ある山の中で一匹の猿が、仲間たちとは全くかけ離れた行動を取れば、周りの猿たちから見ると、それはとても奇異に映ることだろう。
だが少しすると、その行動を真似する猿が二匹、三匹と増えてゆき、やがてその数が百匹ぐらいに到達すると、それはもはや奇異でもなんでもなく、ごく普通の行動として認知されることになる。
百匹を超えると、その行動習慣は周辺の猿だけではなく、遠く離れた他の地方の猿たちにも拡がって拡散されてゆく。
インターネットもない猿の世界で、それは空気伝染するかのように日本国中に、場合によっては世界中に拡がってゆくのだ。
マイノリティ―がマジョリティーになる変換点のことを〈百匹目の猿現象〉と呼ぶ。
人間の世界でも、もちろんそれは同じように起こっている。
今我々がごく普通におこなっていることの多くは、数十年前には奇異に見られていたことが多い。
例えば女性が仕事を持つということは、昭和の中頃までは奇異な目で見られていた(専業主婦が当たり前だった)。
離婚なんてしようものなら、世間から冷たい目で見られたものだ。
ところが、今では女性が仕事を持ったり、離婚したとしても、人からとやかく云われることはない。
今から800年ぐらい前の平安時代末期、武士として初めて政権の座についた平清盛は、六波羅童(ろっぱらわっぱ)と呼ばれた密偵を京都の街に放った。
その数三百人。いずれも、今でいうヤンキー風の暴れたがりの若者たちであった。
彼らは、平家の悪口を云っている人を見つけ出しては、激しくムチで打ちすえた。
その家族に至るまで、彼らはムチで打つ殴るなどの暴行を加えた。
それは、政権(平清盛)に保証された悪事であった。
そのようなひどいことをされたのは、京都に住む人たちだけであったはずだが、六波羅童の恐ろしさ、平家の恐ろしさは日本国中にくまなく伝わってゆく。
そしてそれ以降、市井の人々は町中で口を開くことが少なくなった。
人前では感情を抑える(隠す)ことが習慣化(常態化)してゆくのである(百匹目の猿現象だ)。
それが今日まで、約800年も続いた。
日本人がシャイになったのは、ルーツをたどれば平清盛にあったのではないか(井戸端の勝手なアナロジーです)。
今ようやく人々はそこから解放されて、いろいろな意見を云う人が増え始めたようだ。
日本人も、朝鮮人や中国人のように感情を剥き出しにしてものを云うように、もう少ししたらなるのだろうか?
同時にそれは(そうなったら)、治安の悪化に繋がってゆく危険性もはらむ。
アナーキーな事件が増えるのかもしれない。
日本人が世界に誇る礼儀正しさが、消えてゆくのだから。