ロシアでのサッカーW杯が盛り上がっているので、
というのはこじつけですが、
今回はロシアのブィリーナと呼ばれる英雄叙事詩をご紹介します。
3年ほど前に当ブログでロシアの伝説SADKO(サトコー)を題材にしたイリヤ・レーピンの絵をご紹介しました。
サトコーがどんなお話なのか詳しく知りたいと思っていましたが、半年ほど前に古書店で購入したこちらの本が読みやすかったです。




「ロシア英雄叙事詩の世界 ~ブィリーナを楽しむ~」
佐藤靖彦:編訳
ゲオルギー・ユージン:絵
(新読書社  2001年11月刊)



以前の記事はこちら。







まずは叙事詩のストーリーを簡単にご紹介します。


主人公サトコーはノーヴゴロド(貿易で栄えた都市)に住む、グースリ(ロシアの弦楽器)弾きの男性。生活は貧しく、お金持ちが開く酒宴の席で演奏して生計を立てています。
仕事のない日、サトコーは湖の畔でグースリを弾きました。すると夕方に水面が波立ち、彼は恐ろしくなって帰りました。
次の日も、その次の日も仕事がなく、サトコーは湖畔でグースリを弾きました。水面はやはり夕方になると波立ち、三日目には逃げずに演奏していたサトコーの前に湖から海王が現れます。
王は自分たちの酒宴の客を楽しませてくれたお礼に、呼ばれた酒宴で湖に金の魚がいることを賭けるようサトコーに言います。
金の魚がいることを酒宴の客たちは誰も信じませんが、海王の力で金の魚を得たサトコーは賭けに勝って大儲けしました。
大金持ちになったサトコーですが、ノーヴゴロドにある商品すべてを買い占められるかどうかを賭け、結果買い占めることができず、買った品を売るために船出します。
ところが帰り道、強風にもかかわらず海の上で船は動かなくなってしまいます。
これは海王に貢ぎ物が必要とサトコーは判断し、銀の詰まった樽、金の詰まった樽、真珠の詰まった樽を海に沈めましたが船は動きません。
とうとう乗員の誰かを海王に生け贄として捧げることにして、それぞれがくじを作って海に投げ、沈んだ者が海に飛び込むことに。
最初のくじは皆はしもつけ草、サトコーは黄金でくじを作り、サトコーのくじが沈みました。
このくじは不公平、もう一度くじを作るとサトコーは命じ、今度は皆は黄金、サトコーは柏の木でくじを作って海に投げましたが、今度もサトコーのくじが沈みました。
このくじは不公平、とまたもやり直すことにして皆は柏の木、サトコーは菩提樹で作ったくじを投げましたが、やはりサトコーのくじが沈みます。
仕方がない、海王様は私をご所望だ、とサトコーは観念し遺言を書いて、海に浮かべた板の上(いきなり飛び込むのは怖いので)に乗りました。恐怖のあまり意識を失うサトコー。
気がつくと彼は海王の宮殿にいました。
グースリを弾くよう海王に命じられ、サトコーが演奏すると海王は踊り出し、海は荒れて多くの船が遭難しました。人々は海を守護する聖者モジャイスキーに祈ります。

突然肩を叩かれてサトコーが振り向くと、白髪の老人が立っていました。
老人はサトコーにグースリを弾くのを止めるよう言い、弦が切れて演奏できないと言うと王から海の乙女との結婚をすすめられるだろう、と言いました。
はたしてその通りになりましたが、サトコーは老人の助言の通り、選んだ娘と初夜をともにしなかったので無事にもとのノーヴゴロドに戻ることができました。
白髪の老人はロシア正教の聖者ニコーラ・モジャイスキーでした。彼はサトコーにノーヴゴロドに帰った暁には自分の聖堂を建てるよう言います。
その言い付けを守ってモジャイスキーの聖堂を建立したサトコー。その後は海には出ず、ノーヴゴロドの街で暮らし続けました。今もその誉れは語り継がれています。


以上がロシア英雄叙事詩「サトコー」のあらすじです。
この中に人魚が出てくるのかと聞かれたら微妙ですが、レーピンの絵には下半身が魚の女性が描かれているので、海の乙女は人魚なのだと…思いたい(笑)。

ちょっと疑問に思うのが、湖から海の王が現れるという部分ですが、これについては本書の解説でも触れられていて、ロシアの民話などに登場するヴォジャノイという水の精は川や湖に限らず海にも現れる、この叙事詩に出てくる海王もそのヴォジャノイではないか、とのこと。そして海外貿易で栄えたノーヴゴロドの人々にとって、水の精はすなわち海の精だったのではないか、と。
さらに、叙事詩の前半と後半に登場する海王はかなり性質が違うので、もしかしたらそれぞれ別の王なのかも、とも著者は考察しています。
確かに前半の海王はサトコーに賭けで勝てるよう助言してくれたり親切ですが、後半の王は船を沈めたりサトコーを海の世界から出られなくするよう結婚を勧めたりして悪役っぽい感じ。
もとの世界に戻れるようサトコーに助言する聖者ニコーラ・モジャイスキーも登場して、ここからも後半の海王はキリスト教と敵対する異教の王ということが見て取れます。

ところでブィリーナ(英雄叙事詩)のわりにはこの主人公サトコーは英雄っぽくないですが、これも著者の考察によれば、この叙事詩はサトコー個人を讃えているのではなく、交易で栄えた都市ノーヴゴロドがいかに素晴らしいかを謳っているのではないかとのこと。この叙事詩ではノーヴゴロドの素晴らしさがよく語られるのです。
何気ない設定にも地域の特色や、歴史的背景が現れるんですね。


伝説や民話とはまた違う特性を持つブィリーナ。
独特の節回しで歌われたというこれらの詩を、実際に聞いてみたいとも思います。







などと書いているうちにW杯も終了。
決勝戦ではクロアチアを応援していましたが、残念。でも楽しめました。