本音の鍋、そして決断、もたらされた嘘 | 彼女が結婚したとしても

本音の鍋、そして決断、もたらされた嘘

彼女と2人で鍋をつつきながら、美味しいねと笑顔で話した。
満腹になり、2本目のビールとウィスキーを飲みながら彼女と少し話した。
ほとんどの時間を彼女とホットカーペットの上で横になって抱き合ったりして過ごした。
彼女は僕の右肩に頭を、左胸に手を置いていた。
彼女は右手を、僕の胸の上で何度か動かした。胸が割れていることについて彼女が話したり
くすぐったりして時間を過ごした。
床で、ベッドで彼女を強く抱き締めながらキスをした。


彼女と家で過ごした時間は予想以上に幸せだった。
彼女は優しい笑顔で僕を見たり、DVDを見たり、鍋の具を鍋に入れたりした。
「もう1本飲む?」と優しく微笑みながら聞き、うん、と答えると

ひざで歩いて冷蔵庫からビールを取り出してくれたりした。
彼女が僕の右側にいて、右を見るだけで彼女がいた。
大好きな笑顔が右側にあった。
その笑顔のおかげでとても安らぐことが出来たし、想いは深まり、広がった。
こんな時間がずっと続けば、人生はパーフェクトになるのにな、と考えた。


でもそれはやっぱり妄想の域を超えなかった。


彼女はキスにとても感じていたけれど、僕は彼女を抱かなかった。
抱かなかった、のではないのかもしれない。
抱けなかった、と表現した方が正しいのかもしれない。
彼女を抱きたい、と心から思うし願うけれど
そうすることで潜在的にあるものが顕在化するような気がしてならない。

極めてシンプルに言うと、怖い。


 *


彼女との現実は常に厳しい。
彼女は0.1%の可能性すら認めないという決断を下した。
ありとあらゆる扉が音を立てて閉められ、その扉の鍵を閉める音が聞こえた。
目の前のあらゆるものが黒とグレーと白でしか描かれていないモノクロームな

ところに僕は閉じ込められた。
世界の端っこから、ついに突き落とされた。
世界の端っこにすらいられなくなった。そこへの扉は閉ざされ、鍵がされた。
僕が放り出されたその場所は、酸素が薄く、時に手が痺れるようなところで
自由もなければ平等もなく、同情もないし、哀れみもない。意思すらない。
人間としての尊厳すらない。そもそも人間に尊厳なんてない、とすら思える
そんな、闇の中だ。
そこにあるのは、絶望と嫉妬、あるいは”死のような生”だけで
そしてその構成員は、システマチックな社会における本質的な敗者と
人間関係というパニックの中からドロップアウトした人間だけだ。

僕自身が、紛れもなくそこにいた。


そんな僕を見ていることが出来ず、彼女は優しい嘘をついた。
その素敵な嘘は、0.1%の可能性を認めるものだった。
哀れみから生まれた優しく、素敵な嘘だった。
僕は弱い人間だ。弱いからその嘘を嘘とわかっていても支えにすることにした。
そうじゃないと、まともにいられないと思ったからだ。


考えて手が震えた。それを手に力を入れて必死でこらえた。
4年前のことをを思い出した。
手が震えて、呼吸が乱れ、酸素が肺に届かなくなり、視界から色が失われる夜を思い出した。
ベッドの近くに置いてある紙袋を口にあて、呼吸を必死で整え
発作時用の薬を何錠か飲み、感情的な涙を流し、死んだように眠る。
起きても何も手につかず、ずっと部屋に閉じこもるそんな生活を思い出した。


嘘でも支えにしなければ、まともに生きていけないと思った。
0.1%だけ、僕との将来を考えてくれる彼女が”いるということ”にしようと思った。
きっと、彼女はこんな想いに対して怖いとか重いとか言うんだろうと思った。

嘘と本音は使い分けることはできないものだな、と考えた。

それでも、今日は彼女に、素敵な嘘をついてくれてありがとうと言いたい。


* * *


哀れみでも、嘘でもないよっていう嘘も、うれしかった。
君を愛してしまったおれの負けなんだ。
惚れたら地獄、だよ。


仮に0.1%、本当におれとの将来を考えてくれるなら、一緒にそれを叶えたいね。

そのために笑顔でいるから。

マキを笑顔でいさせるから。