●*最悪の病に侵された人と・・・・・・・?
助け合うことができる世界が
幸せを作ります。
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神様だけが、
私たちの真の必要をご存知です。
愛の欠如こそ、
今日の世界における最悪の病です。
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と同じですね。
コミュニケーション不足で
隣に住んでいる人が誰か・・・・・・・
それすらも解らなくて
何かがあっても
助けてもらえないような
そんな世の中になってしまった気がします。
都会は特にそうだと言いますよね。
社会人として上京したとして
あまり、人とすぐに仲良くなれない方だと
急にひとりぽっちに感じたりするそうです。
頼れるご両親は離れていますし
いつも遊んでいたお友達もまた
遠くにいます。
なんだか、みんなが色んなことに
無関心であるように感じて
その無関心な部分に
自分も入ってしまったのではないかという不安があったり。
今は、
自分のことで精一杯なんだ。
って、
言いたくなるのも解ります。
私も、
あまり余裕のある生活をしているわけではありません。
でも、
友達が悩んでいる時に、
それを聞くことで何かが晴れるのなら
それをします。
例えそれがお金のことだったとしても
私には、一千も貸すような余裕なんてないのですが
愚痴を聞く事だけはできます。
「私も大変だよ~。」
と同調しながら、お話を聞けると思います。
きっと、
大して役には立たないでしょうが
できることから始めるとするなら
それでいいと思うのです。
私もきっと
今抱えている悩みについて
誰かにゆっくりと聞いてもらえると
きっと心が軽くなります。
それだけで、
そのお相手に感謝しますし
だからこそ
大切なお友達でいられるのだと
思います。
雨宮でした☆彡
●*幸せになるために、産まれてきた意味は?
不必要な人なんていないですよ。
必ず、誰かの支えになっています。
産まれて来てくれてありがとう。
って
言ってくれる人が、
必ずいますよ。
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あなたは、
この世に望まれて
生まれてきた大切な人。
傲慢で、
ぶっきらぼうで、
利己的になるのは、
いともたやすいことです。
でも私たちは、
もっとすばらしいことのために、
つくられているのです。
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性格を悪く見せることって
想ったより簡単なんです。
自分の我儘ばかり言って
人の話を聞かないで
自分だけが一番偉いように
振舞っていれば
すぐにそういう人になれます。
でも、
私たちは
「それをするためにいる。」
のではなくて
皆と仲良くして
楽しくて、
幸せな毎日を過ごすために
産まれてきたのだと
彼女は言っているのではないでしょうか?
必要な自己主張もありますが
それは
我儘ではありません。
ただ、
その必要な自己主張と
我儘を一緒にしてしまっては
同じことになってしまいます。
想いやり。
というと、
言葉だけで鵜呑みにしてしまいそうですが
人の気持ちを考えて行動する。
ということは
今の私たちにはちょっと
難しいかもしれません。
ただ、ひとつ。
想いやりを
押しつけにしないように
気をつけたいところですね。
雨宮でした☆彡
★*会話術~褒め上手=叱り上手
叱り下手は、
叱るだけしかしないこと。
と書きましたが、では、
叱り上手になるのは
どうしたらいいのかということです。
それは
「褒め上手」
になること。
何かに取り組んでいることに対し
具体的に褒めることがポイントです。
例えば、勉強を頑張っているのなら
「○時間も集中してやれるなんてすごいね。」
です。
この場合は、勉強をしていることが前提ですが
していない子に対して言うのであれば
「○○は、英語が得意で、ヒアリング力は
本当にすごいよ。」
などなど。
勉強をしていないことを言うのではなく、
している部分の何かを褒めるんです。
心理学的に
「自己拡大」
と言うのですが
「自分の良い所を発見する‘喜び’を感じる。」
こと。
それを促すことで、
やる気を出し、向上していくというものです。
褒められる→快感→もっと褒められたい→褒められる・・・・・・
という、ひとつの輪ができます。
で、ですね。
叱ることを少し折込む必要がある場合もあります。
上記にもありますが、
勉強をしないことや、
威力を見せないこと。
目に余る場合も、時には存在します。
そういう時もまた、
一度褒めてから、次につなげる。
肯定~反転~意見(否定)
という図式。
「○○については本当によくやってるね。」~肯定
「でも」「だったら」~反転
「この部分を補うと、もっと良くなると思うんだけどな。」~意見(否定)
この意見の部分が「叱る」ことです。
頭ごなしにダメだと否定するのではなく
良いところもあるけれど、
ここをもっと良くすると、
更に素敵ですよ。
と言う。
これだけです。
部屋の掃除もそう。
勉強も
仕事も
みんなそうなのですが
「やりなさい!」
とガツンと言ってしまうと
うるさいだけなんですよね。
ひとは、感情でYES・NOを言ってしまうことが多く
そういう場合は、必要なことを考えていません。
だから
「うるさいな。わかったわかった、やればいいんでしょ。」
なんて、応えが返ってくるんですね。
やりたくないのに、やらされている感。
続くわけがありません。
考える時間を与える。
受け入れる時間を与える。
これがなければ
せっかく頑張ろうとしていても
その意志を削いだまま
やらない時間を増やすだけ。
です。
褒められ、認められ、評価されることは
誰でも嬉しいのです。
そうした上でまた、
頑張ってもらうために、
言う側も、
感情に任せて怒るばかりではなく、
それなりに、
気を使わなければいけません。
はい。
これが想いやり。
です。
雨宮でした☆彡