更に三上山の地名もあったので、ようやく俵藤太の百足退治の話だと気づきました。

俵藤太こと藤原秀郷が琵琶湖の龍神一族から三上山の大百足を退治してほしいと頼まれる話です。

挿絵で龍に乗っているのは秀郷に百足退治を頼みに来た竜女だったんですね。もしかしたら敏い人なら絵を見てすぐこの話だとわかったかも。

でもこの英文では竜女を助ける青年の名前がTODAと書いてあって、藤太のつもりなんだろうけれど私はわからず戸田さんって誰?とずっと思ってましたチーン








「Mermaid tales from Around the World」

MARY ROPE OSBORNE : 文⁠

TROY HOWELL : 絵

(SCHOLASTIC 1999年)



物語の国に合わせて多彩な画風で描かれた美しい挿絵を見るだけでも楽しめます。