「祇園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり」
で始る平家物語は、儚くうら悲しい響きがあります。
平家は、山口県下関の海峡・壇ノ浦に源氏の源義経と闘い、海の藻屑(1185)となりましたが、その落人達は密かに山間(やまあい)の村に隠れ住んだと言う伝説が有ります。
落人の里は、日本全国に百数十箇所ほども有ると言われています。
その伝説の村は、四国と九州に多く分布しています。
★良く知られた箇所は
1.熊本の五家荘
2.宮崎の椎葉村
3.徳島の祖谷山(いやさん)
4.岐阜の白川郷
5.栃木の湯西川
6.etc.
私が、実際に旅した平家落人伝説の里は、白川郷、湯西川、祖谷渓の3箇所です。
湯西川では、「家庭で鶏を飼わない」とか、「五月の節句でも鯉幟は立てない」ことをおきてにして来たそうです。
源氏側の落人狩りが厳しい中、鶏がコケコッコーと鳴けばすぐに、人が住むことを悟られます。鯉幟が泳げば、遠くからでも目立ち、落人狩りに見つかることでしょう。
現在では、このような心得は必要ありませんが、村人の心の奥底には今でも、先祖代々言い伝えられきた、その影が棲み付いているように、私には思えました。
徳島の祖谷山には、谷底の渓流の遥か高い所に、蔓で編んだ蔓橋(つり橋・かづら橋)が架けられています。
下を見ると、ちょっと足がすくむ気持に成ります。吊り橋が、とても高い所に有るのと、吊り橋がユラユラと揺れる為です。
平家の落人達は、追手から深く逃れる為に、奥深い山間(やまあい)を選んだことがはっきり伺えます。
こんな話も有ります。米をとぐときは、川ではとがない。何故なら、米の白いとぎ汁は下流で発見され易いからです。
こんなことを念頭に、落人の里を旅の旅は、益々味わい深いものになることでしょう。