前回、福島に伝わる漁師と人魚のお話を取り上げたので、

今回はイギリスの昔話に登場する漁師と人魚の物語をご紹介します。

世界各国に伝わる想像上の動物にまつわる話を集めた絵本より。

 

 






 「空想動物ものがたり」

マーグリット・メイヨー:再話

ジェイン・レイ:絵

百々佑利子:訳

(岩波書店 2005年10月刊)

 

 



以前、当ブログでかいつまんでご紹介したコーンウォールに伝わる「ルーティと人魚」と同じ話と思われますが、こちらの本では漁師の名前はリュティになっています。

 






 

昔、リュティという若い漁師が海辺の小屋に妻と三人の息子、そして老犬のタウザーとともに住んでいました。

あるとき、潮の引いた浜を歩いていると岩場のほうから苦し気な声が聞こえます。

リュティが行ってみると、そこには長い金の髪と緑の尾を持つ美しい人魚が座っていました。

「お願いです、親切なお方、助けてください」

人魚はリュティを見るなりそう叫びました。

人魚は縁起の悪い生き物なので見かけても決して目を合わせてはいけない、と漁師の間では言われていましたが、人魚の美しさにリュティは目を逸らせませんでした。

モルヴェと名乗るその人魚は、岩場で髪を梳いているうち引き潮になって海に戻れなくなったと言い、願い事を何でも三つ叶えてあげるので波打ち際まで自分を連れて行ってほしい、とリュティに頼みました。

それなら・・・とリュティが人魚に願ったのは、

・人々の病を治し、健康にする力

・人々の争う心を鎮め、平和をもたらす力

・自分が死んだあとも癒しの力と平和の力が子孫に受け継がれていくこと

という三つのことでした。

わかりました、叶えましょう、と人魚は言うと自分を抱いて海まで連れて行ってくれとリュティの首に白い腕を回しました。

すると、一緒に来た犬のタウザーが気味の悪い声で鳴きはじめました。

リュティは自分が無事でいられるのか不安になりましたが、モルヴェナはリュティを危険な目に合わせない証として金色の櫛をリュティに渡しました。

美しい金の櫛をリュティがポケットにしまうとモルヴェナは歌いだしました。

秘密の洞穴や海の底にある魔法の宮殿、苦しみや死のない世界のことを。

リュティはまるで夢をみているかのように砂浜を海に向かってモルヴェナを抱いて歩きだしました。

波打ち際に来たリュティはそのまま腿のあたりまで水に入り、ここから泳いでいくように言ってモルヴェナを離そうとしましたが、

「もっと深いところまで連れて行って」

そうモルヴェナに言われて腰のあたりまで水につかりました。

「もっともっと・・・深いところまで連れて行って」

更にそう言われてリュティはどんどん進み、ついに肩まで水につかったのでモルヴェナを下ろそうとしました。

ところが人魚は両腕をリュティの首に巻き付け、尾をリュティの足に絡めて歌いだしました。

「来て、来て・・・一緒に来て」

人魚の歌声を聴くうちにリュティも人魚と一緒に行くことが自分の望みなのだと思うようになりました。

するとその時、浜に残されたタウザーが猛烈な勢いで吠えました。

海岸中に響き渡るような大きな声で吠えたてたのです。

さすがにリュティも気が付きました。

振り返ると、波打ち際に大事な茶色い犬と、そのむこうに妻と息子たちの姿も見えました。

放してくれ!とリュティは必死に逃れようとしましたがモルヴェナは一層力をこめてリュティの頭を押さえつけました。

か弱そうに見える人魚なのに、その力はリュティより強いのでした。







それでもリュティにはまだできることがありました。

ポケットから小刀を取り出し、刃を波の上にかざしてリュティは叫びました。

「鉄(くろがね)の力よ、わたしから人魚の腕を離してくれ」

たちまち人魚はその腕の力を緩めました。

鉄の力はどんな魔力にも勝るのです。

「さようなら、愛しい人。9年の長い間のお別れです。それからまた、私たちは会うでしょう」

そう言い残して、人魚は波の下に潜っていきました。


リュティの三つの願いは叶えられました。

誰かが病気になってもリュティが薬草を与えたり、手でさすったりするだけで病人は良くなりました。

争いがあってもリュティは真実を解き明かし揉め事を収めるのでした。

多くの人がリュティを慕いましたが、リュティは誰からもお金を取らなかったので海を愛する漁師のままでした。

そのような幸せな9年が経ったある日、リュティは一番上の息子のトムと漁に出ました。

海は波はなく穏やかでしたが、突然巨大な波が盛り上がり舟に襲いかかってきました。

必死で舟にしがみつくリュティとトムの前に現れたのは、いつかの人魚モルヴェナでした。

「時がきました。今やっと、あなたは私のもの」

モルヴェナが歌うと、リュティはなにも言わずゆっくり立ち上がり、そのまま海に飛び込んで姿を消しました。トムは水の面に人魚の長い金髪が広がるのを見ましたが、それもすぐ波の下に消えました。

それきりリュティが帰ってくることはありませんでした。








リュティの特別な能力は息子のトムが受け継ぎました。この力はリュティの家族に代々受け継がれ、今でも変わりません。

ただし、人魚モルヴェナは贈り物に犠牲を求めます。

きっちり9年ごとに、リュティの子孫の誰かが海に消えるのです。

彼らは海の底にいる人魚とリュティのもとに行くのでしょうか。それは誰にもわかりません。




以上が、コーンウォールに伝わる人魚と漁師のお話です。

三つの願いは叶えられても犠牲が必要なら贈り物と言えるのかな。人魚の計略のようにも思えますが・・・。

特別な能力を持っている一族の由来の話という側面もあるわけで、なぜこんな話が生まれたのか興味深いです。

犠牲者が出る9年というサイクルも何か意味があるのか気になるところです。



ジェイン・レイの絵は優しい雰囲気ですが、情緒的になりすぎずクールな印象もあります。

それが神話や伝説の挿絵にちょうどいい感じです。