零治さんと話をしているうちに
この人と一緒に仕事がしたいと思ってきた
ただ、一体何をすればいいのだろう
旅館業ではなさそうだけど ・・・
育英会の事務所で働くのか
絵の買い付けをするのか
美術館の仕事をするのか
のどれか?
「零治さん、一つ質問をしても宜しいですか?」
正直、俺が大学で学んだことは
何一つ役に立たない
「どうぞ」
彼は居住まいを正して
真っすぐに俺の顔を見つめた
「単刀直入にお伺いしますが
こちらで働かせていただいた場合
僕は何をお手伝いすれば
宜しいのでしょうか?」
聡明な眼差しは
心の奥底まで見透かすような光を放ち
言葉の意味の分析を始めてるように見えた
「父の話を受けて頂けると言う事ですね
それではこちらからお伺いします
貴方はどの様な仕事がしたいですか?」
質問に質問で返されてしまった
ここは包み隠さず話す必要があると思い
ここまでの経緯を話した
(彼については話していない)
「内定は取れているけど
何がしたいのか自分でも分からず
踏ん切りがつかない所に
friendshipさんからの申し出
働きたい気持ちはあるけれど
どうしても一歩が踏み出せず
迷い続けているとき父に会った
ここまでは合ってますか?」
彼に一つずつ確認されて
改めて気が付いたのは
friendshipで働きたかったと言う事
彼に繋がる扉があるのはあそこだからだ
でも、俺のちっぽけなプライドが
あの人たちのご厚意を受け入れなかった
「その通りです ・・・
ここに来て「蒼」の絵を見るまでは
鮫島館長のお話も断ろうと思っていました」
「迷いの中にあった貴方が
「蒼」の絵で道が開けた?」
急かすこともなく
とことん俺と向き合おうとしてくれる彼
だから隠し事などせず
聞かれたことは答えようと思った
「はい ・・・ あの絵の前に立ったとき
僕に見えた蒼は『絶望の蒼』でした
深い深い海の底の光さえ届かない
絶望を表す蒼 ・・・
その時、館長から掛けて頂いた声が
一筋の光となりました ・・・
だから、こちらでお世話になりたいと思いました」
柔らかい表情で黙って聞いていた彼
大きく頷いた後
ゆっくり話し始めた
「実は僕もあの絵と対峙した時は
かなり暗い色だった
絶望とまではいかなかったけど
同じように深い海の底の蒼に見えました
僕は絵を描くのが好きで
絵の道に進みたいと考えていましたが
悲しいかな、画家としてやっていけるだけの
才能がなかった
好きならばその道に邁進したらいいと
信頼している方から言われたんですが
小さい頃から偉大な画家の方々の絵に
触れてきたからこそ
その道に光はないと思ったんです」
彼の絵を見ていないけれど
きっと普通の人より才能はある
ただ、彼が目指す頂が高すぎるのだと思う
(あの大野画伯の絵を見て育ってるのだから)
「絵筆を折ったと言う事でしょうか?」
「いいえ、絵は描いてますよ
高祖父が『絵筆を持った時点で絵描きなんだよ』
と言ってくれたので、
自由に好きな絵を描いています
それを生業にはしないだけです」
彼の分岐点は
画家の道に進むか
それ以外の道に進むかだったのだろう
人よりも才能が有ったからこそ
早い段階で方向転換した
「零治さんの光は
大野画伯の言葉ですか?」
「二人の高祖父の言葉です
あの音楽会で沢山話をしました
その後「蒼」の絵を見た時
深海だった絵が
夜明けのMagichourの様な絵に見えた
僕は僕の道を進もうと ・・・
人よりも絵を見極める力がある
それなら画家の卵を発掘して
夢を叶える手伝いをしたい
曽祖父と同じ道を進もうと決めたんです」
誰しも葛藤があり
自分と向き合って答えを出していく
俺も二人の高祖父と話して見たかった
「俺には絵を見極める力もなければ
学芸員の資格するない
零治さんのお手伝いが出来るのでしょうか?」
正直、芸術に関しては全くの門外漢
friendshipよりも向いてない気がしてきた
「貴方だから出来ると思います」
何故か自信満々に答えられて
こっちな方が戸惑ってしまう
「僕だからですか?
絵についてはど素人ですよ」
「ダンスもど素人でしたよね?」
違いますか?って顔をされた
「恥ずかしながら ・・・
ど素人でした」
「だけど、あそこまで頑張れた
無門さんが褒めてました
諦めず投げ出さない意志の強さを
僕もそう思います
そして、迷いの中で藻掻き苦しんで
答えを見出した強さがある
育英会の仕事は優しさだけでは出来ません
厳しい目も必要なんです
全ての人をフォロー出来ないですからね
絵の勉強はしていただきますよ(笑)」
夢があっても才能がなければ花は開かない
その見極めは結構シビアなんだと思う
「絵の勉強が一番苦手だと思います」
そう答えると
彼は可笑しそうに笑って
「簡単ですよ
沢山の絵を見て感じればいいです
最初は事務的な仕事になります
海外留学は手続きが大変なので
一番肝心なことを言い忘れてました」
「はい、何でしょうか?」
「就職先は『森の小さな美術館』になります
一流企業ではないですし
有名企業でもないです
ですから、お給料もそれなりです
ただし福利厚生は充実しています
それでも宜しければ
内定と言う形をとらせていただきます」
俺の中に迷いはなかった
この道を進めば彼に繋がる
そんな気がしたからだ
俺は俺の道を進んで
必ず彼を見つけ出す
「よろしくお願いします」
そう答えると
彼は笑顔で握手を求めた
そんな彼の手を握り進むべき道を決めた
<続きます>