年齢がバレてしまいますが、沖縄返還があったとき私は中学生でした。テレビでは大人たちが「これからはパスポートなしで沖縄に行ける」と沸いていたことを朧げに覚えていますが東北に住む私には沖縄は、返還されたと言っても外国に抱くイメージしかありませんでした。

その後、上京して社会人になって勤めた会社に沖縄出身の女性がいました。彼女から沖縄の話を聞かされてもなお、私には沖縄は外国のような存在でした。

 

私は結婚後、しかも、子持ちで離婚して以後に自営業者となり経済的に余裕ができてきたものですから海外旅行に出かけるようになり、沖縄は海外ではなく所詮は日本なので私にとってはわざわざ出かけるまでもない場所になっていました。勝手なものですね。

沖縄にさほどの魅力を感じない私でも、沖縄には1度だけ行ったことがあります。

真夏でしたから、青の洞窟といわれる洞窟でスノーケリングをしたりマングローブの生い茂る湾でカヤックを漕いだりしました。また、橋で繋がった島に渡り海水浴も楽しみましたし、美ら海水族館へも行きました。今ではビーチの名前も島の名前も湾の名前も忘れました。

しかし、その沖縄の旅でも行かなかった、行こうとも思わなかった『辺野古』の地名は頭の中にしっかり存在します。

なぜでしょうか? ネットの情報を聞き齧っているためだと思います。私の頭の中には辺野古と言えば米軍基地建設反対と反対する左翼の活動家たちのイメージしかありません。基地反対の主な理由は貴重な珊瑚が死滅してしまうから、でしょうか。それとも珊瑚の死滅はたてまえでしょうか。たてまえなんだと思います。

でもその珊瑚の死滅云々よりも、左翼の活動家たちが過激な反対運動をしている場所のイメージの方が大きいです。

(断っておきますが、私は基地建設に賛成の立場ではありません)

とにかく、沖縄への想いも知識もあまりない私の頭の中では辺野古へのイメージは米軍基地建設反対運動、それしかありません。

社会情勢に疎い私がです。

 

 

 

 

 

 

写真はこの後で投稿する『ブルネイへの旅』で撮ったブルネイのビーチです。ビーチの名前は後で調べます。

ブルネイには珊瑚礁のあるビーチはおろか海水浴をするビーチもありませんでした。狭い国ですからね。

 

 

 

修学旅行中の女子高校生が辺野古の活動家の粗暴な活動に巻き込まれて命を落としたのは本当に残念で悲しい出来事でした。活動家の「責任を取らないように見える」事故後の言動を見るにつけ腹が立ちますし、学校側の認識の甘さにも怒りが沸いてきます。事故後のあまりな対応に腹を据えかねたのか、ご家族としては当然のことでしょうね、ご遺族がNoteを立ち上げtwitterのアカウントを取得し投稿をしていらっしゃいます。海外赴任をされていたご一家でした。亡くなった女子高生は両家の子女らしく清潔感に溢れ輝いている聡明な印象のお嬢さんです。とても可愛らしいお嬢さん。ご両親の苦しみは想像するにあまりあります。

Noteの中でお父さまが「辺野古がどんな場所か知っていれば参加せなかった」という類の発言をしています。政治には疎い私でさえ辺野古がどんな海なのかは知っていたのになあ、と正直には思いました。

ネットで情報を集めていることについてはまだまだ偏見が多いです。

ネット中毒とかネットにはデマばかりとか依存症になる、など様々なマイナーイメージが付き纏いますが、ネットの中の多数の情報を精査してどれを選ぶかは読み人である本人です。少なくともテレビの情報よりはずっと命を救います。

ネットの情報を信じるか信じないかは結局は本人次第ですが、少なくとも「知らない」よりはずっとマシなはずです。私はそう思っています。