□品川商事・外観(夕)
□同・総務課
なぜかざわざわしている。
原因は他部署の社員が入れ替り立ち替り、田中を見に来てい
たからである。
ふみ子「(うんざりと)気が散って仕事にならないじゃない!」
太 田「まあまあ、人の噂も75日というから」
ふみ子「 75日といったら2ヶ月半ですよ。 我慢できるわけがない
でしょう。だいたい、これ(口にチャック)だって言ったの
に、みんな口が軽いんだから」
しかし、みんな知らんふりして仕事を続ける。
ふみ子「……ったく、もう!」
と、頭をゴシゴシ掻く。
田 中「(苦笑い)……」
× × ×
――壁掛時計が午後5時30分をさす。
田 中「(げんなりとして)今日はこれで失礼します」
と、帰り支度をはじめる。
太 田「(気まずそうに)ああ、お疲れさん」
北 島「(立ち上がって)係長、すみませんでした。つい、みんな
にしゃべっちゃって」
太 田「(立ち上がって)田中君、私も謝るよ。この通り(と、頭
を下げる)」
田 中「(わかってますという笑顔)……」
裕 美「(何かを考えている表情)……」
田 中「じゃあ、お先に失礼します」
と、部屋を出ていく。
一 同「お疲れ様」
と、重苦しい雰囲気で田中を見送る。
□同・一階エントランスホール
田中、正面玄関に向って歩いている。
エレベーターのドアが開き、裕美が飛び出してくる。
裕 美「田中君、ちょっと待って」
田中、立ち止まって振り返る。
裕美、田中の前まで走ってきて、
裕 美「(呼吸が荒く)ああ、間に合った」
田 中「どうしたの? そんなに慌てて」
裕 美「(気まずそうに)私もしゃべっちゃった一人だから、謝ら
なきゃいけないと思って……」
田 中「(笑顔で)気にしなくていいよ」
裕 美「じゃあ、許してくれる?」
田 中「もちろん」
裕 美「よかった。……ねえ、これから何か予定ある?」
田 中「(首を振って)ううん、帰って寝るだけだよ」
裕 美「だったら一緒に食事しない?」
田 中「それは構わないけど……」
裕 美「じゃあ、決まりね」
と、田中の腕を取って歩き出す。
田中、照れながらも満更ではない様子。
そんな二人を、柱の影から男がジッと見ている(顔は見えな
い)。
□小料理屋「こはる」・個室の座敷(夜)
田中と裕美、座卓をはさんで座っている。
裕 美「(笑顔で)はい、どうぞ」
と、田中のグラスにビールを注ぐ。
田 中「(ニンマリと)ありがとう」
裕 美 「じゃあ、乾杯しましょうか」
田中・裕美「かんぱーい!」
と、グラスを合わせる。
田中・裕美「(一気に飲み干して)プハッ!」
見つめ合って微笑む二人。
裕 美「二人だけで食事なんて初めてよね」
田 中「(頷いて)裕美ちゃんはモテモテだから、僕なんかに構っ
てる暇ないもんね」
裕 美「そんなことないわ。私……こんなふう(茶髪にバッチリメ
イク)だから、みんなには遊んでるみたいに思われてるけど
……そんなことないのよ(と、少し悲しげに)」
田 中「(キュンときて)裕美ちゃん……」
裕 美「……いやだ。私、何言ってるんだろう」
と、顔を赤らめる。
女将の声「失礼いたします」
と、襖が開いて、女将・北川美登里が顔を出す。
裕 美「女将さん、お邪魔してます」
美登里「(裕美に)いらっしゃい。(田中を見て)こちらは?」
裕 美「同じ部署の田中係長」
美登里「(田中に)ようこそお越しくださいました(と、丁寧にお
辞儀をする)」
田 中「(恐縮して)ど、どうも……」
美登里「(軽く窘めるように)あら、殿方のグラスが空よ(と、裕
美に目配せする)」
裕 美「(気がついて)あっ、ごめんなさい」
と、慌ててビールを注ぐが、勢いあまって田中のズボンにこ
ぼしてしまう。
裕 美「大変! 女将さん、おしぼりください」
と、ハンカチを出して田中のズボン(太股あたり)を拭く。
田 中「(照れて)裕美ちゃん、大丈夫だから」
と、自分のハンカチを出して拭く。
しかし、裕美は止めずに拭き続ける。
美登里、おしぼりを持ってきて、
美登里「あら……なかなかお似合いのカップルじゃない」
裕 美「(照れて)やだ、女将さん、何言ってるのよ」
美登里「灯台もと暗しってね。――そうそう、とっておきのカラス
ミがあるのよ。熱燗と一緒にお持ちしましょうね」
と、裕美に目配せして出て行く。
裕 美「……気にしないでね。女将さんの言葉……」
田 中「裕美ちゃん、俺(僕から俺に)……」
裕 美「(遮るように)少し、暑くない?」
と、ブラウスのボタンを一つ開ける。
バストの谷間がチラリと見える。
田 中「(思わず唾を飲み込んで)……」
裕 美「田中君も上着脱いだら?」
と、にじり寄って脱がせてやる。
田 中「(声が裏返って)あっ、ありがとう」
裕美、田中に顔を近づけて、
裕 美「(色っぽく)どういたしまして」
と、太股にそっと手を這わせる。
田 中「(真っ赤になって)……!?」
× × ×
田中、かなり酔っていて、
田 中「裕美ちゃん、もう飲めないよ」
裕 美「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」
裕美、襖を開けて、
裕 美「女将さん、お勘定お願いします」
美登里の声「はーい、ただいま」
田 中「裕美ちゃん、今何時?」
裕 美「(腕時計を見て)11時40分よ」
田 中「(慌てて)やばい、終電に間に合わなくなっちゃう」
裕 美「(寂しそうに)帰っちゃうの?」
田 中「(ドギマギと)だって……」
裕 美「(甘えるように)明日は土曜日でお休みでしょう。もう少
し一緒にいたいなぁ……」
田 中「(思わずしゃっくりをして)……!?」
美登里「お待たせしました」
と、勘定書を裕美に渡す。
田 中「裕美ちゃん、いくら? 俺が払うよ」
裕 美「いいの。誘ったのは私だから。女将さん、悪いけどつけて
おいてください」
美登里「(頷いて)表にタクシー待たせてあるから」
裕 美「じゃあ、行きましょうか?」
と、田中に腕をからませる。
美登里「まあ……本物の恋人同士みたいよ」
田中・裕美「(照れて)……」
□同・玄関表
美登里「(田中に)お気をつけて」
田 中「(頷いて)ごちそうさまでした」
と、タクシーに乗る。
裕 美「女将さん、じゃあまた(と、ウィンクする)」
美登里「(裕美の耳許で)頑張ってね」
裕美、頷いてタクシーに乗る。
二人を乗せたタクシーが走り出す。
店から男(顔は見えない)が出てきて女将の肩を抱く。
男は田中と裕美を柱の影から覗いていた男である。
そこへバイクが走ってきて、男の前に止まる。
男、バイクの男に合図する。
バイクの男、急発進でタクシーを追いかけていく。
男の意味深長に笑う口許。
□タクシーの中
田 中「裕美ちゃん、今日は誘ってくれてありがとう」
裕 美「ううん、私の方こそありがとう」
と、田中の肩に頭をもたせ掛ける。
田 中「(ドキドキして)……」
裕 美「……ねえ、どうする?」
田 中「(ドギマギと)どう……するって……」
裕 美「(田中の目を見て)このまま帰る?」
田 中「(葛藤して)だって……」
裕 美「私のこと嫌い?(と、田中の手を握る)」
田 中「(ビクッとして)そんなことないよ」
裕 美「(誘うような目で)田中君」
田 中「(魔法にかかったように)裕美ちゃん」
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