そういうわけで1ヶ月も更新できなかったことに、忸怩たる思いの、ひろむです。
この記事を書こうと思って、下書きに入れていたんですが、
まぁ、筆が進まない。
思わず「なぁくどはる」って言いたくなるレベルです。
「なぁくどはる」が、最近の困ったときのキーワードw
なんやかんや忙しかったのもあるんですけどね。
結局、誕生日の記事から、まるっきり書けていなかったのは、
お恥ずかしい限りです。
さて最近、あることに気づいて愕然としたんですよ。
それはプライベートな人間関係の主たる要素として“趣味”に重きを置いていたこと。
友達にせよ、恋人にせよ、プライベートな人間関係って、
なにかしら共通点があるから付き合っていくんだと思うんですよ。
友達だけど、こいつといると気まずい、みたいなことってないと思うんですよ。
やっぱり一緒にいて楽しいとか、居心地が良いとか、そういうのがないと
やっていけないと思うんですよね。
なにゆえ、それに気づいたのかというと、誕生日の記事の時に書いたけど、
ここ数年で友達が増えたなぁ、って考えてたんですよ。
なかでも親友のことを考えたときに、趣味は合わないけど、
フィーリングは合うんだよなと思って。
よく趣味が合わないのに、こうも深い仲になったものだと思い至った瞬間に、
いかに自分が“趣味”というものを、人間関係の基準にしていたのか気づいたんですよ。
もう恋人がいなくて久しいですけど、漠然と趣味の合う人がいいなとか思ってたし(@0@;)
でも、大きく僕の友達関係の地図を描いたときに、あまり趣味が合わない人も
何人かいることにも気づいて。
はて?と思って、もう少し考えをめぐらせてみたら、趣味が云々というより、
自分が好きな物に対して情熱をかけられる人が好きなんだと気づきました。
僕も好きな物にのめり込むタイプなので、そう意味では類は友を呼ぶだな、とも思うんですけどね。
好きな事に情熱をかけられる人って、僕の目から見ると大変にカッコいいんですよ!
自分にできないことができることができる人って、カッコよく見えるじゃないですか。
完全に用法が間違ってる気がするけど
「さすがディオ!おれたちにできない事を平然とやってのけるッ
そこにシビれる!あこがれるゥ!」というやつです。
自分にできないことができる、知らないことを知っているって、
それだけで魅力的です。
その原動力になってる熱意が素敵だなって思います。
ほんと「素敵だ やはり人間は素晴らしい」って、どこぞの吸血鬼ばりに
つぶやきたくなります。
そんな面白い人達に囲まれていて、友達として関わってくれるって、
本当にありがたいことだと思います!
ただ1点残念なことがあるとすれば、僕の地元では掘り下げないと
出会えないということ。
最近では発掘調査のような気持ちになることがあります。
なにもないつまらない街だと思っていたのに、こんな面白い人が埋もれてたの!という人が、
掘ったら出るわ出るわw
もっとディープな魅力を発信していくべきだと思います!
・・・と書いたものの、それって単にニッチな市場のような気がしてきました(__;)
当たればデカいけど、そもそも需要はそんなにないかも。
うーん、なにかそれはそれでもったいないかも。