こんにちは。
インデペンデント・アーティスト
Swishmar.Shellです。
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※利用規約に係る表現は、少し訂正いたしました。(2026/1/8)
本当は、悪いと思っていたら、
声を出して、それについて詫びる。
そうやって、
心を、ポジティブ・チェンジをしたときに。
どんなことがあるだろう。
子供頃に、雪合戦のシーン。
兄と、スノー・ボールを、投げ合って遊んでいた。
投げた雪玉が、祖母の独り暮らしだった自宅の、
となりの隣人さんの家の窓ガラスに当たり、
パリンと、鳴った。
当時は、木製の窓枠に、薄いガラス1枚が、まだ古い家には残っていた。
祖母に連絡が入り。
謝って来なさいと言われて、
私たち兄弟だけで、謝りに行きました。
こんな風に、
祖母は、自主的に行動させるように、
導いてくれました。
――仕事観。
仕事というものは、
私にとって、成長を期する挑戦であった。
今になって、言えることは、
職業の種類と選択なんて、関係ないということ。
やればやるほど、手慣れる事は多いからです。
その志が深いほど、真面目さと熱を発揮するものだと思います。
私の場合は、休憩を、ほとんど取らなくなるほど、仕事に熱を入れてしまうことも多いものです。真面目すぎるほどに、映っていることがあります。
――前職・清掃部門の仕事を振り返る。
同僚とのかけがえのない、シーン。
清掃業では、少し間違えば、一つ年下の女性の先輩から、力量とプライドによる、叱りを受けますが、どこでも、良くあることですよね。
私の場合は、熱を入れた仕事が終わると、その反省点が、押し寄せる責任感になり、ストレッサーとなります。
自分一人で、対処をするために、しばらく、仕事帰りの車で、そのまま、すこし近郊へ2時間かけて、ドライブして、ストレッサーを緩和させて、何か買ったりして、時間を過ごしていた。
そのうち、数ヶ月は、同じ場面には、慎重に気を付ける緊張感は、注意されるまでもないほど、先を考えるようになります。
――職場の方針。
急ぎ足で、学び得ながら、早い段階で、すべての作業を、熟(こな)せる様になっていかなければならない理由もあった。
主に定期清掃を請け負っている部門では、上司の担当の人は、60歳を超えて、再雇用の立場でした。
もう一人、4歳くらい年上の未経験の男性が居て、体力的なところではカバーできれば良いといった感じの同期が居ました。
そして、私も未経験であったのですが、その同期と2人で、業務を担えるようにするという、会社の方針に従っている必要があったのです。
再雇用の上司は、年配女性ですが、私の入社40歳と同じような時期に、清掃の仕事を始めた、年齢差20以上の方でした。
ただし、定期清掃のすべてを知っている訳でもないので、補う人といえば、先ほどに紹介した、教えてくれる女性先輩なのですが、パートという立場でした。
そのパートさんは、8年以上の定期清掃も日常清掃も、熟せる人で、正規社員に推薦されましたが、彼女の前職は、病後の退職という背景もあって、同じように、会社にも負担掛けないことを考えていた立場から、お断りしていたそうです。
そんな、気づかいのある彼女は、仕事の終わりも、倉庫の中の片付けと、翌日の準備をキッチリやっていた。
当たり前かもしれませんが、彼女の経験上でも同様に、準備まで、忠実にやっておかないと、翌日以降の作業に影響します。
以前の上司が居たのですが、60歳近く、年齢差20離れている立ち位置から、その彼女に対して、女性差別の、ひどい言葉を浴びせた事案により、女性という立場と、清掃に対するプライドの、2つ両方を、傷つけられることになって、しばらく、パートの仕事をする場所を移動していたのでした。
やがて、女性差別した、その上司が移動させられて、
先ほどの、新しい年配女性の上司が、営業所にやって来た。
その補填に、同僚のパート女性先輩が居るといった感じになったのです。
私は、段々、注意される事が無くなってきて、ビルクリーニング技能士の3級試験に挑み始める、1年後、清掃道具のほとんどを、使いこなせるようになっていた。
しかし、同期のもう一人は、追いついて来れないで、頭がパニックになり、どうしても、非協力的な格好で、チームワークが取りにくい事になってしまった。
また、多少の視覚的な問題が、定期清掃の綿密さにも影響してしまったために、作業を大きくやり直したりと、多々あり、移動となったのです。
――正社員としての仕事が圧(の)し掛かる。
すると、私一人で、この先、この会社で、定期清掃を担っていくしかないというような、状況下に、変わったのです。
パートの彼女と私2人だけで、仕事の末端まで、協力的に業務を共にすることが多くなりました。
このタイミングで、
私の正規社員が1人となってしまったから、
さらに、偏る負担と責任感が、ストレッサーとなって、
私も苛立つことも多くて、作業に乱れを起こすことがあった。
そんな時、彼女は、指導のマネジメントの教学を有していたので、怒る態度に変え、絶対に許さないという態度で、極端なほど、冷たい接し方になることもありました。
明日も、気まずいことにならないように、
私は、恐れず勇気を出して、
”あのようなことが、やっぱり悪かったですよね。”と、
片付けも終わったあとの、一番、最後の瞬間に、改めて謝りました。
すると、あれだけ、頑なに怒っていた彼女は、内心はまだ怒っていたのですが、理性的に許してくれました。
きっと、誰でも、途端に、気分が悪いと、近寄り難い感じになったり、別にやらなくて良いことに都合よくしたり、そんな人とも、口も利きずらい…ということは、良くあることですよね。
この会社の定期清掃では、他の社員や応援パートさんも、現場から急にどこかに行ってしまったり、怒って、居なくなることも悪い恒例となっていました。
そんな、悪い手本が多ければ、誰もが同じように、怒りにまかせて行動を取っても良いと思ってしまう職場環境でした。
私は、そんな中、耐え忍んでは、自分を責める形で、謝る態度に出ることもありました。
これが、この職場の人たちとの信頼と、心に触れる瞬間を、繋ぎ留めるものでした。
協力的に仕事を、共にする、彼女は、私の謝っている真意を、きちんと感情を整理しながら、受け止める理性が、凛とした姿として、私の目に映るようになったのです。
だから、その分、彼女自身は、相当の心的負担を抱えることが、多かったと思います。
仕事が定時刻になったら、
帰っていも良いと思いますが、
この職場では、
上司に理由が有り、先に帰ります。
翌日に回せばいいと、おっしゃることもありますが、
翌日になると、追加の業務で追われるのが定番。
だから、
翌日以降の段取りを前もってやておかないと、
返って、私たちが困ることになるのです。
それを熟知している彼女は、
年配上司の女性が、定時に先に上がっていくのを見届けて、
私たち2人だけで、
残ってサービス残業という状況になっていたのです。
その協力的な関係と、
理性的に制御して、互いに頼りある心の繫がりが、
異性という事もあって、
仕事終わりに、休日、どっか行こうかという話になっていったのです。
それは、かけがえのない、協働関係から生まれた、わずかな愛情でした。
一緒に出かけたプライベートも、心が、透き通るように、穏やかになれて、実家に居座るよりも、専ら2人で過ごす時が、一番、大人らしくて、自立したマインドで、いられたのです。
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――本当の孤独感。
このような背景。
彼女も仕事の作業ハラスメントで、肩を壊して、先に、退職した。
私は、独りで、片付け・準備などの補填業務で、サービス残業をおこなった。
もちろん、正社員の偏った、書類整備などのデスクワークもあるのです。
そのタイミングで、60歳以上の男性パートナー社員性の人が居たのですが、何かの理由で、年配女性の上司と共に、先に定時に帰っていく様子。
私の補填の業務で、居残っているのを見ているはず…。
同じ部門であるのだから、
コミュニケーションは、その仕事の片付けなどを一緒にしながら、図っていくものであると思っています。
暗黙の示唆(“しゃべらないと、最後まで協力しないよ!”)が、脳裏をノックする。
見た目も、疲れている様子であるし(“ただ疲れたから、先に帰る。”)が、再びノックする。
事務所にはだれも居ない、とある日曜の仕事で…15時に作業終わって、15時30分で、早々と早退する様。
私は、17時以降になっても、最後まで、社員としての書類整備と、片づけと整理整頓の補填業務で、居残っている…。
こうして、最後の最後まで残る人など、誰も居なくなる悔しさに、満ちていった。
さらに、人員整理で、新しく人が入れ替わっていく――。
私は、一方的に、会社内で、悪い感じのレッテルを、年配の方から中心に、陰で差し向けられ、屈辱を浴び、悔しさと怒りが、2重となっても、変わらない素振りで、正社員としての補填業務として、片付けに専念していた。
しかし、ハインリッヒの法則でもあるように、
小さなことも、積み重なる程、リスクの発生も、次第に大きくなる――。
追い打ちをかけるように、“自分から喋らないのがいけない”
と言う様な、同じ会社の人とは思えない、発言が多く聞かなければならなかった…。
そんな高慢な、圧し掛かって来られる雰囲気を勝手に作られ、3重に、私は、怒りと混じって、心が苛まれながら、孤独に補填業務で、ほんとうの孤独感が高まった。
“この会社に居ても、意味が無い存在、それが私。”
と、本気で思った。
――その怒りと、悔しさが、鈍感な年配男性の一言で、耐えきれなくなるシーン。
※こちらのシーンは、少し、心理的に苦しいものになりますので、ご了承ください。
私は、年配壮年の人達だけの、夜間の清掃現場で、休憩中に、“しゃべらない”と、一言いわれただけでも、はち切れんばかりにに逸脱した行動を取った。
悲しさと、苦しみと、悔しさに、ココロが、グシャグシャになってしまった…。
もう、最後の仕上げの作業なので、誰もわからないところに行き、
“もう自分なんて、居ない方が良いってことでしょ!”
“ここで、自分で、悲惨な姿になってしまえばいいんだ!”
というような、独り言を言って、陰に隠れる場所に、行ってしまいました。
これは、単純な事を示していたのです。
生まれつきの精神異常ではなく、
元々は、正常なのであるから、
衝動的な心を、抑えようとする、防衛反応に過ぎないのです。
だから、別に、本気でそうするココロでも無い。
怒り・悲しみ・くやしさが、込み上げる高熱で、火傷しないように、勢いよく避ける大きな衝動。
(例えば、熱いヤカンに、手を触れて、火傷しないように、アチィ!!といって、大げさに手を下げるオーバーアクションと同じ、ココロの防衛反応ということです。)
2Fのフェンスまで行って、下を見下ろしたりして、宜しくない様子を取っていました。
丁度、そこへ、1Fにお客さんが、来られたので、すぐ止めました。
そして、何事も、無かったように、やり過ごして、
やっぱり、深夜にかけた、独りの補填業務をこなして帰宅した。
この行動結果に、私は、内省してはいたものの、
職場全体から、押しつけられる悪いレッテルが続いたまま、
押し返せないほど、
すでに、異常なストレスを越えて、何も言えない無力に立たされていた。
そして、
社内の他の人を、誰も信頼できなくなっていました。
そんな私の雰囲気を察していたのかは、分かりませんが…
誰かが見ていて、心配された方からの報告を受けていた会社からは、
誰も、私を責めませんでした。
そして、その後も、リスクは、大きく事態を動かしました。
あの時、夜間の現場で居たのは、壮年達だけだったので、その人たちのせいになる思惑に絡められて、怒りを買ってしまわれたのです。
後に、ある壮年2人のグループ的な企みによって、“なぁんで、しゃべらない!”と、罵倒を仕掛けられることになった。
こんな事――彼女には言えない。
プライベートで会っていた、元同僚の彼女との会話には、そんなことが有ったと言う事は出来なかった。
ただでさえ、彼女は、肩の痛みで、車の運転もままならない生活苦に遭っているのに、これ以上、心配かけて、心に負担を掛けたくなかったのです。
それでも、私を想う気持ちが、感を察したのでしょうね。
噂で聞いていた彼女は、一緒に出掛けたところが、その現場だったとき、そこに居る知り合いから、“本当なの!”という声と、伺っているの姿を、私は、見聞きしてしまった…。
直後、私を疑う心で、接するようになり、このあたりから、
私を、呆れてきていたのでしょう。
仕事のことだけなのに、プライベートでも、食い込んでくる。
彼女とのココロに、鮮烈な、溝ができて、そこに、理性的な怒りが、こもっているような感じがしていた。
本当は、怒りたかっただろう――。
でも、私に、“もうそんな会社辞めた方が良いよ”と言ってくれて、私の心が押しつぶされる状態に成っていることは、すでに、理解してくれていたのです。
しかし、そんなことをいっていたのに、
私が、退職を決定していくと、
「辞めるなんて、冗談だと思ってました。」
という、一方的なメッセージが、
そのココロの矛盾を示すように、残っている。
さらに、呆れている事も、メッセージに、残しています。
その頃には、もう会えなくなっていたのですが、
彼女に、私が退職した後であるなら、在職中では言えなかった、いろんな背景そのものを、少しずつ話せるかもしれないと思っていたのに、結局、音沙汰なく、無言の別れとなった。
いまでも、後悔しています。
もしも、自殺願望に触れそうなくらい苦しんでいたかもしれない、彼女の心理を思えば、私は、詳しい事は、言えないことだった…と。
そして、私が、あんな行動を取ったことが、悪いという噂は、狭い世間で、私に関係する人へ、降りかかっていく…。
つまり、彼女の心理を追い詰めた、一番の原因は、私と認めるべきなのでしょう。
(もしも、責任感も強かった彼女が、自分を責めて、死んでいたら、私のせいであるのだろう。
私も、自分を責めて、私も、この世から居なくなって責任を取れば良いのだろうか。)
――諦めと、悲しみが織り交ざる。
複雑な背景に、私からのメッセージに、返答が無かったり、時々、一方的なメッセージが、退職日を迎えるまで続いたと思ったら、今度は、退職後からは、一切返事が無くなる――。
私は、ついに最後のメッセージと告げ、最後の会える返事を待ったのですが…まるで、死んだように、反応が無い――。
ココロの答えを探しつづけがら、理解できないまま、もう会うことなど出来ない。
悲しみと、苦しみと、屈辱とが織り交ざった心境に、沈んでいった。
そこから、織り込まれた、心の病の復帰を願う、折り鶴が浮かび、
まるで、不死鳥の様に、希望が少しづつ開き始めた――。
こうして私は、スウィッシュマー・シャルとして、
生まれ変わりたいと願うように、誕生したのかも知れない…。
――慈悲。
私は悔しい想いと共に、
転職理由で、その営業所を退職したわけですが、
その直前の、
2023年の12月30日、
夕方から、少し出社して
私の私物などチェックしたり、
整理整頓していました。
もちろん、だれも居ません。
私は、怒り混じりに、慈悲を取り出して、
誰も居ないデスクに、書置きと、粗品を残しておきました。
”お体に気を付けて、健康で。”
と、年配女性の元上司等へのメッセージ。
それと、
(すでに私の代わりに入社していた、)
“若い人には、励ましてあげて下さい。”
と、年配男性の方々へのメッセージ。
引き継いだ、若い人のデスクには、引出に、新品の作業道具1つなどを入れておきました。
このような、怒りの混じる心境でも、慈悲心を掛けて上げて、会社を後にしたのです。
優しさと、怒りと、悔しさが、絡まる複雑な心境、
語り合いたかった彼女との、音信不通という淋しい心境が、渦巻いていた。
それにもかかわらず、会社に残した、私の不要な忘れ物を、私の会社に残された自宅住所を、同意なく使用され、強制的に、自宅訪問をされていた私は、恐怖と、勝手に都合よく扱われることの怒りが、同時に込み上げて、心が崩壊しそうなくらい、心理的ダメージを与えられてしまった。
そして、元上司の年配女性から、作業ハラスメントを与えられ、肩を壊してしまった彼女は、心身かなり疲労していたに関わらす、その元上司は、その彼女に対しても、強制的な面会をして、心理的に大きなダメージを負わせ、その後も、命の危険性も帯びていた、証拠のメッセージを、私は残しています。
その分まで、私は、元勤めていた従業員の立場から、グループ会社の本社への通告をして、無念を晴らそうという意識でもあったのです。
しかし、私の視点からすれば、営業所の者が、退職した者に対して、勝手極まりないほどの、脅迫じみた、コンタクトの取り方であったとしても、私はやさしく、良い方向で考えてみたいと思います。
“一方的に、都合の良く扱われる私は、優しい人のイメージであり続けた証”
このように、捉え直せば、この事案も、内心、済まされるように思います。
しかし、客観的にみれば、私が退職後に発生した、この件は、きちんと、連絡が取れるまで待ってから、腐るモノでもない忘れ物を取っておけば良いものであるのに、私に同意なく、会社の個人情報が不適切に扱われ、アポイントメントを取らずに、強制的に行われた訪問は、とても、不手際であったことは、違いありません。
私は、心優しいイメージで映る人相であるから、都合の良い扱われ方をされる、人格的に問題の無いという自尊心を立てて、本社への通告をしないで、泣き寝入りする方向に、したいと思う。
――深層心理への導入。
“この世の人には、他人が、嫌だと思うような心を、分からない振りをしながら、無造作に攻め入る人相は、どんな大円卓でも並ぶもの”
と、イメージして受け止めたほうが、良いかも知れませんね。
退職後の私への無断訪問が、会社側の謝るべき内容であったことには、変わらないと思いますが…もしも、この記事を推測して、当該会社の対象人物が、読み解かれていたとしたら、きっとこう思うはずです。
”なんだ、だったら、謝らなくても良くなった!”
と一掃して、胸をなでおろす様に、謝罪の意を、放り捨ててしまったら、幸せなど無いと思っても良いでしょう。
――私は、一生忘れない、良い思い出を残した。
なぜなら、協働関係の中で生れる幸せが、共に生活する幸せであるというイメージを、強く持っていられる経験を得たからです。
ひと昔、音楽界の、松任谷由実さんが、旦那さんと共に音楽活動している姿に、一つの、幸せな生活の憧(あこが)れとして、何となく、自然に感じていました。
協働関係のシーンで、少しの幸せは、どんなものより、大切なものだった。
それを感じさせてくれた彼女が居てくれたから、今になって、分かることです。
別れを言えないまま・・・もう会えなくなった彼女へ、
”さよなら”。
”ありがとう”。
”幸せだったよ。”
と、想い綴り、本当のお別れを、心の中でしたいと思います。
今回の選曲![]()
「幸せ」
アーティスト:緑黄色社会
ソングライター:長屋晴子
出典:Sony Music Labels Inc.
「1000miles」
アーティスト:亜咲花
ソングライター:Asaka, Yocke
出典:MAGES.
私の制作したBGMは、Tune Core Japan より、楽曲登録されております。
本年2026年1月3日、
「Luminous bead ~simple song~」が、
UGC&ショート動画で合計 1万 再生を達成しました!
※User Generated Content(UGC)は、他のユーザー数も含めて、動画で使用して頂いた再生回数の合計です。
これにより、
TuneCoreアーティストマイルストーンページが表されました。(こちらも同様に。)
活動開始と同時に、初回リリースしてから、6か月での達成結果となりました。![]()
今後のポートフォリオとしても、部分的に活用できそうですね。
BGMを使用していただいた方、また、ブログ活動から、閲覧して頂いた方々による、心の支えに、深く感謝申し上げます。




