9月14日水曜日

 

夏休み1週間の旅の最終地に選んだのは

 

福島県双葉郡双葉町。

 

 

 

制限が解除されて帰還が始まった、と聞いて

 

町が復興を果たす前に今の現状を見ておきたい

 

そう思ったから。

 

今しか見ることのできない、被災の現状があるはずだし

 

日本に何が起こったのか見ておきたかったし。

 

 

 

あの震災が起こったすぐ後に

 

支援物資を持って郷里に向かい

 

泥と瓦礫

 

建物に突っ込んだ船や

 

道路に大きく開いた穴や

 

潰れた家や骨組みだけになったビルを

 

この目で見たことは今の生き方に決して無駄にはなっていない。

 

あれは酷かった。

 

言葉や文字では表すことのできない絶望ってある。

 

私は加害者ではないのに

 

私の暮らしがあの震災で少しも脅かされなかったことが

 

私を加害者のような気持ちにさせてしまい

 

手助けをしないではいられなかった。

 

なのに東北以外の人たちは無関心。

 

都会は通常どおり。

 

人間社会の不条理を見た思いで数年間を送ったのは

 

今のマスク社会に対峙する上で役に立ったと思う。

 

少なくとも考えるようにはなったから。

 

 

 

 

 

 

原発事故から4年後の2015年に常磐自動車道が全面開通して

 

その2年後の2017年に常磐自動車道を走って

 

車から見た光景は今でもはっきり覚えていて

 

けっこうそれは衝撃だったから

 

どのように衝撃だったかと言うと

 

黒いビニールに包まれた汚染土の山とか

 

原野に戻った耕作地と植物に侵食された家とか

 

普通にそこにあったから。

 

だから

 

その後、どのような変化があるのか確かめたくもあって

 

今回の旅の最後には

 

浪江駅、双葉駅、大野駅のどれかに寄ろうと決めて

 

家を出た。

 

 

 

下手をすると

 

物見遊山なおばさんに思われてしまうかもしれない

 

そんな危惧もあって

 

カメラ片手にはどうなんだろう? と思わないでもなかったけれど

 

だって

 

津波の被害の写真を撮ってブログにアップしたら

 

「あなた何がしたいの?」

 

と叩かれたし。

 

 

 

でもね

 

現実に起こったことを

 

隠してどうする? とも思うのよ。

 

そんな怖いもの見ないで一生過ごすのもいいけど

 

それって

 

なんだか

 

マスクして何も考えずに戦わずにのほほんと生きているのと

 

似てない?

 

 

 

なんてね

 

そんなことを自分に言い聞かせて

 

どう思われてもいいや、って。

 

私が見たいのだし知りたいのだし

 

それだけの理由でいいやって。

 

 

 

 

ともかく

 

今しか見ることのできない

 

双葉町の「いま」を見て来ました。

 

写真が多いです。

 

人さまの家を写して掲載するのはどうなんだろう?

 

とも思ったけれど

 

きっと

 

写真に撮った家の持ち主たちは

 

住めない住まない壊すしかない家を

 

壊したくなんかないはずで

 

でも、壊さなきゃいけないのなら

 

ネットの片隅に残っていたらいつか見たときに

 

それがたとえ悲惨な状態になった家でも

 

懐かしく感じるんじゃないかって

 

勝手に私がそう思っているだけかもしれないけれどね。

 

 

 

前置きながいね。

 

 

 

 

以下

 

個人のお宅の写真は苦情が来たら削除します。

 

 

 

 

 

 

 

双葉駅は立派。

 

跨線橋の上が自動改札。

 

改札前には線量計がある。

 

 

 

 

 

 

発車案内表示板も立派。

 

私は発車済みと表示されている14:31の水戸行きで着いて

 

16:51発のいわき行きに乗る。

 

 

 

 

 

 

跨線橋の上から眺めた駅前。

 

 

 

 

 

 

 

 

立派な駅舎。

 

この駅舎は原発事故以前に建てられたもので

 

この小さな町に不似合いなほど立派なのは

 

原発の思いやり予算があったからかもしれないね。

 

 

 

 

皮肉なものだ。

 

この立派な箱物と引き換えに

 

住まいを追われてしまうだなんて。

 

 

 

 

 

 

 

ステーションプラザ ふたば。

 

町の案内所になっていてスタッフの女性が

 

丁寧に町の案内をしてくれる。

 

若い女性だった。

 

地元の方ではなく通勤していらっしゃるみたい。

 

素顔の私に臆することなく親切丁寧だ。

 

少しでも双葉町のことを知ってもらいたい

 

人に来てもらいたい、という熱意が伝わって来る。

 

建物の外壁には

 

地震発生の時間のまま止まった時計。

 

象徴になるのかな? 直すという話は聞けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

町役場と女性会館だったかな、これも事故前からの

 

建物らしい。

 

 

 

 

 

 

 

電車が駅に着くとすぐに目に入る壁画。

 

ペンギンという、ドーナツとソフトクリームを

 

売るお店だったらしい。

 

帰宅途中のお腹をすかせた高校生が寄り道をしていたって。

 

描かれた女性はペンギンの女主人。

 

世話好きで明るく、今もお元気だそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

FUTABA Art Districtプロジェクトというらしい。

 

双葉町に少しでも心の灯火をという想いで

 

有志のアーティストたちが建物の持ち主の許可を得て

 

建物に所縁のあった人たちの顔を描いたもの。

 

 

 

 

 

この運動に色々意見もあり

 

誹謗中傷も多いらしい。

 

 

私は個人的には

 

アート側の気持ちも想いもわからないでもないし

 

批判する人の気持ちもわからないでもない。

 

だって

 

華やかになって慰めになる人もいるだろうし

 

余計なお世話と思う人もいるよね。

 

だってだって、アートを楽しむ余裕はまだないはずだもの。

 

所詮はよそ者の押し付けだよね。

 

壁に描かれた人たちは「元気」な人で

 

壁に描かれなかった「悲しみを抱えたひとたち」の方が

 

絶対に数は多いんだから。

 

 

 

アートを単純に楽しむ分には良いです。

 

でも

 

その裏の人たち

 

取り残された人たちを思うと楽しめない。

 

実際の人物を描かないで(不公平感あるから)

 

風景画とか動物たちだったら良かったのに。

 

 

 

と、思いながらも

 

案内の女性の「ぜひ、見て行ってください」との言葉に

 

全部見ましたとも。

 

見て損はないです。

 

一部の人たちの想いが詰まっているし(毒)

 

荒れた町が華やかになっているのは間違いないし

 

人が来るのはとても良いことだと思うし。

 

 

 

 

 

 

 

旧三宮堂田中医院(登録文化財)

 

文化財も放置です。

 

もったいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

消防署

 

 

 

 

 

やはり時計が地震発生時に止まったまま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高速道路の工事かな?

 

 

 

 

 

道路脇の線量計

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこか座ってお弁当を食べられる場所はありますか?

 

と案内の女性に聞いたら

 

産業交流センターで飲食ができると教えていただいたので

 

行ってみた。

 

 

 

 

 

 

イラストマップでは駅からすぐそこ、な感じに書いてあるのに

 

歩いたら死ぬほど遠かった。

 

これで持ち時間の大半を使ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

真新しいホテルがあった。

 

工事関係者御用達かと思う。

 

 

 

 

 

 

原子力伝承館なるものがあったけれど

 

どうせ、事故の言い訳と思うから時間もないし

 

入館すらしなかった。

 

 

 

 

 

 

産業交流センターには入ってみた。

 

 

 

 

 

お目当のレストランはお休み。

 

なみえ焼きそば食べたかった。

 

 

 

 

 

 

 

芝刈りロボットは

 

まるでGみたいで、ちょこまか動き可愛い。

 

 

 

 

 

 

目の前の海には高い防波堤。

 

地上からは海は見えない。

 

 

 

 

 

 

 

仙台駅で買ったはらこ飯を食べる。

 

買っといて良かった。

 

 

 

 

 

 

 

高校生たち。

 

 

 

 

 

 

 

気持ち良さげなレストラン。

 

ここでお茶したかった。

 

 

 

 

 

 

 

何を建てているのだろう、倉庫かな?

 

すごく大きな建物。

 

 

 

 

 

 

 

 

県道から横道に入り、駅前からまっすぐに延びる道を

 

歩いてみる。

 

ここがたぶん双葉町のメインストリートだったのかと思う。

 

カラー舗装の歩道ですごく立派。

 

原発で町が潤っていたのだね。

 

人も車もなく、帰還はまだ始まってもいないのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

小中学校は荒れずにあるように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解体がね、決まっている家にも

 

ここは壊さないでください

 

と書いた鉄板が留められていたりね

 

住民の方たちはどんな想いでここから離れて

 

一時帰宅時には暮らしていた家がどんどん朽ちていくのを

 

どんな気持ちで見ていたのかそれを思うとね

 

電気大事に使わなくちゃ←そこ?

 

 

 

 

なんだか痛ましすぎて泣ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

役場にはたくさんの人が働いていた。

 

だけども皆さん通勤者。

 

私が乗ったいわき行きの電車に大勢さんご乗車されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シェアサイクルがあったのを

 

帰るときに知って大ショック。

 

私はいったい何キロ歩いたんでしょうかー。

 

 

 

 

でもまあ

 

歩いたからこそじっくり感じることもできたのでしょうけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅裏は商業施設か道の駅でも作っているかな。

 

工事関係者さんたちが素顔なことと明るいことが救いだった。

 

いつかはこの施設が人で賑わうといいね。

 

賑わいを取り戻した頃にまた来よう、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名残惜しくも時間切れ。

 

日付が変わらないうちに家に帰らなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

富岡町仏浜あたり。

 

 

 

 

 

 

 

 

富岡町毛萱あたり

 

遠くに見える煙突が事故を起こした福島第二原子力発電所。

 

 

 

 

 

 

広野町

 

 

 

広野駅前

 

 

ビルの横断幕には「テナント募集」の文字。

 

広野を過ぎると

 

見慣れた景色になります。

 

 

 

 

物見遊山というか好奇心だったかもしれないけれど

 

 

 

まだまだだよ

 

忘れたふりをしないで

 

 

 

って言うのは

 

マスクして何も考えないでいいの?

 

ってことに繋がると思うんだ。