Prince est mort.
プリンスを初めて知ったのは高校生の頃だったと思う。
気味の悪いメイクをほどこし羽織ったコートの下は黒のブリーフに網タイツという悪趣味な姿で歌って踊る様に嫌悪感のみが残った。
ゆえに無視。
しかし数年後MTVで“Purple rain”を観て熱狂した。
以来その密室的で陰湿なサウンドに惚れ込み“Emancipation(1996年)”まで約12年間も新作を追いかけるほどのファンになった。
特に惹かれたのは良くも悪くも彼の持つ「過剰性」だった。
サウンドはもちろんファッション、アートワーク、ステイジ・アクトなど全ての表現行為から特異な才能が溢れ出こぼれ落ちており素敵に過剰だった。
そしてそれは彼自身も持て余していたようだ。
大変な才人でありながらも音楽シーンとの関係性において不器用であったことが思うようなセールズに結びつかない苛立ちも含めて真に革新的なアーティストであった。
“Purple rain(1984年)”以降は吹きこぼれるが如き才能の露悪的とも言える大爆発により傑作を連打し続けるという偉業(異形)を成し遂げる。
思いつくままざっと並べるとAround the world in a day(1985年) Parade(1986年) Sign “O” times(1987年)Lovesexy(1988年) Batman(1989年)Graffiti Bridge(1990年)Diamonds and Pearls(1991年)Love symbol(1992年)Come(1993年)The Black albam(1994年)…。
大変な力業だ。
最近こそ新作を追うことはなくなったが故デイヴィッド・ボウイーと共に常に気になるアーティストだったため残念だ。
心よりご冥福を祈る。
ナイーヴな選曲は避ける。
ダーク・ヒーロウとして自己投影した面目躍如たる曲。
才気煥発ぶりに快哉を叫んだヒット・テューン。
Batdance(1989年)
嗚呼流石。
気味の悪いメイクをほどこし羽織ったコートの下は黒のブリーフに網タイツという悪趣味な姿で歌って踊る様に嫌悪感のみが残った。
ゆえに無視。
しかし数年後MTVで“Purple rain”を観て熱狂した。
以来その密室的で陰湿なサウンドに惚れ込み“Emancipation(1996年)”まで約12年間も新作を追いかけるほどのファンになった。
特に惹かれたのは良くも悪くも彼の持つ「過剰性」だった。
サウンドはもちろんファッション、アートワーク、ステイジ・アクトなど全ての表現行為から特異な才能が溢れ出こぼれ落ちており素敵に過剰だった。
そしてそれは彼自身も持て余していたようだ。
大変な才人でありながらも音楽シーンとの関係性において不器用であったことが思うようなセールズに結びつかない苛立ちも含めて真に革新的なアーティストであった。
“Purple rain(1984年)”以降は吹きこぼれるが如き才能の露悪的とも言える大爆発により傑作を連打し続けるという偉業(異形)を成し遂げる。
思いつくままざっと並べるとAround the world in a day(1985年) Parade(1986年) Sign “O” times(1987年)Lovesexy(1988年) Batman(1989年)Graffiti Bridge(1990年)Diamonds and Pearls(1991年)Love symbol(1992年)Come(1993年)The Black albam(1994年)…。
大変な力業だ。
最近こそ新作を追うことはなくなったが故デイヴィッド・ボウイーと共に常に気になるアーティストだったため残念だ。
心よりご冥福を祈る。
ナイーヴな選曲は避ける。
ダーク・ヒーロウとして自己投影した面目躍如たる曲。
才気煥発ぶりに快哉を叫んだヒット・テューン。
Batdance(1989年)
嗚呼流石。
第4四半期下世話報告書
長らく更新せず最早だれも読んではくれぬであろうことを承知で本年1月から世上にぎわせたゴッシプ総ざらいを暇つぶしにやってみるか。
【公開処刑】
質の悪い風邪に罹患した際に病院で読んだ週刊誌で物騒な見出しが躍っていた。
いわゆる国民的アイドルと言われるグループが事務所を辞めるだの居残るのだののこと。
記事を一読するに「公開処刑」とは言い得て妙だ。
世間のしがらみから自由であるはずの芸能人が斯くも不自由であり組織の力に屈服する様は見事にみっともなかった。
これは最初から一人居残りを選択していたメンバーも屈服という意味では同じだ。
そして我が身上や経験に照らし個人的な感情では不愉快でもあったのだよ。
【別記 下衆の極み乙女の姿しばしとどめむ】
いやはや“Sentence spring”とはセンスがない。これは「夜露死苦」並みの貧相な知性だ。
この流出したラインのやり取りにより好感度の高い女性タレントはその地金が露呈したことでいとも簡単に今まで築き上げてきた清廉なるイメイジを取り返しのつかぬ地点まで引き落とされることと相成った。
タレント達のコメントは女性側だけがペナルティを被るのは不公平であり男性側にも同様に科すべきだと今度は不倫男の方も引きずり落とそうとする。
この下衆な精神性こそ気味が悪い。
否定も肯定もせずただ哀れなり。
【That day】
個人的にその容姿が好みという正に下世話な興味のみで気にはなっておった女性研究者(「リケジョ」などと呼称されていた)が何と告白本を出版して弁解と憎悪の吐露にこれ努めた件。
メディアで紹介された一部分だけで判断するのはフェアではないがその装飾過多な美文調はさながら自涜行為のようでとても読む気は起こらない。
恐らくは復讐も果たせず汚名返上も期待できずただ一瞬の風のように忘れられるだろう。
果たして弁明の機会が与えられたのみで彼女は満足できたのか。
なおまた「業火に焼かれる」ことになるのか。
ここまで書いてきてニュウズが飛び込んできた。
この元女性研究者“Stap Hope Page”なる全文英語のホウムペイジを立ち上げたらしい。
内容はスタップ細胞実現のためのレシピが載せられているそうで。
本人はうつ病で療養中だとか。
なかなか執念深い女性のようだ。
個人的には好きです。
【墜ちた天使】
球界のヒーロウであったはずの元選手の転落劇は精神的弱者が自滅する典型的な過程を見るようだった。
刺青まで入れているほどの病みようは彼がドラフト会議での挫折にまで遡るように思われ一人の少年の人生をかくも狂わせたオトナどもの責任は重いのではなかろうかと考えおる次第。
しかしこの元野球選手もはや復帰は不可能だろう。
なぜなら売人は上客を逃さないものだから。
【育児辞職】
ある元政治家によると日本政治史に残る恥ずかしい事件だそうだ。
政治家の育児休暇を宣し話題を集めた時から軽薄で底の浅い男だとは思っていたがいとも簡単にメディアの餌食となり一気に転がり落ちる様は阿呆以外の何者でもなかろう。
格好悪さにかけても他の追随を許さぬブッちぎりの一位だ。
笑いを通り越して見ている方が恥ずかしくなる。
さらにこの男は政界に復帰する気でいるというのだから呆れる。
不倫イクメン議員として世間に認知され続けもはや政治家としては致命的だと思うのだがいかが。
ここまで書いてきてまたもや不倫事件が出来した。
ハンディキャップを持つ作家。
夏の参議院選挙に出馬するとのことであったが急転直下取り消しとなったのには笑った。
TVプログラムでコメントを寄せるタレント達は擁護しておるようだがやっていることはイクメン不倫議員とどこが違うのか。
ともに馬鹿馬鹿し過ぎる。
いずれにせよ自己の社会的役割に無能であるが故の惨状なり。
ではJ. Geiles Band1981年のヒット・テューン“Centerfold”を。
選曲の理由わかるかなぁ。
【公開処刑】
質の悪い風邪に罹患した際に病院で読んだ週刊誌で物騒な見出しが躍っていた。
いわゆる国民的アイドルと言われるグループが事務所を辞めるだの居残るのだののこと。
記事を一読するに「公開処刑」とは言い得て妙だ。
世間のしがらみから自由であるはずの芸能人が斯くも不自由であり組織の力に屈服する様は見事にみっともなかった。
これは最初から一人居残りを選択していたメンバーも屈服という意味では同じだ。
そして我が身上や経験に照らし個人的な感情では不愉快でもあったのだよ。
【別記 下衆の極み乙女の姿しばしとどめむ】
いやはや“Sentence spring”とはセンスがない。これは「夜露死苦」並みの貧相な知性だ。
この流出したラインのやり取りにより好感度の高い女性タレントはその地金が露呈したことでいとも簡単に今まで築き上げてきた清廉なるイメイジを取り返しのつかぬ地点まで引き落とされることと相成った。
タレント達のコメントは女性側だけがペナルティを被るのは不公平であり男性側にも同様に科すべきだと今度は不倫男の方も引きずり落とそうとする。
この下衆な精神性こそ気味が悪い。
否定も肯定もせずただ哀れなり。
【That day】
個人的にその容姿が好みという正に下世話な興味のみで気にはなっておった女性研究者(「リケジョ」などと呼称されていた)が何と告白本を出版して弁解と憎悪の吐露にこれ努めた件。
メディアで紹介された一部分だけで判断するのはフェアではないがその装飾過多な美文調はさながら自涜行為のようでとても読む気は起こらない。
恐らくは復讐も果たせず汚名返上も期待できずただ一瞬の風のように忘れられるだろう。
果たして弁明の機会が与えられたのみで彼女は満足できたのか。
なおまた「業火に焼かれる」ことになるのか。
ここまで書いてきてニュウズが飛び込んできた。
この元女性研究者“Stap Hope Page”なる全文英語のホウムペイジを立ち上げたらしい。
内容はスタップ細胞実現のためのレシピが載せられているそうで。
本人はうつ病で療養中だとか。
なかなか執念深い女性のようだ。
個人的には好きです。
【墜ちた天使】
球界のヒーロウであったはずの元選手の転落劇は精神的弱者が自滅する典型的な過程を見るようだった。
刺青まで入れているほどの病みようは彼がドラフト会議での挫折にまで遡るように思われ一人の少年の人生をかくも狂わせたオトナどもの責任は重いのではなかろうかと考えおる次第。
しかしこの元野球選手もはや復帰は不可能だろう。
なぜなら売人は上客を逃さないものだから。
【育児辞職】
ある元政治家によると日本政治史に残る恥ずかしい事件だそうだ。
政治家の育児休暇を宣し話題を集めた時から軽薄で底の浅い男だとは思っていたがいとも簡単にメディアの餌食となり一気に転がり落ちる様は阿呆以外の何者でもなかろう。
格好悪さにかけても他の追随を許さぬブッちぎりの一位だ。
笑いを通り越して見ている方が恥ずかしくなる。
さらにこの男は政界に復帰する気でいるというのだから呆れる。
不倫イクメン議員として世間に認知され続けもはや政治家としては致命的だと思うのだがいかが。
ここまで書いてきてまたもや不倫事件が出来した。
ハンディキャップを持つ作家。
夏の参議院選挙に出馬するとのことであったが急転直下取り消しとなったのには笑った。
TVプログラムでコメントを寄せるタレント達は擁護しておるようだがやっていることはイクメン不倫議員とどこが違うのか。
ともに馬鹿馬鹿し過ぎる。
いずれにせよ自己の社会的役割に無能であるが故の惨状なり。
ではJ. Geiles Band1981年のヒット・テューン“Centerfold”を。
選曲の理由わかるかなぁ。
野良猫ゴンスケ・クロニクル(Gone & Back)
幸運なことに管理センタアにも自治会にも気付かれず、近隣住人には知られながらもゴンスケと小生の付き合いは続いた。
それは朝と夜、ベランダの下にやって来るゴンスケにプロセス・チィズを与え、抱え上げて親交を深めるというもの。
たまに昼には植込みに自分の居場所を確保し日向ぼっこをしたりもする。

そんな場合は近寄って喉をなでてやる。
こんなことでも小生にとってはささやかな喜びだった。
ある日、ゴンスケの左前足の付け根の部分に刺し傷のようなものを発見した。
おそらく釘のようなもので引っかけた傷であろう。
これが痛々しいのである。

しかし、当のゴンスケはどこ吹く風、日差しの下、砂の上を転げまわっている。
大丈夫か。

さらに数日後、今度は左前足をびっこをひいてやって来た。
さすがにこれには驚いた。

ゴンスケ、ひょっとすると運動神経が衰えているほどの結構な歳なのではあるまいか。
姿はスレンダアで美しいフォルムなのであるが年齢までは判らない。
心配なので人間用だが捻挫の軟膏を塗ってやろうとするのだが触らせない。
野良猫の矜持だ。
そんなこんなで年を越し、仲良くやっていたのだが、2月の後半からパッたりと現れなくなった。
全く姿すら見なくなってしまった。
当然、原因は判らぬ。
小生がどれほど落胆したか、解って頂けるだろうか。
自分自身でも驚いているのだが、たかだか野良猫一匹にこれほど精神的に依存していたとは。
日々、悲しみと喪失感に暮れていた。
結果的に42日後、突然ベランダ下に現れたのだが、そのときはさすがに人目はばからず大声を上げてしまった。

早速ゴンスケの好物であるチィズを持って裏庭にまわったのだが、小生の姿を見るなり植込みに逃げ込んでしまった。

そう、もう小生のことを怪しい人間としてしか認識していないのである。
野良猫だから仕方ない、また初めから関係性の築き直しだ。
それはそれで楽しみではあるのだが。
とにもかくにも無事でいてくれたことは嬉しい。
もう一度この腕に抱き抱えられる日がいつか来るのだろうか。
さて今回はホール&オーツの大傑作ナムバー“She’s gone”をオリジナルのロング・ヴァージョンでお楽しみ下さい。
それは朝と夜、ベランダの下にやって来るゴンスケにプロセス・チィズを与え、抱え上げて親交を深めるというもの。
たまに昼には植込みに自分の居場所を確保し日向ぼっこをしたりもする。

そんな場合は近寄って喉をなでてやる。
こんなことでも小生にとってはささやかな喜びだった。
ある日、ゴンスケの左前足の付け根の部分に刺し傷のようなものを発見した。
おそらく釘のようなもので引っかけた傷であろう。
これが痛々しいのである。

しかし、当のゴンスケはどこ吹く風、日差しの下、砂の上を転げまわっている。
大丈夫か。

さらに数日後、今度は左前足をびっこをひいてやって来た。
さすがにこれには驚いた。

ゴンスケ、ひょっとすると運動神経が衰えているほどの結構な歳なのではあるまいか。
姿はスレンダアで美しいフォルムなのであるが年齢までは判らない。
心配なので人間用だが捻挫の軟膏を塗ってやろうとするのだが触らせない。
野良猫の矜持だ。
そんなこんなで年を越し、仲良くやっていたのだが、2月の後半からパッたりと現れなくなった。
全く姿すら見なくなってしまった。
当然、原因は判らぬ。
小生がどれほど落胆したか、解って頂けるだろうか。
自分自身でも驚いているのだが、たかだか野良猫一匹にこれほど精神的に依存していたとは。
日々、悲しみと喪失感に暮れていた。
結果的に42日後、突然ベランダ下に現れたのだが、そのときはさすがに人目はばからず大声を上げてしまった。

早速ゴンスケの好物であるチィズを持って裏庭にまわったのだが、小生の姿を見るなり植込みに逃げ込んでしまった。

そう、もう小生のことを怪しい人間としてしか認識していないのである。
野良猫だから仕方ない、また初めから関係性の築き直しだ。
それはそれで楽しみではあるのだが。
とにもかくにも無事でいてくれたことは嬉しい。
もう一度この腕に抱き抱えられる日がいつか来るのだろうか。
さて今回はホール&オーツの大傑作ナムバー“She’s gone”をオリジナルのロング・ヴァージョンでお楽しみ下さい。