ずっと、ずっと
宝石について考え続けてきました。
宝石とは何?
人はなぜ『石』を身につけるのか?
そうして辿り着いた結論は、
『宝石とは人にとって必需品である』
ということ・・・
サラリーマンの娘
(いわゆるごく普通の家庭の娘)
として育った私は、
なぜだか宝石商の元に嫁ぐことになりました。
生まれて以来、
宝石やジュエリーが身近なものでは
ありませんでしたので、
嫁ぎ先は本当に異次元だったのです。
(母の持っていた唯一の宝石は
婚約指輪だったオパールの指輪・・・
幼い頃、それを眺めるのは好きでした。
或いは、化石や鉱物など・・・
理科室でそのようなものを見るのは
大好きでした。
だけれど、宝石は決して身近な存在では
ありませんでした。)
だいたい、サラリーマン家庭のあるべき
支出しか見てきませんでしたので、
お客様がたくさんのお金を遣われて
宝石を買っていかれる姿には
心底驚きましたし・・・
また、自分自身の生活が
宝石を売ることによって成り立っていることも
当初は信じ難かったのです・・・
(話は飛びますが・・・)
先週、BS放送で白洲正子さんのことを
放映していました。
そこにゲストとして
歌人の水原紫苑さんが出演していられました。
その中で彼女が口にした言葉が、
ここ最近私が確信にいたったことと
まるで同じ意味だったので
非常に驚いたのです。
『石は地球の母なのです。』
これこそ、私が辿り着いた宝石への結論。
ただ、この内容、どんなに親しい人に力説をしても
ちょっと行っちゃっているような内容なので
俄かに共感をしてもらいにくい・・・
そんな中での同胞の登場!
嬉しくなってしまいました。
宝石が、
いわゆるステイタスシンボル、
地位や、富の象徴となったのは
実のところ最近なのではなかろうか?という風に
ここのところ感じていたのです。
(但し、私の時間への感覚は
最近おかしい。
インドの歴史の研究から、
ブッタのことなど・・・
いろいろと勉強を進めるうちに
紀元後は割と最近なのでは・・・
と思うようになってしまっているのです。
宝石についてはもっと昔、
もっともっと原初の
人と宝石の関係を知りたい・・・
と思っていました。)
私が思うに人が石を求める心というのは
限りなく本能に近い欲求なのだということ。
なぜか・・・
それは
『石は地球の母だから・・・』
宝石とは、石の中でも
もっとも稀少で、
もっとも人の心を揺さぶる力を持つ、
そのような存在だと思います。
現在私たちが商っている宝石は
地球の中心部分から、
恐ろしく長い年月をかけて
地表へと露出したものなのです。
(或いは一部宇宙を漂流している宝石もある。)
想像を広げましょう・・・
地球すら存在しなかった
そのような昔・・・
なんらかの意思、
なんらかの作用、
なんらかの衝撃が
『空』を走り、
宇宙の歴史は始まったのだと思います。
(ちょっと宗教的になってしまうけれど、
そういった意思、作用、衝撃などのなんらかを
人は神と呼ぶようになったのではないか、と
私は思っています。)
そのような途方もない過去、
途方もない時間を
その内に封じ込めている存在が
『石』なのです。
だから、人が『石』を求める心は
至極当然。
人が『神』を求めた原初から、
人は『石』を求めていたに違いないと思うのです。。
中でも、宝石は稀少であったが為に、
やがてステイタスシンボルとなっていったに違いないでしょう。
今、我々の世代で、
宝石をステイタスシンボルとして
欲している人はいるでしょうか?
私はそうではないと思います。
21世紀は心の時代だと、
誰彼ともくなく口にしています。
私はそれはまんざら嘘ではないと思っています。
21世紀、自らの心に
もっと正直に
宝石を欲する人が増えていくだろう、と
確信しているのです。
ゆえに宝石は
必需品なのだと・・・
これが8年半、毎日宝石に触り続けた
私の実感なのです。