浮き輪を取り上げられ、水に沈められ、小学校の普通学級に上がれないと言われるなど散々な目に遭い、ほぼカナヅチのまま幼稚園を卒園し、小学校に入学した。
小1~3のときの水泳の授業は、苦痛そのものだった。また、ほぼ浮き輪に飢えていた時代でもある。
それでも、100%水嫌いにならずに済んだのは、子供会の夏休み恒例バスツアーでプール付きの遊園地へ、また、家族で海水浴に行き、浮き輪でぷかぷかのチャンスがあったからだと思う。これらの大変貴重なぷかぷかチャンスが、せめてもの救いであった。
プール行きバスツアーでの浮き輪持参率は、圧倒的に女子上位であった。男子は早々と浮き輪を卒業させられるのが相場で、上の学年になると、各泳法のタイムを比較されることもよくあった。
その当時、妹と色・サイズ違いでお揃いの、水玉模様の浮き輪を買ってもらった。で、実際に使うときには、妹のをふくらましてあげてから、自分のをふくらました。もちろん2個ともふ~ふ~で。吹き口の根もとをつままずに吹いても楽勝だった。ついでにビーチボールもふ~ふ~した。このビーチボールには逆止弁はなかった。
学校での水泳の授業即ち競泳は苦手でも、浮き輪やビーチボールふ~ふ~は大得意で、浮き輪を持って来た周りの子(圧倒的に女子が多かった)のほとんどが、その浮き輪をお母さんにふ~ふ~してもらっている中、私だけが自分でふ~ふ~していた。妹の浮き輪、それにビーチボールも。このプチ自慢のおかげで、それなりに楽しむことができた。
こうして、私と同い年ぐらいの男子がみな浮き輪卒業し、得意な泳法でタイムを競うようになってからも、バスツアーで浮き輪やビーチボールを自分でふ~ふ~して使えたことは、妹のおかげかもしれない。
そのバスツアーでよく行ったプール付き遊園地だが、巨大テーマパークには太刀打ちできず、ついに姿を消した。現在、その跡地はショッピングモールになっている。