「叔父さん、人は何のために生きるの?」
「なんだよ!やぶからぼうに。急に難しいことを訊く奴だな。
そりゃあお前、あれだよ....。
生きてると、生きててよかったなあって、たまに思うことがあんだろ?
そん時のために生きてんのよ!」
山田洋次監督「男はつらいよ」シリーズの中で、当時中学生だった吉岡秀隆さん演じる満男少年(寅さんの甥っ子)と、渥美清さん演じる寅さんとの会話です。
確か、柴又駅まで、旅に出る寅さんを送ってゆく途中での会話だったと思います。
何気ないシーンの中にドキッとする会話を差し挟むのが、ある意味山田洋次監督作品のお家芸でもあります。
「たそがれ清兵衛」という作品の中では次のようなシーンがあり、僕の記憶の中に強く残っています。
「父上、私たちはどうして寺子屋へ行って、お勉強するんですか?」
「それはね、....考える力をつけるためなんだよ!」
貧しい下級武士でありながら、清兵衛は二人の娘たちを寺子屋に通わせていたのです。
江戸時代の当時は、女子(おなご)は学問などせずとも、炊事や裁縫など家事のことが出来ればいいという風潮でありましたから、
子供たちにしてみれば、何故父上は娘である私たちに学問などをさせるのだろう?と、疑問に思ったのでしょう。
父親清兵衛の明解な解答に、僕は膝を打ったことを思い出します。
僕が若かった1970年代には、本屋さんに行っても、
自己啓発本やスピリチュアルな本などは、ほとんど店頭に並んではいませんでした。
だから僕は、人生を学ぶ術の多くを、映画から学ぶしかなかったのです。
特に20代前半は、とにかく映画を観まくりました(年間200本も)。
映画が僕のメンターとなっていた時代がありました。
懐かしいです!
山田洋次監督という方は、とてもキメの細かい演出をなされます。
カメラに映る背景というものに、とても強いこだわりを持っています。
例えば、主人公たちメインキャストが映っている映像の後方で、
遊んでいる子供たちとか、学校帰りの高校生とか、立ち話をしている主婦とか、郵便配達の人とか、
いずれもエキストラの人たちですが、ちゃんと演技指導をされて、細かい動き方などを指示しています。
郵便配達の人が手紙を主人公の人へ手渡すシーンでも、その手紙の表面はアップして撮影されることはなくても、
手紙にはちゃんと宛名も差出人の住所氏名も書かれているし、驚くことに封書の中を開けてみると
(何と、映画の中では使われないのにもかかわらず)文章がちゃんと書かれているのです。
セットの中にタンスがあったとしたら、ちゃんと中には衣類が収納されているとも聞きました。
生活感を出すためには、ただの入れ物としてのタンス(セット)ではいけなかったのです。
氏は80代半ばになった現在も、メガホンを取り精力的に仕事をされています。
直接対峙してお会いしたことはありませんが(試写会でお姿を拝見したことはありますが)、若き日より僕の心のメンターになっている方です。
〈朝まだき〉という言葉があります。
山田洋次監督が今から45年ぐらい前に使っていて、その時僕はその言葉にとても美しい響きを感じてしまい、
以後気づけば、好んでこの言葉を使うようになっていました。
ちなみに〈朝まだき〉とは、朝がまだ来ない時間帯のこと。
一般的には、未明とか、あかつきとか、あるいは払暁(ふつぎょう)などと表現されています。