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Sシャルのブログ

st2workerのブログから、インデペンデント・デビュー後、Swishmar.Shellのアーティストとして、Sシャルとして、引き続き、音づくりの記録をしています。 メンタルヘルスの検定へも向学しており、音楽療法の探求も、軽やかに、行なっております。

こんにちは。

 

制作活動よりも、再就職の道への動機を図っていくため

Sシャルのインデペンデント・アーティスト活動の背景を、切り出しています。

 

 私のような、大人しい性格とは、とても、受け身になることですが、

「鶴の一声」というように、温かい言葉の結晶化を、人にお届けできる。

 

 とても、沈黙の時間が長い分、心を解きほぐす、誠実な言葉を掛けられる力

 そのような、私の仕事への、忍耐力と、誠実な態度は、周囲へも、バランスを取る関係を生む。

 

 職歴を振り返ると、どの立場でも、どの職場でも、長期的に、少しずつ発揮される、この個性の温かみは、とても周囲を和ませる効果をもっていた。

 3年くらいもすれば、まだ居てもらいたいとの、御意思を頂戴しております

 

 誠実に仕事をする姿勢は、どの職場の規定内でも、評価が良く、時給も上がっていた。

 

 しかし、とある職場の管理者の視点から、コミュニケーションの不足が、いつも指摘事項になる。

 悪いポイントを、抑えられて、言うことが、もっと無いのかという、一方的な指導。

 これでは、コミュニケーションの取り方を、一方的に決定する事である。

 

 コミュニケーションの方法など、柔軟に、個性を尊重すれば、多岐に、無限に存在する。

 

 管理者の人間が磨かれ、善根を積む努力、人間性を開花させる力量が、この発想を遮っている。

 

 話をしないことが、一番悪い印象であると押し付け、社内評価の問題点として、マイナス点にする。

 公平でありたいとする思考は、尊重されます。

 しかし、落とすポイントを探るのは、人道的・人権的な立場と心を、揺さぶっている

 それが、公平な認識でしょうか?

 

わたしは、

献身的に仕事をする。

心身を、すり減らす仕事になる。

 

 この2つを、詳しく分析しました。

 私のような存在は、どうなのかと、AIとの分析が始まった…。

 個人的に残念な結果があった。

 

物静かのなかで、不足無く、細かく、着実に業務をこなすものの、コミュニケーションの不足を招く事。”

その結果、周囲の信頼を失う

 

 という、矛盾する内容だった。

 

 沈黙に対して、何を恐れているのだろうか。

 沈黙が、認められないのは、何を示したいのだろうか。

 と、考えます。

 

ひらめき電球////

 さて、社会人は、教えてくない世界というのも、ひと昔の考え方でしょうか。

 

 技能を求める仕事では、教わっても、出来ない事がある

 だから、やってみて、出来ないポイントがあったら、良く出来ている人の動きをみて、真似をして、アレンジする。

 発見し、自分のものにする。

 

 この職人的な、仕事の進め方が、教えてくれないという雰囲気です

 

 大切なことは、管理者が、教え、導く限界があるのなら、管理者の自らの模範を示すことが、周囲を救うのだと思います。

 

 私には、大人しい性格と誠実さであることが

仕事の達成度が高い事と、周囲からの信頼を下げることが、同時に起こる、矛盾

 この矛盾を示す模範であることを、お役に立ててください。

 

ひらめき電球///

 AIという道具は、一見、何でも解答するものの、全て、その解答に従うものでもない

 常に、自身のオリジナルの発想を、投げかけ続けることが、重要なポイントです

 

 目的を得るための、ルート設定も、投げかける質問によって、柔軟に変わるからです。

 あくまでも、AI の解答は、参考とする。

 

 これまでの社会人としての認識からすると、自分が無い状態にするものが、AIであるという、誤認があります。

例えば、次の実例である。

 私に、出歩く関係のパートナーが居た頃に、職場のことや、退職・転職の心配や悩み事を、語っていた時期、2023年9月~10月の事。

 彼女も、それなりに、心配しているのでした。

 私は、どうするかを、AIに投げかけて、こういう判断をしてくれたという、プライベート・メッセージを送ったりしていた事により、

 「AIがどうだとか、自分が無いみたいで、嫌でした。」と正直に答えてくれてました。

 その後、ここでは、紹介できない、意地悪な世間からの晒される影響が、重なって、無言の別れとなったのです。

 

 目の前にする人の心を、すこしでも大切にする意味では、問題解決へのルートを、AI に求めた私の人間失格ですね。

 

 AIツールに対する誤認と、実際の人との、心のすれ違い。

 悲しい、ストーリー。

 

ひらめき電球///

 時に、その悲しみの原因を、見つけるために、AI への心理的な相談を、投げかけていった。

 すると、思いのほか、心理カウンセラーの役目を、務めてくれたのです。

 これは、私自身に、苦しみを、忍耐心で、乗り越えようとする志向が、伴っている為です

 

 もしも、人に、耐え忍ぶ心が、不足していれば、AI も、マイナーな世界への解答を示していることになります。

 この問題性は、すでに、ニュースになって、対策が講じられているところですね。

 

 私は、アーティスト活動のプロモーション活動で、つながった、あるシンガポールの人との交流では、仮想通貨の話題に、資金はないと伝えているのに、迫まられるので、心に伴わない多くのポイントを、AI に相談すると、ロマンス型詐欺の手口に、良くあることに、幾つも該当したので、関係を断つことにしました。

 

 ビックリマーク仮想通貨アプリのスクリーンショット画像には、取引業者の社名があるのに、メッセージ内には、一切その名前を入力していない、”仮想通貨”としか表現しない。(これが、プロの手口の証拠。というAIの解答。)

 

 しかし、これは、あくまでも、参考にすることに、重点を置くことに変わりありません。

 

 違う、背景を調べていたからです。

 

 シンガポール金融局(MAS)では、その仮想通貨の取引業者だけは、2025年6月末に、新規ユーザーは禁止されたのです。

 既存のユーザーにとっては、引き出しのみ可能な状態に陥ってしまい、実利主義の国柄、利益になるのなら倫理観も外れることもしてしまう、デメリットがあります。

 禁止されていない他国の人から、P2P取引機能を使って、資金の提供を受けたり、だまし取ったりする背景が潜んでいると、AI の解答から参考にしていました。

 (その暗号資産の取引業者は日本の金融庁には登録されていない。警告をしていますが、日本では禁止ではない。激しいリスクがあるので、管理を自己責任の取引で行うこと。国からの補償が無い。)

 

 最終的に、わたしが、人間的に判断したのは、

 きっと、相手は、危機的な背景に、やむを得ない判断と、悪い手口を使ってでも、損益を出さない方法を探ったのだろう。

 と、思ってあげる事にしたのです。

 

 その背景を詳しく伝えるのではなく、別の視点から語りかけるようにして、相手に、何のことを言いたいのかを悟ってもらう。

 そのような背景を知っているからこそ、心を砕く配慮で、相手を包み、諭して、悪い取引をさせないようにしてあげる

 そんな、慈悲のあるメッセージを、最後にしてあげて、関係を終わりにしたのです。

 

 「人間を磨いて、人間として善根を積み、人間性を開いていきましょう。

 可愛いというも、可哀そうというも、インドの国のブッダ(釈尊)とその母の、広大無辺の慈悲の心です。

 私を通して、その慈悲の心に触れてた、あなたも、未来世には、良い事を得られるでしょう。

 私は、いつか、インドの菩提樹の前で、手を合わせにいくでしょう。

 楽しかったよ、お元気で。」

 

 といった内容です。

 

 他のメッセージでは、真に理解しようとしてくれたり、向き合ってくれていました。

「あなたは、優雅な詩人さんですね。」

「あなたの言葉には、何か光る輝きがある。」

「あなたには、前職の清掃なんかよりも、もっと、何か解き放つべきものがある。」

 

 最後に、私が、”ポジティブに考えることは、将来にとって、効果的ということですね。”と、ある理解を示すと、

「そうそう、でっかいこと考えないと、エネルギーは湧かない(燃えるハート)」

 と、熱情を、与えてくれたのです。

 

 励ますかのような、言葉の数々。

 多文化交流が盛んであることと、独立国家の精神にあふれている事実。

 それが、シンガポールの国の人格。

 

 日本人の、ウジウジした、後ろ向きな評価ばかりして、意地悪るたがる、石橋を叩いて渡る人格とは変わって、圧倒的に光彩を放つ人間性が、頼もしい。

 実際、30代女性の多くは、独立経営している人も多いようです。

 

 友情と、情熱が湧いてくる関係でした。

 友好の心は、いつまでも残ることでしょう。

 (相手は、実在していなくて、複数人のグループであったとしても・・・私ひとりの心の世界では永遠の思い出。)

 

 わたしのオリジナルの行動を、AI に伝えると、

 ”素晴らしいことです。ですが、もしも、あなたの誠実さを、裏切られるようなことであったとしたら、その苦しみは、これからの出会いに、もっと良い関係を築く力に、昇華させることが出来るでしょう。”

 

 と、私が、すでに、ポジティブに、導いた未来への思考を、確認する内容が、返ってきた。

 

恋の矢///

度々、ご見聞と、共感を頂戴いたしまして、ありがとうございます。音譜

 

登録販売者の学習をしていた記録物

一部画像を、紹介。

 

 学習は、途中で途絶えましたが、体のことを知り、また、薬の副作用について、気をつけること。

 セルフメディケーションの一部として、触れる事のできる、時期でした。(2023年11月~2024年5月)

 

 わたしは、テキストに無い、細かい事も、理解することで、全体を理解することもします。

 深く調べていく手法。(wikipediaなど、参照していた。)

 

 とても、根気よく、忍耐力を使い、以下のような筆記物を完成していった。

 

アドレナリンについて、

音譜納豆のチロシンという物質が、長時間のストレス耐性があるという考察が浮上。

アドレナリン作動は、メンタルヘルスの学習でも、触れるので、インテリジェントは、リンクしていった。

 

脂質、コレステロールについて。

音譜私が重篤肝機能障害体験していることから、この辺りも、まとめて、自分の体のことを、理解する必要があった。

また、メタボリックシンドロームに触れることも、®メンタルヘルス・マネジメントの学習で、リンクする

 

コレステロールについて>

音譜脂質は、細胞に必要なものであることは、とてもクリアに、見渡せる内容でした。

そして、食生活で、バランスをとるポイントとは、どこにあるのかを、考察する機会となった。

 

!?これは、あくまでも、個人的にまとめたノートであることを、ご了承ください。

 

どんな仕事をするにしても、体の資本は、大切ですからね音譜

 

 Sシャルとしての、アーティスト活動で活かされるポイントは、このように、客観的な前面にある出来事について、それを引き起こす背景のステージを、深く理解をする。

 このような、多角的な学習は、描くサウンドの空間を、イメージする力になる。

 また、大切な相手が、悩み苦しむ、心の痛みを、感じるための、深い愛情へと、人間としての正しい成長を、掛けていく。

 

 インテリジェンスは、ただの産物ではなく、人として善根を積む行動や認知に、リアルタイムかつ、ダイレクトに、リンクしていくことに、その意味をつくる。

 

 

こんにちは。

Sシャルの活動に至るまでの経緯は、複雑。

職歴から連なる紹介だけでも、物足りない。

 

ポットキャスト配信に、

 Sシャル・エッセンスというコーナーの中では、

「人の情報は、その人の為になるように扱わなければならない。」

 という、定義を創作しています。

 

 地元勢の特徴として、他人の情報も、自分のものとして扱う傾向が強い。

たとえば

「あの人、○○なんだって。」と、他人のことを言う。

すると、

「そうなの!?」や、

「きっと、○○なんだよ。」と憶測まで飛び出す。

 

 この連鎖反応は、地元の民衆性として、クッキリと馴染ませている生活様式である。

 気にならない人々も、そういう中に、馴染んでいる生活であるからであることを、尊重していただきたい。

 

2016年。

 私は、DIHSに纏わる、副腎の機能が正常となり、病態の対処治療は終了したものの、

 感染症を防ぐ治療過程における、人との接触をなるべく避けなければならなかった間の孤独感や、

 体の怠さ、ストレスからの脆弱性へと続く症状に、苛まれていました。

 

 長時間の徒歩で、体力を戻しているとき、これから先の、人生について、思い更けていた。

 音楽に関する、仕事で、故郷の街に貢献するなら…中古のCDショップでも開いている未来を描いた。

 

 そこで、独学で、簿記3級を学びつつ、小売店の地元のスーパーマーケットで働きながら、その感覚を培おうと志望したのでした。

 しかし、簿記は、取得することは無かった。

 

 スーパーマーケットの従業員の多くの人に、接して、病後の孤独感からの回復とともに、冷たいプールから、常温の水風呂に入った時に、温かいと感じるような感覚。

 少しの、人との接点が、とても、温かく感じてならない時期でした。

 その中でも、私の事情を、聴いては、理解を示す人たちからの恩恵は、大きく感じました。

 

 ある異性の先輩が、退職することを知った時も、お礼の気持ちが厚い心情になるのは、言うまでもない状態でした。

 感謝を伝える内容を手紙に認め、直接手渡しして、話をしたのです。

 立ち話をするその場には、中高生くらいの子供らしき人を、少し待たせている状況だったのですが、友好的な話を続けていました。

 

 後日、「何て言ってたの?」「感謝を伝えたんだって。」と、スーパーマーケットの中でも、囁かれる。

 

 私は、内心の解決に、何もかも、ひと段落したと思っていた。

 しかし、手紙に載せていた携帯番号のショートメールに、読んだ感想とお礼の言葉を受け取ったのです。

 相手の礼儀正しさと、先輩としての敬意を見習いました。

 お礼の電話を再び掛ける事にしたのですが、気持ちも細く、転職活動は、私もしているので、頑張って下さいという意味を伝えました。

 その後「電話かけてきたんだって。」「付き合ってるんだって。」と店内で囁かれる。

 

 私は、異性であっても、友好を図っていただけなので、

これ以上、誤解が大きくならない様に、電話は、もう、二度としませんでした。

 

 このような、一幕に、店内の地元勢のお客様との間でも、そのような行いをする人間が居るという事が、噂立った。

 その人物は、誰なのか?を確かめることは、容易な事である。

 私は、店内の売り場に出て、品出しをしているからです。

 

 このように、個人を特定されるのと、私の行いが、気に食わない男の情を高めたのか、男性のお客様から、いじわるをされました。

 棚に向かって、品出しをしていると、わざと真後ろに立ちはだかっている、中年の男が居たのです。

 怖かったです。

 

 この頃も、コロナウイルスの国内感染拡大の兆しの出る中に差し掛かり、お客様との接点も減らす配慮を保って、店内も、緊迫とした状況に変わりました。

 

 Sシャル・ポットキャストにて、少し語っていますが、

 高校の卒業に、空しく終わった恋心は、音楽制作への詩的な感覚を高めた。

 その当人である方が、約19年振りに、店内に、お目見えするようになったのです。

 片割れの貝は、投げ捨て、拾い上げる。

 そのことは、思い出しても、現実には、思い出に過ぎない。

 幻想でありながら、当人は、お目通りする。

 そんな、現実的または、非現実的な、不思議な感覚に包まれたのでした。

 バックヤードで、”同窓会の様な機会にでも、語られたら良いと思っていた。”という、その思い出を、同僚先輩に語ったのですが、

 「好きだったんだって。」と、瞬く間に、地元勢の人々の間に、噂が、広がる。

 

 私は、返って、高校の恋を、思い映すことによる恩恵を受けて、コロナ禍においても、励まされるように、転職活動が捗ったのです。

 そして、清掃業への内定をもらったのです。

 

 しかし・・・店内では、既婚の男性店員が顔を真っ赤にして、(あの良く来店するお客様のことが、好きなんだったんなら。という意味で、)

「話をしろ!」というように、朝方8時迫る時間帯、公然としたレジ前で、ほぼ、一対一の空間で、罵倒されたのです。

 

 Sシャルの、心にある、片割れの思い出の貝は、このようにして、叩かれ、破壊されたのです。

 キャラクターの口の部分は、貝殻であり、それが、わたしに唯一残された、もう片方の、片割れの思い出。

 その貴重な私に残されている、片割れの貝でさえも、このように、純粋な思い出に対しての、他人からの、強要的な私情に荒らされた。

 キャラクターには、割れた口の部分、その貝のカケラは、目の部分に入れ替わって、純真さを、人の心へ向かって、見つめ返している。

 

 そして、好きであったのなら…という、この人情を挟む、いい加減な噂によって、

 地元勢の総力的な、意識の投げかけに巻き込まれていく、

 そんな、板挟みのストレスを抱えながら転職したことは、事実の内です。

 

 店員である立場のわたしを、その噂の人物として、特定された影響により、

 

 ある店舗の下請けで、清掃をしていると、

 閉店後の夜間清掃に、突然。

 「てめぇっ!●●●さんと、結婚するんじゃ、なかったんかよー!!」

 と、高校の片割れの思いを、再び、踏みつぶす、罵倒を仕掛けられたのです。

 

 周囲は閉店後なので、誰も居ないはずでしたが、バックヤードの物陰から、若い男性の声が、大きく響き渡ったのです。

 

 下請けの立場であるし、姿が見えないし、誰なのかも特定できないし、無闇に報告するより、聞き流した方が、今後の業務取引の関係維持を保つには、良いに決まっている。 と、判断。

 また、私の心の思い出に係る。●●●さんという、他人の名前を自ら言うのは、とてもセンシティブなことです。

 会社に報告するとしても、その●●●さんという名前を、罵倒される様式で、自分の口で、言うのは、その人に対しての心使いとして、失礼である感覚とともに、内心、心許せるはずがない。

 

 そんな、何重にもプレスされる、心境に、陥れられたのです。

 

 そんな中、清掃業の同僚の20歳年上の年配男性からも、私の大人しいことが、気に食わないのか、

 これも、また、誰も周囲に居ないところで、 

「なぁんでっ!しゃべらない!!」

 と、罵倒され、かつ、この事実も、面前と、白を切られたのです。

 

 これだけではない、

 下請け清掃の、とある現場や社内でも、

 大人しくしゃべらない性格から、

 (女性)「子供みたい!!」

 (女性)「わたし、喋らない人キライ!!」など、

 

 これまでの、人を好きになることへの情を、世間から、もてあそばれて、

 (女性)「私の事も、好なんだってと、噂された。」

 (男性)「優柔不断な奴め!!」

 など、

 

 わたしが、人を好きになる人物であるという、大げさに誇張された、わたしに対するイメージを、投げつけられることが、多かったのです。

 

 このように、少しずつ、皮をはぐように、心に痛みが増していく感覚。

 人道的にも、程がある嫌がらせとして、聞こえる。

 人権的な、配慮の心なども、見られない。

 そんな、地元勢の世間に、晒されることになったのです。

 

 そして、今でも、わたしの行動が、噂され、それを追い求める人たちの意識に、巻き込まれて、とても、人目に付くことが、嫌いで、仕事は、まったく知らない地方へ出ていくことを切望するのみで、とても、息苦しい生活なのです。

 

 きっと、海外の方が住みやすいのかもしれない。と思いながら…。

 

 音楽の歴史も、多くの人権に対する意識が、ルーツとなって、鮮烈なスピリッツを放つ旋律の楽曲が、世界中の人の心を渡り巡っています。

 

 同じようような、人権的に圧力が加わり、苦しんでいる人たちの心を、軽くして、救いたい。

 

 Sシャルとしての、inde活動も、耐える美しさの精神が、音楽として解き放ち、世界に対して、人権の主張と、啓発により、平和になることを願っています。