法然も親鸞も、流罪という逆境を、ことさらに欣んだ。
これまでずっと、京の都吉水で、市井の人々のために法話の会を催し、念仏を広めてきたことが、遠流によって、まだ念仏を知らない地方の人々に、そのことを布教できる良い機会と、とらえたのだ。
法然と親鸞にとっては、マイナスはむしろプラスであった。ギョウコウですらあった。(ギョウコウが変換できませんでした)
ぼくらの人生は、往々にして波瀾万丈に満ちているけれども、法然や親鸞の辞書(生活)の中には、波瀾万丈という言葉はなかったろう。
二人の偉人の中では、ただ毎日は、平穏にゆるりと流れていったにすぎない。
欣びはなかったけれども、その代わり、悲しみも一切なかった。
無(ゼロ)の世界に棲むということは、そういうことなのだ。
そしてもうひとつ、とても大事なことだけれども、<不幸を欣べば、必ず、魂は次元上昇する>ということを、君には是非知ってほしいのです。
いびつな時間
あたしにはね、
いつだって
始まりはないのよ
だからね、
終わりもないの
ただ通過してるだけなの
いびつな時間の中をね
恋ひとつ
あたしが誰のものでもなかった頃、
恋ひとつで
人生がどうにでもなると
思ってた
笑い方
君の好きな人は
君の前でいつも
のどを見せて笑っているかい?
それとも
あごを引いて笑っているかい?
何故だろう?
人は鏡を見ると
歩く速度をゆるめる
銀行を見ると
何故か足速に通り抜けるのだ
パラドックス
周囲の人に反対されたら
反対されればされるほど
それは前進しなさいということ
この不安定な時代には
周囲の人の反対の中にしか
成功への道はない
クライマックス
第4の外野手として、もっぱら代打での起用が多くなってきたイチロー選手
もう年齢が年齢だし、そろそろ引退なんぢゃないの、と多くの人が言う
でも、イチロー選手はこう言った
「なんでみんな、僕にこれから絶頂期(クライマックス)が来るって、思わないんだろうね」
そうだ、ぼくにだって、ぼくのお店にだって、
田舎の路面店だし、店主が年齢いってるし、もう昔の輝きは来ない、と
声に出さないまでも、誰もが思っているだろう
でも、ぼくにだって、ぼくのお店にだって、
これから絶頂期(クライマックス)が来るって、ぼくは判然と決めたよ
追伸
前々回のブログ「引き寄せの法則って」の中に、誤りの表記がありました。
稲盛和夫さんが「生命の実相」を読んだ年を、1994年(昭和19)と表記しましたが、
正しくは、1944年(昭和19)の誤りです。
遅ればせながら、訂正してお詫び申し上げます。
井戸端藤太