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Sシャルのブログ

st2workerのブログから、インデペンデント・デビュー後、Swishmar.Shellのアーティストとして、Sシャルとして、引き続き、音づくりの記録をしています。 メンタルヘルスの検定へも向学しており、音楽療法の探求も、軽やかに、行なっております。

こんにちは。

インデペンデント・アーティスト

Swishmar.Shellです。

 

ベルClick here to go to the English version.

※利用規約に係る表現は、少し訂正いたしました。(2026/1/8)

本当は、悪いと思っていたら、

声を出して、それについて詫びる。

 

そうやって、

心を、ポジティブ・チェンジをしたときに。

どんなことがあるだろう。

 

 

子供頃に、雪合戦のシーン。

 

 兄と、スノー・ボールを、投げ合って遊んでいた。

 

 投げた雪玉が、祖母の独り暮らしだった自宅の、

 となりの隣人さんの家の窓ガラスに当たり、

 パリンと、鳴った。

 

 当時は、木製の窓枠に、薄いガラス1枚が、まだ古い家には残っていた。

 

 祖母に連絡が入り。

 謝って来なさいと言われて、

 私たち兄弟だけで、謝りに行きました。

 

 こんな風に、

 祖母は、自主的に行動させるように、

 導いてくれました。

 

 

――仕事観。

 

 仕事というものは、

 私にとって、成長を期する挑戦であった。


 今になって、言えることは、

 職業の種類と選択なんて、関係ないということ。
 やればやるほど、手慣れる事は多いからです。

 

 その志が深いほど、真面目さと熱を発揮するものだと思います。

 

 私の場合は、休憩を、ほとんど取らなくなるほど、仕事に熱を入れてしまうことも多いものです。真面目すぎるほどに、映っていることがあります。
 

 

――前職・清掃部門の仕事を振り返る。

同僚とのかけがえのない、シーン。

 

 清掃業では、少し間違えば、一つ年下の女性の先輩から、力量とプライドによる、叱りを受けますが、どこでも、良くあることですよね。


 私の場合は、熱を入れた仕事が終わると、その反省点が、押し寄せる責任感になり、ストレッサーとなります。

 

 自分一人で、対処をするために、しばらく、仕事帰りの車で、そのまま、すこし近郊へ2時間かけて、ドライブして、ストレッサーを緩和させて、何か買ったりして、時間を過ごしていた。


 そのうち、数ヶ月は、同じ場面には、慎重に気を付ける緊張感は、注意されるまでもないほど、先を考えるようになります。

 

 

――職場の方針。


 急ぎ足で、学び得ながら、早い段階で、すべての作業を、熟(こな)せる様になっていかなければならない理由もあった。

 主に定期清掃を請け負っている部門では、上司の担当の人は、60歳を超えて、再雇用の立場でした。

 もう一人、4歳くらい年上の未経験の男性が居て、体力的なところではカバーできれば良いといった感じの同期が居ました。

 そして、私も未経験であったのですが、その同期と2人で、業務を担えるようにするという、会社の方針に従っている必要があったのです。


 再雇用の上司は、年配女性ですが、私の入社40歳と同じような時期に、清掃の仕事を始めた、年齢差20以上の方でした。

 ただし、定期清掃のすべてを知っている訳でもないので、補う人といえば、先ほどに紹介した、教えてくれる女性先輩なのですが、パートという立場でした。


 そのパートさんは、8年以上の定期清掃も日常清掃も、熟せる人で、正規社員に推薦されましたが、彼女の前職は、病後の退職という背景もあって、同じように、会社にも負担掛けないことを考えていた立場から、お断りしていたそうです。

 そんな、気づかいのある彼女は、仕事の終わりも、倉庫の中の片付けと、翌日の準備をキッチリやっていた。

 当たり前かもしれませんが、彼女の経験上でも同様に、準備まで、忠実にやっておかないと、翌日以降の作業に影響します。

 

 以前の上司が居たのですが、60歳近く、年齢差20離れている立ち位置から、その彼女に対して、女性差別の、ひどい言葉を浴びせた事案により、女性という立場と、清掃に対するプライドの、2つ両方を、傷つけられることになって、しばらく、パートの仕事をする場所を移動していたのでした。


 やがて、女性差別した、その上司が移動させられて、

 先ほどの、新しい年配女性の上司が、営業所にやって来た。

 その補填に、同僚のパート女性先輩が居るといった感じになったのです。

 私は、段々、注意される事が無くなってきて、ビルクリーニング技能士の3級試験に挑み始める、1年後、清掃道具のほとんどを、使いこなせるようになっていた。


 しかし、同期のもう一人は、追いついて来れないで、頭がパニックになり、どうしても、非協力的な格好で、チームワークが取りにくい事になってしまった。

 また、多少の視覚的な問題が、定期清掃の綿密さにも影響してしまったために、作業を大きくやり直したりと、多々あり、移動となったのです。


――正社員としての仕事が圧(の)し掛かる。

 すると、私一人で、この先、この会社で、定期清掃を担っていくしかないというような、状況下に、変わったのです。

 

 パートの彼女と私2人だけで、仕事の末端まで、協力的に業務を共にすることが多くなりました。

 このタイミングで、

 私の正規社員が1人となってしまったから、

 さらに、偏る負担と責任感が、ストレッサーとなって、

 私も苛立つことも多くて、作業に乱れを起こすことがあった。


 そんな時、彼女は、指導のマネジメントの教学を有していたので、怒る態度に変え、絶対に許さないという態度で、極端なほど、冷たい接し方になることもありました。 


 明日も、気まずいことにならないように、

 私は、恐れず勇気を出して、

”あのようなことが、やっぱり悪かったですよね。”と、

 片付けも終わったあとの、一番、最後の瞬間に、改めて謝りました。


 すると、あれだけ、頑なに怒っていた彼女は、内心はまだ怒っていたのですが、理性的に許してくれました。


 きっと、誰でも、途端に、気分が悪いと、近寄り難い感じになったり、別にやらなくて良いことに都合よくしたり、そんな人とも、口も利きずらい…ということは、良くあることですよね。

 この会社の定期清掃では、他の社員や応援パートさんも、現場から急にどこかに行ってしまったり、怒って、居なくなることも悪い恒例となっていました。

 

 そんな、悪い手本が多ければ、誰もが同じように、怒りにまかせて行動を取っても良いと思ってしまう職場環境でした。

 

 私は、そんな中、耐え忍んでは、自分を責める形で、謝る態度に出ることもありました。

 これが、この職場の人たちとの信頼と、心に触れる瞬間を、繋ぎ留めるものでした。


 協力的に仕事を、共にする、彼女は、私の謝っている真意を、きちんと感情を整理しながら、受け止める理性が、凛とした姿として、私の目に映るようになったのです。

 だから、その分、彼女自身は、相当の心的負担を抱えることが、多かったと思います。

 仕事が定時刻になったら、

 帰っていも良いと思いますが、

 この職場では、

 上司に理由が有り、先に帰ります。

 翌日に回せばいいと、おっしゃることもありますが、

 翌日になると、追加の業務で追われるのが定番。

 

 だから、

 翌日以降の段取りを前もってやておかないと、

 返って、私たちが困ることになるのです。

 それを熟知している彼女は、

 年配上司の女性が、定時に先に上がっていくのを見届けて、

 私たち2人だけで、

 残ってサービス残業という状況になっていたのです。

 その協力的な関係と、

 理性的に制御して、互いに頼りある心の繫がりが、

 異性という事もあって、

 仕事終わりに、休日、どっか行こうかという話になっていったのです。
 
 それは、かけがえのない、協働関係から生まれた、わずかな愛情でした。
 

 一緒に出かけたプライベートも、心が、透き通るように、穏やかになれて、実家に居座るよりも、専ら2人で過ごす時が、一番、大人らしくて、自立したマインドで、いられたのです。



――本当の孤独感。


 このような背景。

 彼女も仕事の作業ハラスメントで、肩を壊して、先に、退職した。

 

 私は、独りで、片付け・準備などの補填業務で、サービス残業をおこなった。

 もちろん、正社員の偏った、書類整備などのデスクワークもあるのです。

 

 そのタイミングで、60歳以上の男性パートナー社員性の人が居たのですが、何かの理由で、年配女性の上司と共に、先に定時に帰っていく様子。
 

 私の補填の業務で、居残っているのを見ているはず…。

 同じ部門であるのだから、

 コミュニケーションは、その仕事の片付けなどを一緒にしながら、図っていくものであると思っています。

 

 暗黙の示唆(“しゃべらないと、最後まで協力しないよ!”)が、脳裏をノックする。

 

 見た目も、疲れている様子であるし(“ただ疲れたから、先に帰る。”)が、再びノックする。

 

 事務所にはだれも居ない、とある日曜の仕事で…15時に作業終わって、15時30分で、早々と早退する様。

 

 私は、17時以降になっても、最後まで、社員としての書類整備と、片づけと整理整頓の補填業務で、居残っている…。

 

 こうして、最後の最後まで残る人など、誰も居なくなる悔しさに、満ちていった。


さらに、人員整理で、新しく人が入れ替わっていく――。

 

 私は、一方的に、会社内で、悪い感じのレッテルを、年配の方から中心に、陰で差し向けられ、屈辱を浴び、悔しさと怒りが、2重となっても、変わらない素振りで、正社員としての補填業務として、片付けに専念していた。

 

しかし、ハインリッヒの法則でもあるように、

小さなことも、積み重なる程、リスクの発生も、次第に大きくなる――。

 

 追い打ちをかけるように、“自分から喋らないのがいけない”

 と言う様な、同じ会社の人とは思えない、発言が多く聞かなければならなかった…。

 そんな高慢な、圧し掛かって来られる雰囲気を勝手に作られ、3重に、私は、怒りと混じって、心が苛まれながら、孤独に補填業務で、ほんとうの孤独感が高まった。

 

“この会社に居ても、意味が無い存在、それが私。”

 

と、本気で思った。



――その怒りと、悔しさが、鈍感な年配男性の一言で、耐えきれなくなるシーン。

※こちらのシーンは、少し、心理的に苦しいものになりますので、ご了承ください。

 

 私は、年配壮年の人達だけの、夜間の清掃現場で、休憩中に、“しゃべらない”と、一言いわれただけでも、はち切れんばかりにに逸脱した行動を取った。

 

 悲しさと、苦しみと、悔しさに、ココロが、グシャグシャになってしまった…。

 もう、最後の仕上げの作業なので、誰もわからないところに行き、

“もう自分なんて、居ない方が良いってことでしょ!”

“ここで、自分で、悲惨な姿になってしまえばいいんだ!”

 というような、独り言を言って、陰に隠れる場所に、行ってしまいました。

 

 これは、単純な事を示していたのです。

 生まれつきの精神異常ではなく、

 元々は、正常なのであるから、

 衝動的な心を、抑えようとする、防衛反応に過ぎないのです。

 だから、別に、本気でそうするココロでも無い。

 

 怒り・悲しみ・くやしさが、込み上げる高熱で、火傷しないように、勢いよく避ける大きな衝動。

 

 (例えば、熱いヤカンに、手を触れて、火傷しないように、アチィ!!といって、大げさに手を下げるオーバーアクションと同じ、ココロの防衛反応ということです。)

 

 2Fのフェンスまで行って、下を見下ろしたりして、宜しくない様子を取っていました。

 丁度、そこへ、1Fにお客さんが、来られたので、すぐ止めました。

 

 そして、何事も、無かったように、やり過ごして、

 やっぱり、深夜にかけた、独りの補填業務をこなして帰宅した。

 

 この行動結果に、私は、内省してはいたものの、

 職場全体から、押しつけられる悪いレッテルが続いたまま、

 押し返せないほど、

 すでに、異常なストレスを越えて、何も言えない無力に立たされていた。

 そして、

 社内の他の人を、誰も信頼できなくなっていました。

 

 そんな私の雰囲気を察していたのかは、分かりませんが…

 誰かが見ていて、心配された方からの報告を受けていた会社からは、

 誰も、私を責めませんでした。 

 

 そして、その後も、リスクは、大きく事態を動かしました。

 

 あの時、夜間の現場で居たのは、壮年達だけだったので、その人たちのせいになる思惑に絡められて、怒りを買ってしまわれたのです。

 後に、ある壮年2人のグループ的な企みによって、“なぁんで、しゃべらない!”と、罵倒を仕掛けられることになった。


こんな事――彼女には言えない。

 プライベートで会っていた、元同僚の彼女との会話には、そんなことが有ったと言う事は出来なかった。
 ただでさえ、彼女は、肩の痛みで、車の運転もままならない生活苦に遭っているのに、これ以上、心配かけて、心に負担を掛けたくなかったのです。
 それでも、私を想う気持ちが、感を察したのでしょうね。

 噂で聞いていた彼女は、一緒に出掛けたところが、その現場だったとき、そこに居る知り合いから、“本当なの!”という声と、伺っているの姿を、私は、見聞きしてしまった…。

 

 直後、私を疑う心で、接するようになり、このあたりから、

 私を、呆れてきていたのでしょう。

 

 仕事のことだけなのに、プライベートでも、食い込んでくる。

 彼女とのココロに、鮮烈な、溝ができて、そこに、理性的な怒りが、こもっているような感じがしていた。

 

 本当は、怒りたかっただろう――。

 

 でも、私に、“もうそんな会社辞めた方が良いよ”と言ってくれて、私の心が押しつぶされる状態に成っていることは、すでに、理解してくれていたのです。

 

 しかし、そんなことをいっていたのに、

 私が、退職を決定していくと、

 「辞めるなんて、冗談だと思ってました。」

 という、一方的なメッセージが、

 そのココロの矛盾を示すように、残っている。

 さらに、呆れている事も、メッセージに、残しています。

 

 その頃には、もう会えなくなっていたのですが、

 彼女に、私が退職した後であるなら、在職中では言えなかった、いろんな背景そのものを、少しずつ話せるかもしれないと思っていたのに、結局、音沙汰なく、無言の別れとなった。

 

 いまでも、後悔しています。

 もしも、自殺願望に触れそうなくらい苦しんでいたかもしれない、彼女の心理を思えば、私は、詳しい事は、言えないことだった…と。

 

 そして、私が、あんな行動を取ったことが、悪いという噂は、狭い世間で、私に関係する人へ、降りかかっていく…。

 

 つまり、彼女の心理を追い詰めた、一番の原因は、私と認めるべきなのでしょう。
 

 (もしも、責任感も強かった彼女が、自分を責めて、死んでいたら、私のせいであるのだろう。

 私も、自分を責めて、私も、この世から居なくなって責任を取れば良いのだろうか。

 

 

――諦めと、悲しみが織り交ざる。


 複雑な背景に、私からのメッセージに、返答が無かったり、時々、一方的なメッセージが、退職日を迎えるまで続いたと思ったら、今度は、退職後からは、一切返事が無くなる――。

 

 私は、ついに最後のメッセージと告げ、最後の会える返事を待ったのですが…まるで、死んだように、反応が無い――。

 

 ココロの答えを探しつづけがら、理解できないまま、もう会うことなど出来ない。

 

 悲しみと、苦しみと、屈辱とが織り交ざった心境に、沈んでいった。

 

 そこから、織り込まれた、心の病の復帰を願う、折り鶴が浮かび、

 

 まるで、不死鳥の様に、希望が少しづつ開き始めた――。

 

 こうして私は、スウィッシュマー・シャルとして、

 生まれ変わりたいと願うように、誕生したのかも知れない…。

 

――慈悲。

 

 私は悔しい想いと共に、

 転職理由で、その営業所を退職したわけですが、

 

 その直前の、

 2023年の12月30日、

 夕方から、少し出社して

 私の私物などチェックしたり、

 整理整頓していました。

 

 もちろん、だれも居ません。


 私は、怒り混じりに、慈悲を取り出して、

 誰も居ないデスクに、書置きと、粗品を残しておきました。


 ”お体に気を付けて、健康で。”

 と、年配女性の元上司等へのメッセージ。
 

 それと、

(すでに私の代わりに入社していた、)

 “若い人には、励ましてあげて下さい。”

 と、年配男性の方々へのメッセージ。
 

 引き継いだ、若い人のデスクには、引出に、新品の作業道具1つなどを入れておきました。

 このような、怒りの混じる心境でも、慈悲心を掛けて上げて、会社を後にしたのです。
 




退職後――心理的な整頓。


 優しさと、怒りと、悔しさが、絡まる複雑な心境、

 語り合いたかった彼女との、音信不通という淋しい心境が、渦巻いていた。


 それにもかかわらず、会社に残した、私の不要な忘れ物を、私の会社に残された自宅住所を、同意なく使用され強制的に、自宅訪問をされていた私は、恐怖と、勝手に都合よく扱われることの怒りが、同時に込み上げて、心が崩壊しそうなくらい、心理的ダメージを与えられてしまった。

 

 そして、元上司の年配女性から、作業ハラスメントを与えられ、肩を壊してしまった彼女は、心身かなり疲労していたに関わらす、その元上司は、その彼女に対しても、強制的な面会をして、心理的に大きなダメージを負わせ、その後も、命の危険性も帯びていた、証拠のメッセージを、私は残しています。

 

 その分まで、私は、元勤めていた従業員の立場から、グループ会社の本社への通告をして、無念を晴らそうという意識でもあったのです。


 しかし、私の視点からすれば、営業所の者が、退職した者に対して、勝手極まりないほどの、脅迫じみた、コンタクトの取り方であったとしても、私はやさしく、良い方向で考えてみたいと思います。

 

 “一方的に、都合の良く扱われる私は、優しい人のイメージであり続けた証”


 このように、捉え直せば、この事案も、内心、済まされるように思います。

 しかし、客観的にみれば、私が退職後に発生した、この件は、きちんと、連絡が取れるまで待ってから、腐るモノでもない忘れ物を取っておけば良いものであるのに、私に同意なく、会社の個人情報が不適切に扱われ、アポイントメントを取らずに、強制的に行われた訪問は、とても、不手際であったことは、違いありません。

 

 

 私は、心優しいイメージで映る人相であるから、都合の良い扱われ方をされる人格的に問題の無いという自尊心を立てて、本社への通告をしないで、泣き寝入りする方向に、したいと思う。

 

 

――深層心理への導入。

 

 “この世の人には、他人が、嫌だと思うような心を、分からない振りをしながら、無造作に攻め入る人相は、どんな大円卓でも並ぶもの”

 

 と、イメージして受け止めたほうが、良いかも知れませんね。

 

 退職後の私への無断訪問が、会社側の謝るべき内容であったことには、変わらないと思いますが…もしも、この記事を推測して、当該会社の対象人物が、読み解かれていたとしたら、きっとこう思うはずです。

 

 ”なんだ、だったら、謝らなくても良くなった!”

 

 と一掃して、胸をなでおろす様に、謝罪の意を、放り捨ててしまったら、幸せなど無いと思っても良いでしょう。

 

 


――私は、一生忘れない、良い思い出を残した。

 

 なぜなら、協働関係の中で生れる幸せが、共に生活する幸せであるというイメージを、強く持っていられる経験を得たからです。

 ひと昔、音楽界の、松任谷由実さんが、旦那さんと共に音楽活動している姿に、一つの、幸せな生活の憧(あこが)れとして、何となく、自然に感じていました。

 

 協働関係のシーンで、少しの幸せは、どんなものより、大切なものだった。

 

 それを感じさせてくれた彼女が居てくれたから、今になって、分かることです。

 

 別れを言えないまま・・・もう会えなくなった彼女へ、

 

 ”さよなら”。

 

 ”ありがとう”。

 

 ”幸せだったよ。”
 

 と、想い綴り、本当のお別れを、心の中でしたいと思います。

 

 

音譜今回の選曲音譜

「幸せ」

アーティスト:緑黄色社会

ソングライター:長屋晴子

出典:Sony Music Labels Inc.

 

 

 「1000miles」

アーティスト:亜咲花

ソングライター:Asaka, Yocke

出典:MAGES.

 


 最後に、

 私の制作したBGMは、Tune Core Japan より、楽曲登録されております。

NEW本年2026年1月3日

 「Luminous bead ~simple song~」が、

 UGC&ショート動画で合計 1万 再生を達成しました!

 

 ※User Generated Content(UGC)は、他のユーザー数も含めて、動画で使用して頂いた再生回数の合計です。

 

 これにより、

 TuneCoreアーティストマイルストーンページが表されました。(こちらも同様に。)

 

ベル活動開始と同時に、初回リリースしてから、6か月での達成結果となりました。虹

 

 今後のポートフォリオとしても、部分的に活用できそうですね。

 

 BGMを使用していただいた方、また、ブログ活動から、閲覧して頂いた方々による、心の支えに、深く感謝申し上げます。

 

こんにちは。

インデペンデント・アーティスト、

スウィッシュマー・シャルです。

 

 アーティスト活動を開始して

 まもなく年末になろうとする今日。

 

 独創的、近未来的な現代哲学を、

 ここで、提示して、おきたい。

 

――

個人的に、何か、優劣があって、

劣っていても、優れたものに導かれること。

 

その背景には、

導き出すものが、すでに優れているのである。

――

ということでしたら、どうでしょうか?

 

 

例えば、

 

“仕事で、失敗しても良いから。”

 というものとは、少し風変りし、

 

“失敗を修められることを、教えて、

その出来ない苦しみを、楽に出来るようする”

 

 というように、

 導いていける人が居たらどうでしょうか?

 

 ここでの、失敗を修めるというのは、

 補正したり、修正するということです。

 それには、夢中や、必死になれる、

 何かを労します。

 

 ただ横着的に、

 他人の行いを眺め、評価するのではなく、

 そればかり傍観する時間は、もったいない。

 

だから、

 出来ないのなら、

 それを修正する方法へ導いてあげる時間にする。

 

こうしておけば、

 おそらく、面倒だと思う人もいるが、

 そのほうが、後先が良い。

 

 と、おなじような答えを持つ人も、少なくはないでしょう。

 

 

 

わたしが、幾度も職業に挑戦してきた、

20歳代の頃の心意気というものを、紹介します。

 

――

 新しい職業というのは、

 自分に、あたらしい成長を期す。

 出来ない事も、

 出来るようになるまで、

 料理で言えば、じっくり煮込むようなもの。

――

 

私は、これまで、学び得たことから、

 他人が出来ることから、教えた方が良い。

 ということを、スタンダードとしたいですね。

 

その為に、

 “ひとが、何ができるのか?、何が出来ないのか?”

 という事を、見ていたほうが良いに、決まっています。

 

そんな私は、

 前職では、残念ながら、コントロールを誤る他人から、

 私の大人しい性格による、表向きの態度に嫌われた。

 

「なぁんで、しゃべらない!」

 と、20歳年上の60歳代から罵倒され、

 どうして、そう言うのか、説明がないまま立ち去られた…

 

「もっと、しゃべらないと」

 と、上層部から、言葉を与えられるだけ…

 

 会社内では、表面からの評価。

 まるで、内心面を嫌う様に、心を縛られていた。

 

 こんな言葉に、よって、

 独自に、スタンディングしていた、

 “人のために働こう”とする

 仕事のモチベーションが、

 失っていったのです。

 

 “この会社では、通用しないのは、

 人間的な表面だけの私である。”

 

 という、表面の私も、同時に失った。

 

 

 「転職の理由とかも、言わなくても辞められるよ」

 と言いってくれていた、作業を共にし、

 励まし合った、元同僚も

 プライベートで会えなくなった。

 

 私は、退職願いを、対面して告げるなら、

 “転職を理由に辞める事を、きちんと伝える誠実さで、伝えたい。”

 という行動を取ったことが、影響したと思っている。

 

 プライベートで、会えなくなるどころか、

 スマホの所有者が変わったように、

 よくわからない、急に冷たいメッセージで、

 「自分が無いみたい。」

 という呆れられた、評価に落とされていった。

 

こうして、

 職場から、プライベート

 地形が広いが、(人口密度1k㎡中60人程度)

 狭い人口のなかで、

 世間に晒される噂で、

 人と人のつながる心は、分断されていく。

 その成り行きは、惨酷。

 

1.プライベートで、元同僚と仲良く話しても、

  職場に、噂で、印象を悪く塗られる。

  すると、世間に、鐘を叩くように響く。

 

2.社内の悪い印象の噂によって、

  プライベートで、元同僚との仲が悪くなる。

 

3.だいたい、お酒を飲み歩く人や、スーパー店員など

  人が集まるところが、人口密度低いために、

  なりふり構わず、余計なことを少しでも言えば、

  悪い印象を晒される人権は、

  広範地域に、軽々と、広がっていく特質がある為である。

 

このバックヤードによって、

 

 私は、ここでの世間に一旦、目を付けられると、

 終わることが無い。

 

 噂のままの印象が、どこでもチラホラして、

 耳にしなければならなかった。

 

 それを避けるように、

 プライベートでの行動も、

 遠くへ遠くへと、

 車で、ひとりで、移動するようになると、

 

 なぜか、

 どこそこに居たとかの目撃が、当たっていて、

 “そこに誰か好きな人がいるんじゃないの?”

 という、女性年配の元上司から、職場でヒソヒソ叩かれる。

 (そういう、足元見て、落とし前をつけてくる、元上司からの嫌がらせ。)

 

 連絡が取れなくなった、元同僚も、

 そんな世間に挟まれる、私との関係が伴い、

 心が参って、嫌になったのだろう。

 

 絵文字の無い、

 スマホのメッセージだけになり、

 これまで積み上げてきたはずの、

 信頼の心すらも、読み取れなくなった。


 退職日を境界に、

 まるで、社内の誰か、他の別人が、

 スマホをいじっているかの様に、

 退職したと同時に、

 会いたいと送っても、一切それに反応無く。

 死んだのかも知れないと思う程になったまま…。

 とても、不審な、お別れになってしまいました。

 

 死んだのかも知れない…が、頭をよぎると、

 男として、涙は流さぬものに、

 言い知れぬ、悲しみに覆われては、

 ただ、流れ落ちる涙。

 

 そんなときも、

 今は、もう、無くなった。

 

 姿はもう見ないけれど、

 あるのは、

 楽しい時の思い出が残っている。

 

 それで、

 結局、この生まれ育った地域では、

 わたしは、職場、世間へと縦横無尽に、

 突き放されるように、孤独になった――。

 

 これからも、縁する人が、居ても、

 今の自分には、社会的役割が、

 きちんと証明されなければ、

 再び、この狭い世間から追い込まれる人権でしょう――。

 

 そのために、

 アーティスト活動は、

 平和に導く、ひとつの光。

 最前列の希望。

 

 

 

 

 

以前わたしは、郵便の仕事をしながら、

 文学を磨くために、

 全国で有名な大学進学ゼミナールの教材を取り寄せ、

 小論文・作文の書き方を、自習し

 論文作成を、トレーニングしていました。

 

 郵便の仕事では、記載する書類には、

 曖昧な文ではなく、

 正確な文脈が、求められるからです。

 

また、

 それを飛躍台にして、

 非正規の郵便局員であるから、

 転職先を、

 出版社や、図書司書員になりたいと

 思い描いていたのです。

 

 図書司書員は、文学部の大卒が必要。

 だから、通信大学での文学部、入学を目標としていた。

 

しかし、

 郵便バイクのケガ。

 その後遺症の足の痛み。

 これにより、

 早期の転職を迫られる事態になった。

 

そこで、とある8月

 新潟・上越地方を拠点とする。

 えちごトキめき鉄道(私鉄)の駅員の公募へ挑戦した。

 

 改札での駅員の立ち仕事なら、

 足の痛みは、ひどく影響して来ないと思っていたからです。

 

 1次選考は、作文の書類選考でしたが、

 文章のトレーニングをしていたから通過した。

 

 最終3次試験は、面接でした。

「自信はありますか?」と聞かれ、

「いえ、ありません。」と答えた。

「自信が無ければ、なにも出来ないでしょ!!」

 と叱られた。

 

そもそも、わたしの、独自のワーク・スタンディングは、

 出来ない事も、じっくりやり、できるようにしてきた。

 自信が無くても、そのうち、自信もついてくる。

 

 という、持ち前を、答えるはずが…

 一答で、かすめたので、伝わらなかったのです。

 

 と、そんな、シーンを振り返ると、

 

 決して、すべてのことが、

“言わなければ、分からないでしょ?”

 

 ということには、ならないのです。

 

 極端に、あえて、これを言いたいのであれば、

 真意は届かないまま、

 ただの意地悪だけを届けてしまっています。

 

 

 

 あの時を経てから、

 

 地元貢献のために、就職活動して、

 とある、介護職への面談をした。

 

 大人しい性格であることを見られると、

“経験の無いことから、年下の多い現場で、いじめに、あっても責任はとらないよ”

 といわれても、

 やる気を示してみると、

“初任者研修とってきたら、考えても良いよ” 

 と代案を付けられつつも、その場で、不採用。

 

 年齢制限による時間が迫っていた――。

 

 気持ちを、海岸で晴らして、

 そのまま、ハローワークへ行った。

 

 ハローワークの方からも、

 私の大人しい個性なら、これはどうでしょうかと、

 すぐに、清掃のお仕事を勧められた。

 

 そして、やっと、正規社員で、入社できた清掃会社での、3年3か月後の退職は、私にとっては、屈辱そのものとなった。

 

 退職前に、3回に分けて、

 私から、申し入れて行った面談で、

 当時の人事を兼任する部長からの、

「言わないで、どう思っているかなんて、分からないよ。」

 という言葉で、会話が途切れたことがあります。

 

 その後わたしは、幾つかの疑問に、苛まれました。

 

 “私は、まったく話しない訳がないのに、通常より劣っている人間だろうか?

 “清掃業って、見て考えてすることが多いから、大人しくてもいいのでは?”

 倉庫で、片付けを、ひとりで残っている行動見ていても、わからない?

 ”人が、何か行動をとろうとする、心の動線があることを知らない?”

 

 

――

 これらも、私は、お言葉ですがと、返して言えなかったのは、

 後日、元上司に影響して、感情的な作業ハラスメントを、

 被ることが酷くなるのは、実証済みだったからです。

 

 あとで、必ずと言っていいほど、

 私が、何て話していたのかを、

 部長や他人に、探りをいれていて、

 元上司の心に、

 少しでも、引っかかれば、

 足元見られるように、落とし前つけられて、

 ハラスメントにされるのが怖い。

 

 圧倒的に、これが、原因で、

 私は、しゃべらない風格を会社で示さねばならない。

 この会社では、わたしの発言1つも、会社の人に言いにくい…。

 という、心境に、追い込まれていたのです。

 

 親の前で、言い返せないほど喧嘩した後に、口を出せない。

 そんな状況が、職場で、再現されるということと同じです。

 

 それでもと、思い切って、

 つまり、言えば言うほど、

 元上司の、物言い上戸「ああ言えばこう言う。」と言っている定番。

 その、反撃ハラスメントのソースに、遊び絡まれる。

 

 そして、人を利用しようとするシーンでは、

 元上司が、「さて、どう料理してやろうか。」との独り言が定番。

 これを知っている者は、まさに、先行して、恐怖感が、込み上げるといった職場。

――

 

 

さて、先の面談で、

 部長という、統括する立場から、

 “何か言ってほしい”

 と語った、気持ちがあったら、

 日頃から、これを声掛けして下されば、良いものでしょう。

 それでも、

 何かを恐れるように、遠まわしに、

 “言わなければ、わからないよ”

 という様。

 

それは、

 統括される立場が、

 その元で、動かされる人に、

 “ねだる”ような、心の合わせ方。

 

 そんな、ビジョンを見ているかのようです。

 

 今の私は、対称的に、

 アーティストとしての感覚で、

 音楽を作るときの、心と、音色の合わせ方。

 音楽を聴いてくれる人へ、

 “届けたい”と思っています。

 

 

 あんな複雑な、屈辱が有ったから、

 人と、心を向かい合わせる力をもっていたから、

 人権を、主張するように、

 インデペンデント・アーティストとして生きる選択が出来て、

 活動を始められたと言っても良い。

 

 

 

 これまで、お世話になった、

 生まれ育った土地への恩を返してきたことは、

 すべて、終えました。

 

 お世話になった、小中学校の清掃もした。

 

 終えたからこそ、

 突き放される事態に変ったのだと思っても良い。

 

 悔しさと屈辱は、

 ひとつのシグナルで、夢と現実を渡った。

 

 あたらしいエネルギーに変えて、

 これから、お世話になるだろう、

 世界中の、地域社会に向けて、

 再び、支えられる仕事にチェンジして、

 再び、新しい成長を掛ける。

 

 そんな意識へと変えた。

 

 

だから、新しい自分の可能性を信じて、

 2年前の、

 2023年12月31日の退職と、

 その翌日の元旦、近郊で起きた、石川県の震災の日を、

 乗り越えるように、

 4月には、運行管理者(貨物)の資格者証の交付を受ける結果を生んだ。

 

 独りで、乗り越える力があったのは、

 失職が、失敗とすれば、

 それを、楽しませるように、

 自分を導くものが、何かあったからに過ぎない。

 

 そんな、ゲーム的な感覚で、

 心理的に、余裕を生ませる一瞬を、ほんの少し掴むには、

 人生を掛ける、何かに、取り組んだ時だと思います。

 

 これが、劣ることが、優れる形へ、

 導く何かの力なのでしょう。

 

 

 

あとがき。

 

――

 

・以前にも記している、前職の本社へ、退職後において、このような背景を基に、さらに迫られた元上司の強制自宅訪問の件を、通告する方針がありますが、ほぼ、泣き寝入りすることになりそうです。

 

 また、本記事で、なぜ、在職中の環境下で言われた状況が、織り交ざるのか?

 ということですが、それは、わたしの働く人生においての意味を示すべきだからです。

 

 また、他に示されることは、

 人権という、日常的に、すぐに感覚を見失ってしまう、現代の意識の問題です。

 言葉、音声、情報ひとつに、すぐに、それだけに、囚われる心と意識。

 現代的な、象徴のひとつです。

 なぜならば、

 言葉も情報も多くなればなるほど、人は、適応して、説明にも多くの言葉や、時間を必要としなければならないほど、誤解を解くことが難しくなっている。

 

 そして、たった一言で、解決できていた、能動的な感覚も、見失っている。

 一言で、多くの誤解を招き入れる時代に、困惑する様も、見られ、それも、意図的に使用される始末。

 

 この現代背景に合わせられる様に、

 わたしは、社内外で、人間的な表面の態度だけで、分類する差別的な言動を浴びせられていたこと。

 

 それと、その事実を把握している元上司なども、

 その差別的な言動があっても仕方ない様子で、私を見ていたことにより、孤立感を味わさせ、自力で解決を迫るような態度を執っていた。 そして、私は、その会社で働く意味など無いと思わせる経過にあった。

 

 しかし、人権は、誰にとっても、生命の尊厳とともに、平等の権利。

 

――
 

・私のアーティスト活動は、自身のプロフィールによって、始まっています。

 音楽が、その苦しみの一端を、助け、楽しくさせ、楽にさせる。

 まるで、清らかな、ひとしずく、を人の心にとどけ、癒すように。

 

 今後、25年間続けようと方針をたてて、始めた、インデペンデント・アーティストとしての活動は、人権や人の命の尊厳を、主張して、基盤をつくる、私の大きなテーマです。

 

 支えた人権への意識の基盤が、見失わないようになった上で、世の中の様々な活動が、人権が損なわれない形で、主体となるように、陰で支えることが出来るアーティスト活動を、目的としています。

 

――

 

ご覧いただき、ありがとうございます。

 

今回の選曲。

「短夜の星」

アーティスト:shallm

ソングライター:Lia Kuri

出典:CloudNine

 

 

「叫べ」

アルバム:COMPLETE BEST「みんなで!」

アーティスト:沼倉愛美

ソングライター:Numakura Manami, WEST GROUND

出典:FlyingDog

 

――

 私の制作したBGM紹介を、

 動画の説明欄に掲載してくださっております、

 Youtubeチャンネルの@uniquelife-n5x様、

 間違いが、ございませんでしたら、

 この度は、本当に、ありがとうございます。

 

 ご使用していただいたのは、以下の動画でした。

 ご紹介させて頂きます。

 

こんにちは。

インデペンデント・アーティスト、

Swishmar.Shell です。

 

Update : 2025/12/26

旗English ver. another pages.)

Click here to go to the English version.

 

人の目を合わせることに

色んなシーンを創り出せます。

 

わたしは、

小学校の頃には、

{ 校長先生や、話している人の目を見ること。 ]

と、教わって

それを、意識してきました。

 

同じ子供のころ、

祖母から、しつけで、

来客に、挨拶をするようにということが、

その相乗効果となりました。

 

これは、

人の目から伝わることを、

受け取る力を、養っていった。

 

語り言葉よりも、それ以上の伝え方です。

 

事実のシーンを立て分けて、

色んな目が、

どんなものかを見ていきましょう。

 

※ここからは、差別する内容ではなく、映画や、ドラマのシーンを創る人たちの苦労するところの視点となります。また、実際に、会って対面的に、関わる中でこそ、人の目から、伝わるものを、学び得るもの。として記述します。

 個人的な、感じ方ですので、ご了承ください。

 

―――

<信頼してくれる目>

 

職歴で紹介した、

郵便配達の個人営業販売で、

実績が伴う瞬間は、

 

私の、まっすぐな誠意ある、自然な心。

 

これがキーとなり、

販売に繋げられるものでした。

 

自分の目を、自分で、見るためには、

相手にする、鏡が、必要です。

 

ハガキや、カタロク商品を買って頂いた、お客様から、

その頃、わたしは、どんな目をしていたのでしょうか?

 

また、

前職の清掃業のとき、

協働関係で得られた、信頼の延長で、

プライベートで、一緒に、

出歩いてくれた、彼女の目は、

 

私の眼の奥、そして、

その少し下の方に、

まっすぐ、穏やかに、向かってきている感じ方です。

 

これが、信頼する心を、映すもの。

 

 

―――

<疑う目>

 

さて、

疑う人の目の場合、

どんな感じだったかを、振り返るシーン。

 

私は、小学2・3年生頃、

ファミコン友達が、

幼馴染にいましたが、

「(私)ちゃんは、うそつくね。」

と、言われたことが有ります。

 

私は、嘘をついたつもりはなく、

そういわれて、少し傷ついた。

 

実は、まだ、家に、

ファミコンが無かったので、

いつか、

家にも来ることをイメージしていて、

それを、言っていても、

すぐに、実現しないままであった。

 

その様子を、指し示すように、

嘘つきだと、友人は言ったのです。

そんな、

あどけない、コミュニケーション。

 

友人は、疑っている。

その目は、確かにそうだった。

 

その視線は、

私の、

目じりの辺りから、

眉毛の辺りに向かってきている感じ方ですね。

 

これが、疑う心を、映すもの。

 

 

―――
<人を利用しようとする目>

 

社会人になって、

25才過ぎてまもなく、

職場で、お世話になっていた年配壮年に、

色々と、

PCで、改善提案の資料の提出を協力をお願いされたり、

離職後も、

その壮年の個人的な都合に、利用されて、

善意で、話を聞いて、あげていました。

 

しかし、

「もう、おまえの顔は、みたくないんよ。」

といって、面会は拒絶され、

その孤独なその壮年の、目から伝わるもは、

とても、悲壮感が、漂っていた。

 

この関わりの中であったのは、

客観的に、私を利用するだけだった事実。

 

話をする度に、その目は、

私の、眼のほうへ向かってきているように

はじめは、感じますが、

私の、眼を見ている様で、違う。

 

私の耳の、上の辺りを、見ている

そして、

そこを掠(かす)り、通り過ぎていく感じ方です。

 

これが、人を利用しようとする心を、映しています。

 

 

―――

<噓を言っている目>

 

歌に、”嘘”の言葉の有る、

歌詞を聴いても、

私は、

本気で、嘘をつくことをしてこなかったから、

その歌詞の、言いたいことが、

イメージできないため、

理解に苦しむこともあった。

 

実際、相手の言葉に、

惑わされることが、ありますよね。

 

そのとき、

目が、嘘をついているのか。

それを、みれば、分かります。

 

私の眼のほうを見ている様でも、

こめかみ、または、眼の上のあたりに、視線が感じられます。

 

これが、嘘を言う心を、映してしまっています。

 

(これに、先の、人を利用しようとする目が、重なっていることもあります。)

 

だから、言葉だけに囚われると、すぐ騙されます。

(都合よく、利用されていきます。)

 

よく、相手の目をみれば、感じ方から、

違和感が感じ取れると思います。

 

 

―――

<人に頼みたい目>

 

 これは、よくアニメーションでも使われるので、わかりやすいと思います。

 見上げるように、わたしの目元を撫でるかのような感じ方。

 これが、人に頼みたい心、を映しています。

 

 

―――

<見下す目>

 

 わたしは、罵倒されたりするシーンに何度も遭っています。

 その目は、一生忘れられないものですね。

 

 私の眼の、奥の上の辺りを、突いてくる感じ方。

 これが、人を見下す心、を映しています。

 

 

―――

<驚いて聞いている目>

 

 たとえば、どうでもよい話だと思って聞いている人の目。

 これは、見ても、わかることです。

 目を合わせられずに、視線が、があちこちに、動いています。

 私が話している最中、

 すでに、聞いている相手の目が、キョロキョロと動いている。

 これが、おどろく心、を映すもの。

 (動揺している心でも、お馴染みです。)

 

 関連して、

<信用していない、馬鹿にする目>

 

 相手に話する内容が、あまりにも、一般から少し離れて、

 ”そんなこと、あるわけない”

 ”この人、言うこと、いつも、分からないから”

 といった、理由で、馬鹿にする心信用しない心、を映す感じ方。

 

 それは、眼の見ている様でも、

 視線が、曲がって、頭の裏側を当てられている感じ方。

 

 

―――

<真に受けている目>

 

 私の眼の中心から、頭の後ろへ貫くような感じ方。

 これが、聞いてくれて、受け止めてくれている心、を映しています。

 

 

―――

最後に、

<人と比べることをしている目>

 

 客観的に、私の眼をみて、思う事。

 「元気がない」

 「生気がない」

 「きれいな目」

 などと、思うその人が、正直な場合

 それは、その人の本性との、違いを示していること。

 

 人と比べている心を、映すもの。

 これは、見てどう思うかどうか、という感じ方。

 

 

・・・例えば、

 入社時の面接で、

 ”私の眼が、キレイという”

 という感想を持っていた、元上司は、

 人と比べている心があった。

 

 その裏付けとなったものは、

 12月末の離職日の就業時刻、

 元上司からの最後のことば。

「もっと、コミュニケーションとったほうがいいと思うよ」

 と、自己本位で、他と比べて、差別される、冷たい待遇のシーン

 

 その目は、

 わたしの眼の奥の上の辺りを、突くことと、

 耳の上を、かすめて、頭の裏側にあてるような感じ方だった。

 これまでの、応用で、

 見下す心信用しない心、それでも、おまえを利用してやろうとする心

 この3点ぞろい。

 

 だから、その元上司は、退職後も、わたしの自宅に、強引に押し掛ける行動を取った。

 

 

ビックリマークこれを教訓にした場合。

 入社の面接で、

”最後に何か質問は、有りますか?”

 と聞かれたら、

 

「私が、話をしているときの、眼は、どんな感じがしましたか?」

と、質問します。

 

 そのあと、面接官が、

「あなたの目は、生き生きしていますね。」

 とか、

「なんだか、元気がないですね。」

 とか言われても、

 その言葉の内容に、囚われる必要は無くなるということです。

 

 その言っているときの、視線が・・・

・目の奥の下を、穏やかにあてる感じだったら――信頼する心。

・耳の後ろを通り過ぎたりする感じだったら――利用してやろうの心。

・目じり、眼の上のあたりにあたる感じだったら――嘘の心。

・頭の裏側をあてている感じだったら――馬鹿にする心、信用しない心。

 など、

 あとで、どんな感じだったかを、振り返ってみます・・・

 

 元気ですねと、ほめている場合。

 ――信頼する目なら、私が職場を、より明るくできるから、妥当。

 ――馬鹿にする目や、信用しない目なら、嘘であり、私を見比べている。だから、入社後は差別的な扱い。内定を貰っても断れる。

 

 元気ないですね、の場合。

 ――信頼する目なら、それはすでに、比べる心。だから、差別的なところになる。

 ――馬鹿にする目や、信用しない目なら、そもそも採用しないであろうし、内定を貰ったのであれば、妥協も可能。

 

 こうして、合否に関わらず、

 自身の自尊心と、モチベーションを下げずに、

 会社も人も、共に励める職場へと導くことができます。

 

 ここまでする、労力は、要りますが、

 結果的に、自らの働く権利を立てつつ、適所をみつけられる

 

 一方で、面接により、内定を与えたあと断られた会社は、分析次第で、職場環境をつくる人の心を、追及しだす。

 

 共に、そして能動的に、良い職場づくりの社会が、図られていくことになります。

――

 どうでしたか?

 

 面白いと思いますか?

 

 年末年始や、休暇で、色んなドラマや映画のシーン、または、実際の交流で、これらの繊細さを、感じ取ってみるのも、良いかもしれませんね。

 

 

 もしかしたら、

 言語の違う、国の人と、

 眼を合わせて会話をしたら、

 その、感じ方から、

 どんな心を、映しているか?

 

 それを、感じ取れるかもしれませんね。

 

 そうなれば、

 言葉は、補助にすぎない。

 ということになります。

 

 心を大切にするということ。

 が、しっかり生活基盤に定着できることでしょう。

 

 古き日本の風習も、風変りしていきますから、

 人の心を、一般世間体に着飾る心に、任せても良い。

 

 その中で、

 もう一度、古きもので、染めるのであれば、

 美しい、人間文化は、作られゆく機会となる。

 

 インデペンデント・アーティスト活動の中で、

 私は、その心を音楽で表現し、

 どんな人にもある、

 ありのままを、作る必要があります。

 

 映画のシーンで、

 俳優が、いろんな視線を創り出していることと同じように――。

 

「One Flight Down」

アーティスト:Norah Jones

ソングライター:Jesse Harris

プロヂューサー:Arif Mardin

出典:CM BLUE NOTE (A92), Sony Music Publishing

 

 上記は、ピアノ譜が出ているので、一部弾いてみたこともあったり――。

 こちらの映画での曲が、きっかけです。

「The Story」

アーティスト&ソングライター:Norah Jones

プロヂューサー:Lee Alexander

出典:Blue Note Records, Sony Music Publishing