会議室3Xでのキスと話したかったこと
”男”という概念、というものが存在すればの話だが
僕は小さいころからこの”男”という概念と価値観やそれに基づく判断基準を
父親や祖父から教え込まれてきたような気がする。
幼稚園 年長のとき、転校生だった僕はいじめられた。
普通の子よりも背も大きく、体も大きくて目立つ存在だった僕は
転校生だからという理由以外でも、彼らの目にとまり、その対象となった。
どんないじめられ方をされたかなんて覚えていない。
けれど、こたつがある季節に(秋の終わりか、真冬か、冬の終わりか忘れてしまった)
大きな傷を付けて帰ってきたことがあった。
その傷をみて、祖父がどう聞いたか、それに対して僕がどう答えたかは覚えていない。
ただ、祖父は、男なんだから、やられたらやり返してこい、と5歳の僕に言った。
やられっぱなしは、恥ずかしいことだ、とも言われた。
そして翌日、滑り台の上から彼らのうちの準リーダーと思われる者を突き落とした。
彼が大泣きしていたことを少しだけ覚えている。
*
その幼児体験以外にも、”男”教育を受け続けた僕は
ある場合においては”男”という判断軸と、価値観をとても重要視するような大人になった。
”男”である以上、守らなければならないものと、どうやってでも奪わなければならないものがある。
そこに、プライドを持ってなければならないと思うし、ある場合においてはプライドすら捨てる覚悟も必要だ。
守らなければならないとき、勝たなければならないときがあって
それを成し遂げるために、その手段を選ん出はいられないときがある。
今、僕は純粋にこう思う。そして、それは間違いだとも思ってない。
(もっとも、すべてにおいてこう判断しているわけでもない。局地的判断の場合においてだけだ。)
*
今日、彼女と外で会えなかった。
コーヒーを一緒に飲めたなら、今日は”男”な話をしたと思う。
なぜかというと、今日ある男が仕事で・・・・・・、やっぱりやめよう。これはどうでもいいことだ。
まぁ、いろいろあって、僕に内在する”男”としての価値観を痛烈に感じたからだ。
会議室でこっそり会うことしかできなかった僕たちに、こんな無意味な話をする時間はなかった。
時間はなかったけれど、僕は永遠すら感じられた。
彼女は、暖色系のニットを着て、黒のスカートをはいていた。瞳は深く、僕をじっと見ていた。
とても安らぐ時間だったし、今日はすこし、ほっとしていたから彼女に甘えたかった。
そんな彼女にキスをしたり、抱きしめたりした。
会議室でキスをしたり、少し話したり、抱きしめあったりするのはとても異常な興奮を感じた。
彼女は、ぐだぐだのキスでごめん、とメールで言った。
確かに、それは集中力がないキスだった(キスに集中力が必要という前提だけれど)。
それでも僕は幸せを感じられた。
彼女を抱きしめたとき、彼女のほっそりとした体を感じ、背中の骨を少し触った。
これは僕だけが思うことなのかもしれないけれど、彼女をハグするとフィットするように感じる。
靴や服がそうであるように、サイズ的問題によって、合う、合わないは絶対にある。
179.8cmの僕と、159.8cmの彼女の体はフィットする。そう思った。
やっぱり100%だな、とも思った。
そんなことを考えながら帰りの電車に乗り、昨日買った新刊の文庫本を読みながら家に帰った。
家に帰っても、まだ彼女を抱きしめている感触が、僕の胸と腕にあった。
ウィスキーをロックで飲んだ。
彼女のキスと体について考えて少し興奮した。
ジャッキーカルパスを食べながらウィスキーを何杯か飲み、サッカーゲームをした。
時々、携帯のメールを問い合わせたりしたが、彼女からのメールはなかった。
ふと、今日彼女と廊下でキスをしたことを思い出した。
*
何杯かウィスキーを飲んで、今この文章を書いている。
記憶の保存として、会社で初めてしたキスを書き記そうと思ったからだ。
今日の僕は、自己療養の試みとしてこの無意味な文章たちを書いてはいない。
* * *
なあ?
それはおれたちにとって、それはとても重要なことだと思わないか?
楽しくいなきゃいけないんだろ。おれたちは。
*
そんなことを思いながら、ウィスキーをまた一口飲んで、彼女を抱きしめた瞬間を思い出している。