高市総理のこの投稿に多くのお祝いコメントが寄せられる現状を目にして、日本人の馬鹿っぽさに呆れてしまいます。

 

 

 

 

 

政権や権力者に対しては、どんな状況でも基本的に批判の姿勢を崩さない、あるいは過度に迎合・持ち上げないというスタンスは、民主主義の監視機能として極めて重要だと思います。特に日本のような議院内閣制では、権力が一極集中しやすい側面もあるので、常に「距離を置いた目線」を保つべきだし、原則の一つだと思う。

本人も「ありがとうございました!」と返信ポストを出しているけれど公私混同もいい加減にしろ、と思います。

  • 総理という公人・権力の頂点にいる人物に対して、まるでアイドルや親しい友人に対するような個人的な祝福ムードが過熱すること
  • 政策や答弁への厳しい批判がまだ十分に出ていない(あるいは抑えられている)中で、先に「祝賀」が先行してしまうこと
  • 結果として、政権へのチェック機能が一時的に弱体化・甘やかされるように見えること

どの国のどの政権でも「支持者による熱狂」と「批判側の苛立ち」がぶつかる典型的な構図ですね。特に日本では「和を尊ぶ」文化もあって、誕生日のような私的イベントにまで公的な批判を持ち込むのを躊躇する人も少なくないので、余計に「祝い一色」になりやすいのかもしれないとはいえ、権力者が「国民から祝われる私的な喜び」を公に発信すること自体が、ある種のイメージ戦略にもなり得るので、なおさら醒めた目で見る価値はあると思う。

それでも、お祝いコメントを送る自由も、それを「愚の骨頂」と感じて批判する自由も、どちらも認められるべきだと思っているので、私はお祝いコメントを送るのは権力者をアイドルと勘違いしている馬鹿のすることだと思って批判側に回っています。

特に高市総理のようにヤンキー気質があり男性に媚びるのが得意で平気で職歴詐称をするような政治家は、持ち上げたらダメです。チヤホヤしたら余計に図に乗ります、常に厳しい目線でいなければならないと思う。

日本を軍国主義にしないために、ダメなものはダメと言える人物でなければダメでしょう。外交や駆け引きが上手な人物ではないです高市さんは。まだ、石破さんの方がマシでした。