日本橋に有る「迷い子のしるべ」 | 真空管のアナログ世界に魅せられて

真空管のアナログ世界に魅せられて

「温故知新」と言う言葉が有りますが、真空管は将にそんな存在だと思います。真空管を今では知る人も少なくなりましたが、デジタル全盛の今でも、真空管のアナログ技術を学び、真空管ラジオを楽しむ人は沢山います。私もその中の一人です。真空管を愛しむ想いで・・・・。

江戸時代、迷い子と尋ね人が多かったようです。江戸町民が人と人の輪で暮らしを良くしようとしていたことが「迷い子の碑」で知ることが出来ました。



東京・八重洲一丁目に「一石橋(いちこくはし)」が有ります。一石は米麦などの量を計る単位です。1石は10斗に当たります。戦後の日本でも現在のメートル法が決められるまでは、この単位が使われていました。




この「一石橋」のたもとに、この古い石碑が建っています。



満(ま)よひ子の志(し)るべ




この石碑の説明によると、安政4年(1857年)に建てられたと記されています。いまから157年前の江戸時では迷い子とか尋ね人が多かったようです。そこで、日本橋界隈の町名主が奉行所に申し出て、この迷い子の碑を建てることを申し出たとあります。




この迷い子の碑の右側には「志(し)らす類(る)方。同じく左側には「たずねる方」とあって、上に窪みが有ります。


このくぼみに、尋ねる人はその人の特徴とか年齢などを記し、心当たりのある人はその情報を書いた紙を張り付けました。


江戸時代という情報手段の少ない中、江戸町民が工夫を巡らし、くらしの「安心安全」を図っていたことが伺えます。



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