の、なぜミナミ、千日前から道頓堀をふと歩きたくなったかという理由(わけ)なんですが、長らくバイトしていたことは記載の通りなんですが、そのバイト時代の後輩の舞台を前日に見に行ったので、深層心理から昔を懐かしむモードが働き、普段は人混みを避ける傾向にあるはずなのに、珍しく足が向いたのはそういうことでか!と自分自身でも合点がいきました。
わりと長い付き合いでして、その後輩とは。
音楽好きな奴で、色んなLIVE、フェスにも一緒に行ってまして、2004年にチキンジョージでKenさん見た時も確か一緒やったなぁ。
そんな彼の色んな遍歴を実はその都度見てきてまして。
まぁ、ロールしとります。
まず、出会った頃バイト時代は、大阪松竹で漫才師を目指して活動してまして、そして、コンビで東京に出ましたかね。
そん時もたまたま何かのLIVEを見に東京に行った時に、タイミング合って舞台、漫才見た記憶があります。
それから、しばらくしたらコンビ解消して漫才は諦め、東京の吉本新喜劇の劇団員になったと聞き、それも大阪に遠征か何かで来たのかな?の時に京橋花月で1度舞台見ています。
で、まぁその間も東京に仕事とかLIVEなどで行く機会に都合が合えば、というか、ま、呼び出して飲んだり(後輩ですからね!)、家泊めてもうたりもありましたね、バイト時代たくさんいた後輩の中では、大阪東京と離れていながら、まあそれなりの頻度では会っていたんですけど、今度は新喜劇に見切りをつけ、落語家に、笑福亭鶴光師匠の弟子になりましたって連絡が来たのが、2年ぐらい前でしたか。
そうして、この度故郷の大阪で落語家として初めて落語会を開くという報せが来て、見に行った、というわけなんですが…かなり長くなってしまいましたが、まぁここまでお笑いの世界の様々な業種をロールしてる人間も珍しいのかな、なんて思います。
その経験が今後の芸人人生の肥やしになることでしょう、きっと…知りませんけど(適当!)
いや、またなんかロールするかもしれませんが。
ま、経験は宝やと思いますしね。
芸人紀行とでもいいましょうか。
そんな彼の名は、笑福亭希光(きこう)。
どこかで何かの機会がもしあれば、そん時はどうぞ、でございます。