日常生活の中で活字を読もうとしない、つまり本を読まない人はけっこう多くて、日本人の95%がそれに当たるようだ。
日本の書店の件数が、どんどん減ってゆくのも頷けてしまう。
日本の書店は、たったの5%の本好きの人たちの為にお店を開けている。
1億2000万人のうちの5%、つまり600万人の人たちの為に。
その600万人のうちでも、自己啓発書を好んで読む人は、やはり5%でしかない。
つまり、たったの30万人だ。
その30万人の人たちは、当然の如く潜在意識についても、思考が現実化するということについても、引き寄せの法則についても知っている。
ところが、ただ知識として知っているだけであって、実際に本に書いてある通りに実践できている人は、やはりその中の5%ほどにすぎない。
つまりは30万人の5%だから、1万5000人ほどだ。
その1万5000人の人たちは、おおむね経済的な豊かさ(自由)と精神的な豊かさ(自由)を手に入れている。
彼らを見て、人は云う。
「あの人たちは運が良かったんだ!」と。
でも違うのです。
彼らは皆、日常的に本を読むという習慣を持っていたのです。
そしてそこに書かれていることを、素直に愚直にひたむきに、実践したのです。
中南米や中東、アフリカなどの国々には、書店がほとんどない。
そのことが、いつまでも先進国になれない所以だろう、と僕は思う。
(驚くべきことに、アフリカのソマリアでは1970年代まで、文字そのものが存在していなかったのです)
「書店主フィクリーのものがたり」という中編小説がある。
主人公フィクリーが「本屋のない町なんて、町じゃない!」と云って、奥さんの出身地である小さな島に本屋を開く。
そして島の人たちに、本好きの人を増やしてゆくという心暖まるナラティブ(物語)になっている。
アメリカンジョークもたっぷりで、伏線の張り方も見事で、意外な展開の結末となり、とても面白かった。
僕もね、「雑貨屋のない町なんて、町じゃない!」という想いで、雑貨屋の灯を消さずに48年間お店を開けていますよ。
あなたの住んでいる市町村には、路面の雑貨店はありますか?
1990年代には全国で20000軒以上もあったはずです。
僕の住んでいる小さな町だけでも、かつては8軒ほどもありました。
でも2000年代に入った途端、そのすべてのお店は消えてしまいました。
お店が消えるのは、とても淋しいものです。
だから僕は死を迎えるその日まで、やり続けますよ(地域に雑貨屋がないと、困る人だってきっといるだろうから)。
それが、僕がやりたいことの一丁目一番地。
確かに御奉仕高(売上)は低迷しているけれど、それでも与えられた条件の元で、あれこれ考えてゆくのは愉しいものです。
苦しいって、こんなにも愉しいんだなって、僕は最近そう思っています。
エセポジティブではなく、真実的真実に。
ps
雑貨も本と同じく、その必要性を日常的に感じている人は、女子の中でも5%にすぎないのかもしれないなって、思う。
日本の総人口のうちの半分(6000万人)が女子として、その5%はというと、ざっと300万人ぐらいのものだろう。
僕らの商売は、その300万人を取り合っているのだ。
そして僕のお店は、そのうちの300人の人たちに来てもらえれば、経営は上手くゆく!
がんばろう!