輝ける本当のあなたへ紡ぐ 77 の言の葉 -6ページ目

●+「物解りの良い子」が「何をしているか」。

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まだ復帰してないのですが

ちょっと書きにきました。



ところで、

物解りの良い子

っていますよね?


そういう子たちが

何をしているのか

解りますか?




原点ってなんだろうと
色々書いてきましたが

ちょっと助けてほしい時には
確かに助けはあるけれど

酷いときに
助けてと言っても
誰も助けてくれない状況であったとしたら


なんにも変わらないんですよね。


とても物解りのよろしい子供は
様々なことを受け入れます。


それこそ、

大人の提示してくる

理不尽なことに対してもです。



ただ、

最悪の状況に子供が追い詰められた時。

子供でなくても、

「その子」

が追い詰められた時。


誰が、肩代わりをしてくれるのかと。


仕方ないんだから諦めろとか
そういうのは散々飲んできているとして。



でも、

助けないのなら

飲ませる理由もないですよね。


悩んでいたとしても、

お前が何も言わないから。


と言うのはいいですが、

悩んでても言える状況にしなかったのと
言えないように作ったのは
誰なのか



何かあったら相談に来い。

そう言うのは簡単です。



でも、

何かあった時、

人に頼ることしかしない人。

その都度、

我慢を強いてきた誰かと一緒にいると



人にできるだけ頼らないようにしようと思うのです。
自分のことは自分でなんとかしないと。

と。


最後の最後にどうしようもなくなってからじゃないのか。

努力ひとつしないで、泣き事ばかり言うのはどうなのか。

それを教えたのは誰か。


そうこうしているうちに



物解りの良い子の周りには



何も残っていなかった。



なんてこともしばしばあります。


個人がどれだけ頑張って
必死にあがこうが何をしようが、


ある程度の協力姿勢が周囲にないと

周囲もまた、動かなければ


何も変わりません。



やりたくないならやらなくていい。

そう思いますが、


でも、

少しでも良くしたい、
不安にならないようにしたいなら、

今の現状に不満があるのなら、

周囲が一緒になってそれに取り組まないと
何も良い方向になんて向きません。

動きません。


ひとりで必死に頑張っても
それに共感してくれる誰かがいてこそ、
ですよ。


結局、こういう風になってしまうから、


心の病や
誰も解ってくれないや、

自分のこと大切にしてくれる人もちゃんといるのに
そういうものまで見えなくなって
どんどんおかしくなるんじゃないでしょうか?


頑張ってるひとが
頑張れているのは

自分と、周囲を信頼しているから頑張れてるのであって
その信頼を
周囲から遮断されたら
もう
なかなか難しいですよね。


それでいて

ひとりで生きていると思うな。


なんて、言ってくるともう。

難しいなんてものではない。


東大、京大に入るより

よっぽど難しいと私は思います。



そういうことを言う人こそ

誰かを独りぽっちにしていることについて
もう一度、

考えた方がよいのではないでしょうか?


自分の不安を解消するために
誰かを追い詰めるなんて行為は
絶対にしてはいけないし

心配しているからと
足止めをかけて
その人を殻にとじこめてしまうことも
してはいけないし

なにもできないのなら
相手に何かを望んではいけません。



ひとに何かをするのは
その人が大事だから。
大切で、守りたい。
元気でいてほしいと思うから
何かできることをするけれど


だからといって
「何かをしている人」が
本気で最強に強くて
なんでも背負って
全てに対して受け入れてくれる人間だとは



絶対に思わないように。


マザー・テレサの話をよく書いてますが

マザー・テレサがひとりではじめた救いの行動ですら
神様という支えがあってできたこと

私たちは信仰が薄いし
支えになるものっていうのは
身近に存在するものです。


神様、イエス・キリスト、聖母マリア
マザー・テレサが支えにしていたそれらは

私たちにとっては

簡単に言うなれば


親。


そして


家族。


何かがあったときに守ってくれて
頑張ってるときには背中を押してくれて
悲しい時は励ましてくれる。
結果を褒めてくれて
愛情をくれる相手


私たちの場合は

神様ではなく、
親であり、家族です。


飢えに苦しんで
お腹を空かせている人を助けるのは
本当は簡単なんですよ。

自分の食事を少し分けてあげればいいし
一般家庭なら
子供たちにご飯をつくってあげるだけでいい。

だけど

ひとりで寂しいと思ったり
自分の生きている意味が解らなくなったり
そうやって
飢えているそれが
心のどこかにあるのだとしたら

それを埋めてあげることって
どれだけ難しいと思いますか?



お腹がすいたなら、
今日くらいはって奢ってあげて
「お陰で満足したよ~。」

でいいけれど。

落ち込んでるひとを目の前にして
一生懸命励ましても
元気になってくれる時と
そうじゃない時がありますよね。


本当に傷が深いときには

傷をつけた誰かが
それを埋めてくれるのが

一番の特効薬なんです。


外部が何を言ったところで
励ましても
傍にいても

どうにもならないことが多いのです。



周りが協力してくれないと
そのひとの傷って
なかなか修復してくれなくて

心に傷を負った。

なんて、簡単に言うけれど
その傷を癒そうとなんて
ほとんどしない。

私は、
色んな人とお付き合いさせていただいて
色んな人の話を聞かせていただあいてますが

それこそ

リスカやOD、
摂食障害のひとたちと
メールでやりとりしたり
色々お話を聞かせてもらってますが

みんながみんな

お前がなんとかするしかない。

としか、言ってもらえません。

言ってもらってません。

もっと頑張れと。


いやいや。

確かに。
そういうひとたち特有の甘えというものは存在します。

それはいけないことですが
それ以前に

そういう行動に出るほどまでに
追い詰めたり
そういう生き方しかさせなかったのは



誰なのか。



子供を殴ったり
熱湯をかけたり
火傷を負わせることだけが
悪いことではないんです。

それらをしなかったから
その親が素晴らしいわけじゃない。

無関心で
自分のこと中心に考えて
子供にそれを押し付けている親のほうが
よっぽど酷いのではないですか?



自分が大変なのも
辛いのも解りますが

それは
子供には関係ないことです。


情操教育がどうのこうの言う前に
子供にしなきゃいけないことを
やってから言わないと。


ひとは変わらないというのは
そういうことです。


自分がその例にならないと
誰も理解しないんですよね。


親が、子供にちゃんと
「ありがとう」とか
「ごめんね」を
言えないのなら

子供が親に
「ありがとう」と
「ごめんね」を
言わないのは
当たり前。

大人になって言えるようになるのは
社会のシステム上で
そうでなければいけないという
マニュアルでしかなく。
そこでやっと覚えたことです。

3歳の子供ができていないといけないことを
ハタチすぎて
社会に出て
やっとできるようになるなんて


それはおかしくないですか?


それを教えるのは、
学校の先生でも
幼稚園でも保育所でもない。


親であり、家族です。



大事なことひとつずつ教えて
見習うべきひとって
誰?
親じゃありませんか?


だから、

子供は親の鏡だと言われるんです。


自分らの都合のいいときだけ
鏡見て
よいところだけ拾うなんて


ナルシストと変わらない。


それで信頼関係なんて
上手に育まれるわけありませんよね。


子供、子供と言っていますが
これは

会社であるなら

部下も同じですよ。


今の親御さんなら


「私だって親からそうされてきた。」


と、仕方ないと、言うのかもしれません。

でも、
気付いたそこで何かをしなければ

いずれ、子供がそうなってたって
問題を明るみにした所で



何も、文句なんて言えませんよ。


自分から変わろうとしないひとが
今後、何年先に何かあろうとも

良くしようとか
努力しようとか

何かしらの行動をおこさなければ

絶対何も変わらない。


ひとは一人で生きてるんじゃないと言う前に


その基本を見せなければ。


じゃないと


相手が何も返してくれなかったとしたって


当たり前です。


自分ばっかり頑張るのは嫌とか
甘えたこと言ってる場合じゃない。


気付いたらやる。

行動する。


やらなきゃ何も始まらない。



そこで
子供がこの先

たったひとりで生きていくことになった時

全部の責任を負って


恨まれるのも
けなされるのも


全部自分に返ってくる。



それでも誰かのせいにして逃げるなら


一生逃げ続ける他ないのです。


ただ、


唯一の肉親である子供にすら


見捨てられたとしても


文句なんて言えないですけどね。


私には、

片親で頑張っているお母さんの友人もいます。

何よりも、うちの母がそれです。

私が今していることは


子供が幸せになれる環境を作ってくれるなら


なんでも聞くよ。

相談にのるしかできないけれど

愚痴を吐きにおいでよ。


そうして、

家に帰ってからまた

楽しい家庭を保てるのなら

いつでも

会いに来てね。


そういう気持ちで

お話を聞いています。


現状、仕事ではないですが。


頼むから
自分の子供を
大事にしてよ。

という気持ちと


大事にしてくれなかったと思っている子たちが

本当は必要な子なんだと

いうことを、知らせたいからです。


辛いことは
大人同士で助け合えばいい。


子供だけは
大切にしてあげてください。


お母さんと
お父さんしか
いないんだから。



帰る場所。


「おかえりなさい」
「ただいま」

が言える場所だけは
確保してあげて。


帰る場所も
行くところもなくなって
自分はいらないのだと感じるような子供にだけは
しないで。

絶対に


親を恨むような子供には

しないであげてください。


絶対に

子供には

産まれてきたことを後悔させちゃいけない。


産まれてきてよかったって
想えるような人生を送らせないといけない。


産まれてきたことを後悔するって

凄く、辛いことなんですよ。


生きていてよかった
産まれてきてよかった

って
想えるような人生に
してあげてください・・・・・・・。



物解りの良い子が何をしているか。



解りましたか?



答えは



「我慢」



です。

雨宮でした☆彡

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★*ぶっ倒れました(笑)。

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思いっきり倒れてしまいました~。

風邪っぽいのですが、

インフルではありません(笑)。


必死こいて復活しようとしていますので

もうちょっとお待ちいただければ幸いです(涙)。


ご連絡も遅くなりましてすみません~。

雨宮でした☆彡

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●*人が人を見捨て、拾い上げてくれと泣く。

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昔の日本のお話。


少し前の日本のドラマや

映画を見ると、


ちょっと何かがあるとすぐ

近所に知れ渡ってしまう。


と表現されますよね。


それは

お隣さん同士の繋がりもあって、

親子の会話も成り立っているからこそ

だったのではないでしょうか?


*******



いまの世の中、


人間が人間を見捨てているのよね。

親が子を、


子が親を、


兄が弟を、


友が友を、


隣人が隣人を。


*******


かく言う私も

ご近所づきあいがほとんどありません。


お向かいさんが

誰なのかも正直知りません。


集合団地なのですが

お話をするようなご家庭は

2件ほどです。


これだけ多くの棟が並び

たくさんの人が住んでいると

たまに、怖い声も聞こえます。


以前、

高校生くらいだったでしょうか

女性の叫び声がして


「助けてー!!!!!!!」


という声がしました。

夜中です。


なんにもできませんでした。

子供だったこともありますが

何よりも怖くて。


もう亡くなってしまいましたが、

母の友人の方が

酔っ払い同士のケンカに

女の子が巻き添えをくっているところを

警察を呼んで助けたことがあるそうです。


その電話一本で

ことが収まったのだとしたら

そのおばさんの電話は

女性を、間接的にでも

助けたのかもしれません。



幼児虐待のニュースがあります。


近所の方々は、

ベランダに放置される子供を見ても


何も、しませんでした。


何も、できなかったのかもしれません。


私たちは、現状をニュースで知る側なので

何とでも言えるのです。


「なんで、周りが助けてやらなかったんだ?」


でも、

その現場に、もし、自分が立ち合っていたとしたら

どうでしょう?


ここで「助ける。」と言うのは、簡単です。


現場にいない私たちが

それを言うのは簡単なのです。


その距離は

いつ、

できてしまったのでしょう?



顔があざだらけの子供がいても

児童養護の側に立っている方々ですらも

立ち入ることの難しい場所。


どうしたら、

それがなくなるのでしょう?



見捨てられないためには

どうしたらいいんでしょう?


見捨てないためには

どうしたらいいんでしょう?


マザーテレサはきっと

もうこの時に

答えを知っていたのだと

思います。


雨宮でした☆彡


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