私が辛うじて泳げるようになったのは小4の夏だった。当時のカナヅチ最年長という不名誉記録を塗り替えてしまった。
スイミングでは成果を出せず辛かったが、楽しいこともあった。とにかく色々なことがあった。
我流平泳ぎで25mを辛うじて泳いだ後のこと。それまで恥を忍んで(でもないか)愛用していた浮き輪が遂にパンクしてしまった。私が泳げるようになったのを見届けてから天寿を全うした、という感じである。
夏休み恒例行事、子供会のバスツアーや家族で海水浴のため、浮き輪を新調した。イルカマークSANYOの無地浮き輪を手にした。意外なことに、今は亡き駅前大型店のおもちゃ売り場…ではなく、なぜか市内各学校指定の体操服上下、カラー帽子、スクール水着に水泳帽などが並んでいる売り場の一角にあった。私は80cm青を、妹は、同じく75cmの赤をそれぞれ買ってもらった。これまた色、サイズ違いのお揃い、おそらく最もシンプルなペアルックというわけ。
海水浴場やプールでは、私が妹の浮き輪をふ~ふ~してあげて、次に自分の浮き輪をふ~ふ~。私の浮き輪は2気室仕様だが、ふくらまし方法の説明などない。誰から教わったわけでもないが、補助空気室、本体の順にふ~ふ~した。広げて手で触って、こっちが補助空気室だとわかったのか、それとも本能的に知っていたのか? 例の逆止弁のおかげで、根もとをつま まなくてもふ~ふ~は楽勝であった。