久しぶりの人魚本のご紹介。

本日はいわさきちひろ画の「赤い蝋燭と人魚」です。

 

 






 

「赤い蝋燭と人魚」

小川未明:作  いわさきちひろ:画

(童心社 1975年6月刊)

 

 

 

この本が出版される前年の8月に、

いわさきちひろは病のため亡くなりました。

「赤い蝋燭と人魚」は未完のまま、遺作となってしまいました。

 

 





 

 “人魚は、南の方の海にばかり棲んでいるのではありません。北の海にも棲んでいたのであります。”



 

冒頭のこの一文に添えられた、月光に照らされた波しぶきの立つ海の挿絵は、

モノクロながらこれ以上ないほどに物語世界を描き出しています。




 

この本の制作に着手した頃、いわさきちひろは十二指腸潰瘍が悪化し

入退院を繰り返していましたが、

挿絵を描くにあたってどうしても本物の日本海を見る必要があると感じ、

病をおして長野のアトリエから新潟県の海岸まで出かけたそうです。

 

本書の巻頭の海の絵・・・

暗い空と、灰色の水平線は、寂しげでありながら凄みも感じさせます。

そして妥協を許さない、いわさきちひろの絵に懸ける思いと覚悟も感じます。

 


 

たとえ走り書きであっても、

振り向いた人魚の娘の表情は胸に迫ります。

それは画家の確かな技量の現れでもあります。

この瞳の強い力は他の画家では出せない、

いわさきちひろ独自のものですね。






 

 

 

 

本書は童心社の「若い人の絵本」シリーズの一冊として企画されました。

「たけくらべ」など同シリーズの他のちひろ作品を見ると

それほど色は使わずシンプルで大人っぽい絵で仕上げています。

だから本書も、もし完成していてもカラフルではなく

モノクロの味わいを生かした挿絵になっていたのではないか、と推測します。

 

 

未完に終わってしまったのは残念ですが、

その無念さが、哀しい物語世界と相まって

深く、心の中に残る一冊です。