先日、郷里の昔からの友人が上京したついでに我が家に立ち寄ってくれました。中学・高校の同級生です。高校を卒業してからも友だち付き合いは続いていて、最後に会ったのはコロナ騒動前の2019年でした。
コロナ騒動が起こり、ワクチンの接種が世間で騒がれ出した頃に私は友人にメールを送りました。
ワクチン打ったらダメだよー!
話し長くなるから詳しく書けないけど、絶対に打ったらダメ。
コロナは政治的な意図があっての嘘だから。
テレビ出鱈目だから。
ワクチン打ったら下手したら死ぬよ。ダメだよー!
ネットで調べてね!
埼玉でも東京でも周りにコロナの人いないよ。
無症状は健康。
でも、無症状=コロナの前提で思い込まされているだけ。
コロナ嘘
ワクチン危険
とかで検索して調べてみてね。
コロナの嘘を調べて
テレビの情報と比べてどちらを信じるかは本人次第。
私は行動制限しないで普通に暮らしています。
いつでも会えるから会いたくなったら連絡してね。
もっとも首都圏の人に会ったのバレたら村八分にされるかな。
ではー!
このメールに対して友人からの返事は下の3行。
田舎はコロナより
人が恐いね❗️
ではまた〜😃
後日、接種が開始されてからも私はメールを送っています。
ワクチン死者国内85人に増えました。
打ったらダメだよ。
息子さんたちも含め、
打ったらダメだよ。
その後、郷里で同窓会の案内が来たので出席するかどうかを彼女にメールでお伺いを立てたのが3年前の2023年。
友人は「今回は不参加」と返事をくれただけで、以後、ぷつりと彼女からの連絡が途絶えました。
連絡が途絶えた時点で私は友人から縁を切られてしまったのだ、と感じてしまいました。だから、私の方からは一切連絡をしませんでした。
なのに、3年後の今になって「会いたい」と連絡が入ったんです。
私はとても迷いましたが、いま会っておかなければ一生会うことはないのじゃないかと思い、会うことに決めました。
数日前、自宅最寄駅の改札口前で待つ私の前に彼女はマスクをして現れました。
私の前に立った瞬間に彼女はマスクを外したのですが、その姿を見ただけで私の気持ちは8割がたは萎んでいました。
その後、レストランで(私の奢りで)ランチをして私の家に連れて行きました。
何時間一緒にいたかなあ。6時間近く一緒に過ごしたと思います。
会ってすぐに、7年ぶりに会えたことに対しては、当然ですがコロナ騒動の話になるじゃないですか。会えなかった理由はそれしかないですから。
私は、普通に過ごしていたことを強調しました。人と会ってお出かけをしてなにも制限しないで暮らしていたことを語りました。でも、それに対して彼女からの反応はなにもありませんでした。ほんの僅かだけ騒動当時の話をしてあとはずっと、息子や孫や嫁の話に始終していました。
私は息子や孫や嫁の話に飽きてしまい、話すのも辛くなっていました。
だって、Twitterを通して出会った人たちとは、コロナの話やワクチンの話はもちろんのこと、政治に関しても話題に出ます。それが当たり前のことだと感じながらこの7年間を過ごしてきたんです。
息子や孫や嫁の話ではなく、世の中の情勢に関して会話をしていたんです。
そんなに難しいことは話してはいませんが、少なくとも家族の話題オンリーということはないです。
世の中からズレてしまったのが私なのでしょうか。
それとも友人が少しも進んでいないのでしょうか。
友人のことは今でも好きです。
でも、コロナ騒動の最中に、私がマスクをしないで人と会い、ハグをして飲み会や旅行やライブを楽しんでいたことを話しても、友人の心に1ミリも響かないのが悲しいです。
デパートでマスク警察にあったこと、電車の中でもマスク警察にあったこと、素顔差別をさんざん受けていたこと、そう言ったことを話したくても話をさせてもらえない空気を友人から感じるのが悲しいです。
ワクチンの健康被害の話がタブーなのが歯痒いです。
あの3年間はなにもしなくてよかったんだよ。全ての対策が無駄だったのよ、と伝えられないのが残念でなりません。
とにかく「今でもマスクをしている」という事実に残念の全てが凝縮されているのだと思います。
