□荒川土手(夕)
夕陽を背に鉄橋を走りぬける京浜東北線。
□JR赤羽駅・東口
ファストフード店、パチンコ店、銀行、百貨店などが乱立す
る、どこか下町の匂いがする雑然とした町並。
□すずらん通り商店街
老若男女の買物客で賑わっている。
そんな中、小柄で中肉中背の男・田中良郎が背中を丸めてと
ぼとぼと歩いている。
宝くじ売場のカセットレコーダーから「ジャンボ宝くじ1等
2億円、前後賞合わせて3億円が……」というテープが流れ
ている。
田中、宝くじ売場の前で立ち止まり、
田 中「(興味もなさそうに)宝くじか……」
と、ふと見ると販売員は色っぽい美人。
販売員「(にっこり微笑んで)……」
田 中「(思わず)じゅ、10枚くださ……」
と、言葉を遮るように、ガシャンと大きな音がする。
振り向くとバイクと自転車の衝突事故で、あっという間に人
だかりができている。
田中も見に行こうとするが、人波に揉まれて前に進めず、諦
めて戻りかけると、もう一つの宝くじ売場が目に入る。
それは薄汚れた宝くじ売場で販売員は魔女のような婆さん。
その宝くじ売場の招き猫が、田中にウィンクする。
田 中「(驚いて)……!?」
と、目を凝らして招き猫を見ると今度は手招きをしている。
田 中「ウソだろぉ!?」
と、小走りで近づいていく。
気味悪そうに招き猫を見るが、ごく普通の招き猫である。
販売員「(しゃがれた声で)いらっしゃい」
田 中「(突然声をかけられビクッと)どっ、どうも……」
販売員「お客さん、どうしたんだい? 顔色が良くないねぇ」
と、眼鏡をずらして舐めるように凝視する。
田 中「(しどろもどろで)それが、招き猫のウィンクが……手招
きをして……」
販売員「(下品な笑いで)フォーフォッフォッフォッ……。そうか
い、呼ばれたんだね」
田 中「(怪訝そうに)よ、呼ばれたって?」
販売員「(それには答えず)で、何枚だい? ジャンボだろ?」
田 中「えっ、あっ、はい……」
と、招き猫を見ると、招いた前足の指が一本立っている。
田 中「(また驚いて)いっ、一枚ください」
と、財布から300円を取り出して売場の婆さんに渡す。
売場の婆さん、300円を受け取って、
販売員「(言い聞かせるように)いいかい、たかが金だよ。くれぐ
れも金に振り回されて、人生踏み外すんじゃないよ」
と、宝くじを渡す。
田 中「(ポカンと)はあ……」
と、宝くじを受け取る。
販売員「(意味深長な微笑み)……」
□品川商事・外観
□同・総務課
――壁掛時計が正午をさす。
若手の男性社員・北島浩平が机上の書類を片付けながら、
北 島「(甘えて)裕美先輩。一緒にランチ行きましょうよ」
と、隣の女子社員・中山裕美に声をかける。
裕 美「(突慳貪に)いやよ」
北 島「(大袈裟に)冷たいなぁ」
そこへ、椅子のキャスターを滑らせ、お局OL・坪根ふみ子
が飛んできて、
ふみ子「私なら付き合ってあげてもいいわよ(と、ウィンク)」
北 島「(気を遣いながらも)勘弁してください」
ふみ子「(仏頂面で)あっ、そっ」
と、再び椅子を滑らせて帰っていく。
メタボで頭髪の薄い中年男性・太田耕三が立ち上がって、
太 田「おーい、みんな! 今日の昼飯は私がご馳走するぞ」
北 島「(嬉しそうに)本当ですか?」
裕 美「(冷めた感じで)どうせいつもの牛丼でしょ。私、パス」
北 島「裕美先輩、牛丼、嫌いなんですか?」
裕 美「好きよ。アンタよりは百倍も(と、突き放す)」
北 島「(しょぼんと)そんなぁ……」
太 田「(執り成すように)まあまあ、今日は何でも好きなものを
ご馳走するから」
北 島「それじゃあ、チャーシュー麺の大盛りとジャンボ餃子でも
いいですか?」
太 田「(自信たっぷりに)ああ、いいとも」
北 島「(万歳しながら)やったー!!」
裕 美「(呆れて)欲がないと言うか、せこいと言うか……」
ふみ子「(突然、立ち上がって)ちょっと待った!」
一同、ふみ子に注目する。
ふみ子「課長が何でもご馳走してくれるなんて、(眼鏡をずらし)
怪しいと思わない?」
北 島「……そういえば、そうですよね(と、裕美を見る)」
裕 美「……何か、企んでるのかも(と、太田を見る)」
太 田「(焦って)おいおい、失礼なことを言っちゃいかん。実は
ね……(ニンマリと)宝くじが当たったんだよ」
一 同「(声を揃えて)宝くじ!?」
太 田「(満面の笑みで)3等、10万円が当たったんだ」
北 島「(素直に)凄いじゃないですか」
裕 美「(鼻で笑って)フン……3等、10万円ね」
ふみ子「私なんて、5等の300円しか当たらなかったのに(と、ハ
ンカチを噛みながら)くやし~」
そこに、書類を抱えた田中がやってくる。
北 島「(田中に)係長、今日は課長がランチをご馳走してくれる
そうですよ」
田 中「(軽い調子で)また牛丼だろ?」
北 島「それが、今日は何でもOKなんですよ」
ふみ子「宝くじで10万円当たったんですって」
田 中「(感心して)へえ……。課長、ご馳走になります(と、ペ
コリと頭を下げる)」
太 田「(胸をたたいて)任せておきなさい」
北 島「……そういえば、係長も宝くじ買ったんですよね?」
田 中「(書類を片付けながら)ああ」
北 島「どうだったんですか?」
田 中「まだ見てないけど、どうせハズレだよ」
太 田「どれ、私が調べてやろう」
田 中「そうですか、じゃあ……」
と、財布から宝くじを取り出して太田に渡す。
太 田「(受け取って)何だ、たったの一枚かね」
と、呆れながら、机の引き出しから新聞の切り抜きを取り出
して、宝くじと照合する。
太 田「どれどれ、えーと、89組の1335……」
田 中「どうせハズレでしょう?」
太 田「まあ、待ちなさい。……うん!?」
と、太田の手がブルブルと震えだす。
北 島「課長、どうしたんですか?」
太 田「あたっ、あたっ……当たってる!」
一 同「えー!?」
北 島「3等、10万円?」
太 田「(首を振って)……」
裕 美「(息を呑んで)まさか、2等、1億円?」
太 田「(首をぶんぶん振って)……」
ふみ子「(恐る恐る)も、もしかして……」
太 田「(声が裏返って)1等、2億円だあ!!」
一同(田中を除く)「えー、2億円!?」
田 中「(ひとりポカンと)……」
一同(田中を除く)、太田を囲むようにして、宝くじと新聞
を照合する。
一 同(田中を除く)「ホントだ。当たってる!」
太 田「(興奮して)田中君。2億円だよ、2億円!」
と、田中に宝くじを返す。
田中、無表情で宝くじを受け取る。
ふみ子「ちょっと、落ちついてる場合じゃないでしょう!」
田 中「(ポカンとして)……」
北 島「(心配して)係長、大丈夫ですか?」
田 中「(微動だにしない)……」
裕 美「やだぁ。死んじゃったんじゃない?」
太 田「おい、田中君。しっかりしたまえ!」
と、田中の両肩をもって揺する。
田中、突然スイッチが入ったように、机によじ登って宝くじ
を掲げて、
田 中「(濱口優風に)2億円、獲ったどー!」
一 同「(唖然)……?」
× × ×
一同、太田を中心に円陣を組んでいる。
太 田「(小声で)いいかね、世智辛いご時世だ。田中君が2億円
を当てたことはくれぐれも(口にチャック)他言無用だよ」
と、みんなの顔を見て念を押す。
一 同「はい(と、口にチャック)」
が、みんなそわそわして落ちつかない。
裕 美「わたし、ちょっとトイレに……」
北 島「僕も、経理に資料を持って行かなくちゃ」
太 田「そうそう、私も部長に報告があったんだ」
と、みんなそそくさと部屋を出て行く。
ふみ子「(呆れて)あーあ、行っちゃった。――田中君、大騒ぎに
なる前に、銀行に行ってきたほうがいいんじゃない?」
田 中「(不安気に)……そ、そうですね」
□同・女子トイレ
女子社員が数人、化粧を直している。
そこへ、裕美が駆け込んできて、
裕 美「聞いて聞いて! 田中係長、宝くじで2億円当てたのよ」
個室のドアが一斉に開いて、
女子社員一同「うっそー!?」
□同・経理課
北島を数人の社員が取り囲んでいる。
北 島「……そうなんですよ、2億円ですよ。信じられます? 僕
もうびっくりしちゃって……」
□同・応接室
太田の前にロマンスグレーの渋い熟年男性・二階堂拓也が座
っている。
太 田「部長、今度ばかりはさすがに私も肝を潰しました。10万
当てて喜んでる自分がアホみたいですよ。2億円あったら住
宅ローンをスパッと返して、余生はのんびりゆったり、ゴル
フ三昧といきたいもんですなぁ(と、虚しい笑い)」
二階堂「しかし、2億円とはねぇ……」
と、顎を撫でながら意味深長に笑う。
□みずも銀行・新宿支店・全景
□同・一階フロア
田中、キョロキョロとフロアを見回していると、案内係の銀
行員が近づいてくる。
銀行員「お客様、本日はどのようなご用件で?」
田 中「ええ、実は……(と、ポケットから財布を取り出す)」
▲ まねき猫にまねかれて -Ⅱ- へ進む
▼ まねき猫にまねかれて(登場人物表)へ戻る


