何がどうつまらないって自分語りだからです。そんなもの何がおもしろいんだろう。でもたまにこうやって長々と書き連ねたい色々があるのです。ここは俺が書くとこだから多少の好き勝手は許されるはずです。何書いたっていいんです。
ちなみにそういう設定をしてしまっている都合、つまらないものだろうと構わず記事の存在がツイッターなんかで周知されますが、それに関しては"読まない自由"を提唱させて頂きたい。あまつさえタイトルがこれだし念を突っ張り突っ張りで更新通知対策に前置きを長くしてるのですから、その点については言わずもがなですよね。
さてここまでで読む気が失せればまあいいかなとは思うんですが、人間そう上手くはできてはいませんね。怖いもの見たさとかありますね。好奇心。それは悪いものではないんですよ。死んでも大事にしていて欲しい、そのこころ。
まあ後悔するとは思いますが、もうあとは自己責任って話です。脳は思い出せないときがあるだけで忘れることはないといいますから、読んだ場合にはこのつまらない話が死ぬまで脳味噌のどこかでアメーバより小さなサイズで残り続けますことを、予めご了承頂いた上で、下でもいいですが、お好きにどうぞ。

別に大した話じゃないですよ。
こんだけ振っといてね。









努力がなによりも苦手です。苦手というより、できません。
爆笑問題の太田光は「勉強ができない」そうです。相方田中の口ぶりや表情からするに、それは"苦手だからできない"とかって問題ではなく、性質としての"できない"だと思われるのです。
たぶん自分もそう、そうなのです。もしくは、それは努力ではないのかもしれません。もっと別の、何かが"できない"のかもしれません。体力を消費すること、とか、かもしれません。わかりませんがここは、努力、ということにしておきましょう。

そんなわけで、芸のひとつもありません。
小学校の頃やっていた空手(闘うものではなく、「型」という振り付けのようなものをやる、いわば舞踏のような空手です)も、一生懸命に道場に通い精一杯やってはいたのですが、大会では一度として表彰されることはありませんでした。
中学の頃やっていたテニスでも、3年間一度も試合で勝つことができませんでした。「どんなにできない奴でも1勝はしたぞ」と顧問は言っていましたが、自分にはできませんでした。ワケアリ視力の目のことだけではないと思います。

と、書き進めながら、そういえば中学の卒業と同時にテニスを辞めてから、戦うということをしていないなあ、と。たぶん。試合、とか、そういうのはやった覚えがないです。あ、遊戯王、はやったかな。渋谷まで大会に出掛けたりしてました。でもあれはまた話が違うと思うので。

受験にしても、中学受験の頃は闘争心を持ってやってました。
でも大学受験ではまったくそういうのがなく。変に自我が芽生えたってのもあるでしょうけど、成績も地面と表面張力分くらいの距離のとこで浮いてましたし、最下層で一喜一憂という感じ。でもランキングが出る以上、多少なり闘争心はあったのかもしれません。

闘争心、闘争心かもしれません。でもこれは失った類いのものかな。でもそういうことなのかもしれません。最初の爆笑問題太田の例は関係ないのかもしれません。

なんて仮定形の多い文章。


俺ってなんもできないんです。
勘違いして有能だなんて言って下さる方もいますが、なんにもできないんです。
例えば仕事なんかも、後から入ってきた人や年下の方ができるんです。いつまで経っても仕事ができないやつ、という風に思われているようです。1年近く続けたコンビニバイトすら辞めてくれと言われて辞めたのでした。今のバイト先もいつ言われるかわかったものじゃない。がんばってはいるのです。ホール業務に関しては確実に平均以上のとこまでいってるとは思うのです。が。
まあしかし無能なのです。母の職場を手伝ったときに「無能」と言われたことをよく覚えています。
習得が遅いとか、ある程度で成長が止まってしまうとか、そういう感じです。仕事ができない。

それでもなんでか演劇のほうで忙しくさせて頂いてるのは、たぶん、たぶんですけど、ひとつだけできることっていうのがあって、それは"やめないこと"なんです。
確かに、一度受けておきながら降りた現場もあります。ただそれは信義の問題で許せない出来事があってのことでした。いまだに後悔は止みませんが、間違った判断はしていなかったと思います。武士のような分別をした気がします。義理に重きを置いた上での、悪く言えばどうしても自分のことへの比重を大きくしてやれなかったが故の、ことなのです。
厳密には同時期にもうひとつ降りようとした現場もあったのですが、やはり一度引き受けたことだからと最後まで全うしたのでそこは不問として下さいまし。多少身を滅ぼす結果になりましたが、得たものも多いので続けたことに後悔はしていません。

弁解が長くなりましたが、上達も成長もできなくとも、"やめないこと"だけはできるのです。凹んでは戻っての繰り返しですが。
歳の近い周囲の人間がどんどんレベルアップしていく中、ずっと進めないでいるのは辛いですけど。やっぱり。
それでもできるのは、やめないことと"やめないこと"に縋ることだけだったりします。無能と呼ばれても人に見下されても、それしかできない。そうすることしか俺にはできない。
本当のところがんばってるし努力してないわけじゃない。あーでも「がんばる」って言うとそれはやってる、って思うけど「努力」っていうとそれはやってない、って思うんだ。なんだろう。がんばる、と、努力、の違いはなんだろう。耐えること、と、磨くこと、の違いかな。たぶん俺の認識だとそう。


いつだったかサークルの先輩に言われたんです。
「あるとき急に伸びるタイプ」
って。

それを信じて、ただやめないで居続けること。それしかできないんです。
俺の進む道には、出口もなけりゃリセットボタンも電源ボタンも電源すらもありません。切りようがない。
漠然とでも揚々とでも静謐にでも快進撃でも、ただ歩き続けるという、それだけがあります。
そしてこの俺の道には、どんな時でも希望の光とか暗闇じゃなくて、空があります。なにも言わないしなんでも言ってるようなだだっ広い空が、あります。
そして、風が吹いている。
いつだって乗っていける風が吹いている。
それだけです。草なんか生えてないよ。空と風と踏みしめる地面さえあればなにも問題はないのだ。
楽しくても辛くてもそんな道だから歩くほかにできることなんかないもの。

こんな俺に、何かをさせてくれる、そういう機会を与えてくれる、すべての人に感謝です。
いつか化ける株なので、末永くお付き合い頂ければ嬉しい限りです。


有効活用されたことなどない。するか。

01.Four Seasons
02.無音dB
03.ルーザー
04.母いすゞ
05.BLACK COCK'S HORSE
06.聖なる海とサンシャイン
07.This Is For You
08.天国旅行
09.NAI
10.HOTEL宇宙船
11.I Love You,Baby
12.Pain
13.FLOWER
14.MUSIC
15.黄金バッド
16.VS
17.魔法使いジェニー
18.リンク
19.プライマル。
20.WELCOME TO MY DOGHOUSE
21.アバンギャルドで行こうよ
22.ニシエヒガシエ
23.箒星
24.fire sign
25.おしゃかしゃま
26.愛、テキサス
27.気になるあの娘
28.ランデヴー
29.Brand New Wave Upper Ground
30.Funky Gutsman!
31.Bomb A Head!
32.Coffee Scotch Mermaid
33.夜明けのスキャット
34.CAN'T TAKE MY EYES OFF OF YOU
35.Play That Funkey Music
36.ビルマニア
37.LOVE LOVE SHOW

日本の問題ver.311を観て。

これは企画のタイトルからして既に嫌悪感バリバリだったので気が引けたんだけど、食わず嫌いでそういうこと言うもんじゃねえなって思ったり、考えてることを擦り合わせられるんじゃないかって考えたり、考えた上で考えないことを選択した俺の思考もクリアに表明できるようになるんじゃないかって思ったのと、あと単純に出演している友人の応援とアフタートークが石巻出身の矢口さんってことで、観に行きました。

公演自体は作品を楽しめました。感想はツイッターで言ったので割愛。

ここからは自分の考えを。一年間、考えないという考え方で溜め込んだものを、ぶちまけます。
とにかく思うがままに書いてしまったので、ひどくとっ散らかってます。順序も段取りもへったくれもない。散文乱文。

ただのアウトプット。膿です。
見せ物とは考えずに書きました。
もほんとぶちまけゲップー。



震災でぞわっとした自分の体が休息を求めて情報を遮断してから、あんまりその後のことを知らない。原発問題が出る前だったから、原発に関してはノータッチだ。正直。もう気を張りたくなかった。神奈川は被災してないし俺は無事、今んとこ問題なく生きてる。それだけでいいや、もう充分だ、って。

しばらくして、誰も彼も落ち着いてきてから思ったこと。
よくよく考えれば、人が大量に死ぬって事柄は世界中どこにでもある。災害、戦争、テロ、貧困、などなど。
他人事だな。他人事だと思ってるんだみんな。俺も。
それが身近に起きた途端、真剣なツラで考え始める。当たり前だけど、違和感だ。身近に起きなきゃ考えられないんだ、俺たちは。そうなのか。
どこで何があったって人間の問題なんだから、そんなのはいつだって誰しもに考えられてるのが、…理想、なんだよなあ。
それをお前、今まで無視し続けたクセに、近くで(近くっつっても関東—東北間だ)震災が起きたからって、なあ。なんかそういう、中二病的憤り、憤りってほどじゃないけど、あるんです。

俺は被災してない。被災地にも行ってない。お金がないから、行かなかった。それだけ。バイトしてなかったし。
どうにもだから、他人事のままだった。無理矢理考えるのはやめてるんだ。素直に、他人事のまま。考えなければいけない、とか思い込んで、そんな幻に惑わされてる人もいるし。
もひとつ素直に言うと、飽きたんだよなあ。震災の表現に。なんなら、演劇を作るお金を全部被災地に送った方がいいよ、みたいなことも思う。演劇なんかもうマスメディアの役割を失ってるんだから。遠い昔に。実際に被災地や被災者に触れたり考えたりして思ったことがあるなら、ブログにでも書いてツイッターに流したらいい。それがしかるべきものなら、広まるよ。俺は演劇は娯楽でいいと思ってるんです。メッセージ性とかはあってもいいよそういうのもあるよでも、それを見えるものにしないでほしいな。服とか、殻とか、パッケージじゃなくて、内臓、ミソ、成分くらいで。なんかそういう震災的なものを考えましょう、って前提で観たくはないのさ。だから日本の問題ver.311自体は企画的なこといっさい無視して芝居を楽しんだよ。その上で考えさせられることがあった。それで、いい。

話が逸れた気がする。ともかく、触れてもいないことを気取って考えるのは嫌だった。このご時世で震災に触れないわけにはいかない、とかほざいてる劇場勤務の某在京演劇人なんかは正直平台サンドイッチにして燃やしてやりたかった。
外側からの情報だけで語る恐ろしさ、これを縮小コピーしてみろ。野菜の風評被害、ガレキの受け入れ拒否問題、そういうコンパクトな部分にシンクロするんだよ。

突然ですが実家は肉屋です。小売りでなく卸の精肉会社です。
ちょっと前はBSEや鳥インフルで大変でした。
何がって、風評被害。
しっかりと検査をして安全なことが証明されても、お客さんは「なんか嫌だから」と、確証のない勝手な不安で、信じようとしない。なにかあったら嫌、不安、不気味。科学的な証明すら意味を持たない。この、風評、人の噂というものの前では。なんか、ってなんだよ。

荒川チョモランマが扱ったガレキの話では、こういうことをだぶらせていました。ガレキもBSEも、抱えている問題の根本は同じだ。粉々になった我が家の残骸を、なんか危ないからと受け入れてもらえない被災者の痛み。おいしく食べてもらおうと丹精込めて育て、あるいは加工した肉を、なんか危ないからと買ってもらえない牧場や精肉業者の痛み。違うなんて思わないな。

何がいけないんだろうな。とにかく合理的じゃない。
目に見えない何かに怯える、それをさも事実かのように広めていく、直接確かめてもいないことを。それをさせる「なんか」っていう概念、それこそが日本の問題と感じます。
これはなんだ、霊的信仰が原因なのか。僕らを苦しめる悪の親玉は見えないものばかり。どんな電子顕微鏡にも見えない悪魔。八百万の神もいれば、それに仇なす魔物もいるってか。

潔癖とでもいうべきか。
何かあったらどうするんだ、というのはそりゃ最もなんだけど、確証が得られてもダメなら、それこそじゃあどうすりゃいいんだよって話。
もうお前らが被災すりゃいいんだよ。とかも思うよ。被災じゃなくてもいいや、風評被害で食いぶちなくなったりしろよ。お前ら、って誰だ。誰でもいいや。
なんか、で物事を決められるほど余裕ぶっこいてる日本人様一同。みんな揃って仲良くひどい目に合ってみれば何かわかるかもしれません。俺も御一緒します。

もうほんとにだから、言いたいのは、お前ら今さらかよ、ってことです。傷つかなきゃ人の痛みがわからない。小学校でのいじめと、それをわかってて見過ごす人たち。それとほとんど違わないよなあ、震災で起きてる問題って。いじめの理由って明確なものなんもないと思うし。縮尺が違うだけで本質はおんなじ、って問題はいっぱいあるよ。

日本の問題というか、日本人の問題かな。語るなら。

あ、あと、
演劇に意味はあるのか、表現に意味はあるのか、とかのたまう方々へ。
あんたらもれなくバカですよ。いやバカは言い過ぎか。でもじゃあ、遅い。遅すぎる。そんなのはキリストが生まれる前に考えて下さい。
目の前の問題しか見えてないんだよ。

日本の問題ver.311の役者による個人的な前説は、このテーマが口から出た時点でああもう聞かなくていいや、って思いました。
言うなら一人で言ってればいい。考えるのは自由。ただ世紀遅れのつまらない主張で観る人の気分悪くするもんじゃないよ。そのあとやる役者もかわいそうじゃんか。

震災を推し出した公演は、いやらしく思いました。
やってる側が表現だ主張だって思っててもそんなこた知らねえよ。観る側からしたら金取ってるんだ。興行だよ。商売だよ。
実質はどうあれ震災をネタに興行してる、ってイメージがハンパなかったので、とかく日本の問題ver.311は。掲げる看板が嫌だったなあ。


自分は、そんなだから何も震災については考えてきませんでした。考えないことを、選択しました。どうしても、彼らにはなれないから。そんな目で、ものを言いたくはないから。
募金はしました。当時。最近は、あんまり。お金ないので。
僕らにできることは、って聞かれて、ほんとのところできることはなんもない……ってのは違って、募金が終着点でも、それは立派だと思うのです。自己正当化ではなくて、見つけられた精一杯をやればいいじゃん、ってことで。

あと、震災当時、今まで通り普通に生きることが、被災者を勇気づけるとか考えてました。実際どうだか知りません。でも、例えば一人落ち込んでる人がいて、それで回りも落ち込んだら、暗くなる。舞台表現でもそうなのですが、負のエネルギーってのは正のエネルギーよりも強いので、引き込むんです。ブラックホール。だから、変わらず生きていようと決めたのです。被災してもない地域から来る暗いニュースなんてモチベーション下がるだけでしょうし。元気に生きることが誰かの元気になるかな、とか。

改めて何ができるかといったら、大丈夫なものは大丈夫って声に出すくらいかなあ。野菜食べるとか。
あとはなんだろう。わからないな。
夏頃被災地に行ってみるつもりです。そこで、聞いたりして、できることは、やろう。自分の生活を食い潰さないことなら。

でもそれが、現地の人に触れたからとかのある種の「情」じゃなくて、当たり前に普段から考えてできたらなあ、と思います。他人事なんて世の中そんなにないもの。

理想だけれど。なんせ自分がちゃんとできていない。でも語るよ理想。問題の在りかはもっと手前にあるんだって、思ってるから。

ここ最近はというと、もっぱらblu-01 produceの準備と観劇とバイト、をゆるゆるやってます。
相変わらず芝居ばかりやのう。

日々の生活で何か話せることがあるだろうか。ラッシュとか?

匂いってのはいまいちわからなくて、好きな匂いでもそれが自分からするのと他人からするのではまた違うだろう、みたいな、ことは考えますけど、男ってのはどんな匂いするのが適正なんですかね。やっぱり柑橘系が無難でしょうか。バニラ系とか好きなんですけどね。柑橘はモノによりますね。

…適正って。

お風呂上がりの保湿に、あ、俺はあのアトピーなのでこれかなり切実な問題なのですけどね、スキンクリーム、使います。
最近買ってお気に入りなのは「肌の愛情」というやつで、香りがとても好みです。バニラのような、バニラチョコのような、クールな雪山がデザインされたパッケージのお菓子みたいな香りがします。
しかしながら炎症を抑えるにはラベンダーの含まれる「ドリームクリーム」が最適とのこと。香り的にはラベンダーかーふーんって感じなのですよねえ。

あとは、「三銃士クリーム」は初めてラッシュ行ったときに勧められてからずっと使ってたりして。これはやたら万能で、スキンクリームからヘアクリーム、シェービングクリームまで用途は幅広く。とりあえずあればなんとかなるのはこれ。

最近つけてないんですが、フレグランスには「BREATH OF GOD」を使ってます。男性人気高いそうで、俺も割と好き。
今はなんかこれの匂いを嗅ぐとカミグセを思い出します。あの頃はけっこうつけてたから。いろいろなことを思い出すなあ。小屋入り中に空き時間で銀行口座作りに行こうとしたらギリギリ営業時間過ぎてたこととか。


なるべくあの、芝居から切り離した、日常的なブログを書こうと、最大限努力した結果の、これですよ。
なんかもっと日々をがんばれって感じですよね。服に金かけたりしろよって感じですよね。あとなんですかね、猫の話とか書けばいいんですかね。うち猫2匹飼ってるんですよ。

あーもーなんかアーチェリーやりたいなー。あれいつ以来だ、歳上の17歳に恋をしたある短い夏のことだから、ありゃ中学生の頃か。リゾート宿泊施設みたいなとこで、アーチェリーとか、空中ブランコとか、いろいろできて、やったんだよなあ。まあこの話はいいや。あんまり覚えてないし。ただアーチェリーはやりたいよ。

まーともかく今は芝居だ芝居。開き直れ。次の現場がかなり大きなところで緊張ですよ。
blu-01 produceもね、キャストもスタッフもまだ一人しか決まってないし。がんばんなきゃあーーーあと脚本も。週1くらいでしか書いてねーや。でも面白くなりますよ。
ちなみに美術スタッフとして中高6年の同級生で芝居も一緒に始めた友人を起用しているのです。こいつに頼めば間違いねえな、って思って。期待しててくださいね。

そいではー。

接客業なもんで色んな人に話しかけるのですが、ほんっっっっっっっとにどいつもこいつも人の話を聞かねえ。

ちなみに聞かなさにもいろいろタイプがあってそれは年齢によってかなり違うのですが、そこんところは今回は別問題なので割愛します。高校のとき書いてたブログとは違って安易な脱線はしません。当時は脱線をお家芸として扱っていたくらいでっていう今まさに脱線中。戻るよ。


個々人にはね、伝えたいことはある。それは要求であったり要求であったり要求であるのだけどつまるところ要求なのだけど。

でも投げっぱなしなんだ。どいつもこいつも。それは俺もなんだけどきっと。

そんでもって伝わったかどうか確かめもしない。要求を文字にして音にして投げて、その行く先を見てない。自分の言語だけで会話している人の多いこと多いこと。伝えた気になってるみたいだけど、伝わってないこと、多いよ。わりと。

演劇なんかやってるからそこんとこは敏感。自分にしか伝わらない言語で話しちゃいけない。



インターネットが普及してしばらくになる。ブログはもはや新しくもなんともない、王道の情報発信ツール。

多くの人が自己発信の機会を得た。簡単に、あるいは悪意を込めて"安易"に。僕らは自分の考えを発信できるようになった。

でもこの発信って、一方的だ。会話、キャッチボールではなく、貼り紙、掲示物、独り言。つまりは受け取り手のことを考えずに、また反応を見ずにべらべらしゃべれるってこと。


もしネットがなかったら、自分の考えはどうしよう。人に話すしかないんだ。作家やライターでないかぎりは。

そうやって、たぶん人と人は話してきたのに、どうも最近は人に話さなくてもよくなっちゃったみたい。

それどころか自己発信が安易になるにつれ、そういう欲求が人々の中に増えてきて、もう誰も人の話なんか聞いてる場合じゃない。自分のことを話したい。そうなってきちゃったんじゃないのかなあ。


ていうかあれか、他人に興味がないんだそんなに。興味があったら話聞くものね。

アメリカ人とか知らない人同士でもすぐ仲良くなるし、実際すごくこっちに興味持って近付いてくるよね。

そして俺も「俺は他人に興味がないんじゃないか」ってことで昔からよく悩んでたんだった。今もだ。


っていうような話を、書くきっかけはうちの家族とのことなんだけど、

なーんか、あれだ、むなしくなっちゃった。


言葉にはしない。これはブルース。心の中で歌を唄って、ギターを鳴らして、寝て、明日を迎える。

明日は、ちょっとでも素敵なことがあったらいいなあ。



ほとんどぼやきだなあもう。たまにブログ書いたと思ったら。

最近は構成とか見なおさなくなってら。うへー。