お声かけいただいたから
緊急事態宣言に抗議する街宣に参加をしてみた。
都庁前での抗議行動。
私は初参加だからプラカードを持つだけ。
スピーチしたかったらしてもいい、とは言われたけれど
頭に浮かぶのは緊急事態宣言に反対することよりも
無意味なマスクや無意味な感染対策のことばかりで
マスクに関して訴えたい、と言ったら
緊急事態宣言反対に絡めてスピーチして欲しい、
と言われたので、スピーチはしなかった。
途中、ランチを挟んで
午後からは別の方たちの街宣を見学
というかバックで応援、な感じ?
都の職員
聞いている人なんて誰もいない。
聞いているのは警備員さんだけ。
なにか虚しいし
一生懸命なのは伝わるんだけれど
空回りしている感じがする。
スピーチ
目立とうとするあまり
奇をてらった感じになっているし
これじゃあ、
コロナ怖い人たちには余計にコロナ怖くなるんじゃないかな。
なにか違う
なにが違う?
私には向いていない。
活動している人が「偉い」というような雰囲気がある。
どんな活動をしているのか誇らしげに語るのも
それも違う。
なんだろう?
感染対策やマスクの押し付けを嫌う人たちが
自分たちのやり方を、他の人に押し付ているのは
行動に矛盾がない?
そんな風に感じてしまう。
いつも参加をしているウォークは
サイレントだから
何も訴えず、何も押し付けず、なの。
何も持たず黙って歩くだけ。
あれ?
なんかいつもよりマスクしていない人多くない?
そう感じていただければ大成功。
自分や自分たちのやり方を誰かに押し付けない。
それが正しいような気がする。
だって、押し付けられたくないから
マスク出来ないんだもの
押し付けちゃいけないよね。
正しい情報や正しい知識を知ってもらうことが
目的だとするならば
あくまでもさりげなく、がいいのじゃないのかな。
そしてあくまでも受け取る側が
能動的になるように。
例えばブログ
例えばチラシ配布でもいい。
受け取る側が情報を欲しがって
自ら情報を求めに行かなければ意味がないような気がする。
街宣が避けられてしまうのは
押し付けだから。
そんな気がしました。
何を言いたいのか、うまく書けません。
ぜんぜん関係ないけれど
人間って
結局、群れるんだなあ。
そういうのも向いていなかった。








