陽はまた昇る -31ページ目

陽はまた昇る

前向きに、そして幸せになるために。色んな「思い」をつづってみよう

記事を書くときの「改行」のやり方が分かりません(汗)。せっかく書いた記事も↓の感じ・・・。

リニューアルしてから何だか操作がややこしくなってません?どなたか、やり方教えてくれませんか?

無事に出張も終わり、今日は久しぶりに、約一週間ぶりの会社へ出勤。そして実は今日が彼女が辞めてから初めての出社でした。

出社してまず目に入ったのが彼女のロッカー。既に名前は外され、別の女性が使っているようでした。出勤簿からも彼女の名前は消され、そしていつも彼女の上着が掛けられていた指定席のようだったハンガーには、別の男のジャケットが。ふと一息を着いてオフィスを見回し、そして気がつけば社内の至る場所で彼女の姿を探してみても、もちろんその影すらあるはずもなし。本当に、もう彼女はいないんだな・・・。



彼女が消えてしまった事を感じさせるのは、会社の中だけではありません。

よく二人でお茶を飲んだ喫煙所、昼休みに昼食の買出しに出かけたコンビニ、お気に入りだったサンドイッチ屋さん、何度となく彼女が出てくるのを待った会社のエントランス。そして、これまで何度となく通ったであろう、会社から駅に入るまでの通勤路・・・。会社内外の至る所に、彼女の思い出が溢れています。

もう、「おはよう」「おつかれさま」といつものように挨拶を交わすこともない。昼食を一緒にする事もない。そして、あの輝くような笑顔を見ることさえも・・・。

現実。それが現実なんだと、自分の中に飲み込むたびに切なさに胸が締め付けられます。

しかし、今日から4月。自分もそろそろ心を入れ替えなくてはなりません。年度が変わり、社内も少し内装を変えてマイナーチェンジを完了。新入社員や新しいスタッフも入り、社内の様子は先月までとはカナリ一変しました。奇遇ですが、そういう意味で心機一転する環境は整ったといえます。

彼女の事はひとまず心の中にしまっておきましょう。後ろばかり振り返っていてはこれから先の色んなチャンスも逃すことになりかねませんから。



だから、今日でグチを並べるのは最後です。

その後、案の定といいましょうか、彼女からの連絡はメールの返信を含めて一切ありません。寂しいけど、切ないけど、まだ何かが終わったわけではありません。気持ちを伝えるチャンスはいつ訪れるか分かりませんが、信じる気持ちはまだ無くしていないから。

彼女への想いをしっかりと胸に抱きながら、そして自分の気持ちを固く信じ、きょうからまた新しい一歩を踏み出します。

素直に、前向きに、誠実に。きっとまたいつか陽は昇るから。

以前このブログのどなたかのサイトでご紹介をいただき、自分もメルマガとして登録している「癒しの言葉」。その中でとてもよいモノを見つけました。


「幸福なる生活は、心の平和において成り立つ」

                 -- キケロ(古代ローマの政治家)--

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ものごとを否定的に捉えたり、マイナスなことばかりを考えていては、気分が沈みがちになるばかりではなく、身体の元気もなくなってきてしまいます。
 
それがわかっているのに、どうしてもマイナス思考ばかりをしてしまう……

なぜなら、マイナス思考をすることには、大きな利益がある(と思っている)人もいるのですから。

たとえば、「自分は、何事もうまくいくような人間ではない」と自分の価値を貶めることができます。

きっと幼い頃から、「お前はダメだ」などと言われていて、いつの間にか、自分でも、ダメな人間だと思い込んでしまっているのでしょう。

マイナス思考をすることによって、それを証明することができるのです。

あるいは、「目標」や「夢」を持てないときにも、マイナス思考は役立ちます。
心のどこかでは、やりたいことや手に入れたいものがあったとしても、自分には、それを実現することができないと思い込んでいるのでしょう。

もしも、物事をプラスに考えてしまうと、眠っていた「目標」や「夢」が目を覚ましてしまいそうです。そうすると、そんな前向きな方向へ進んでいかなくてはなりません。

でも、自分には、「目標」や「夢」を達成することなんてできないと思っているのですから、それはちょっと困ります。

だから、「目標」や「夢」のことを考えないように、ずっとネガティブなことを考えて、今の場所に留まっているのです。慣れているマイナス思考は、本当に居心地がいいものです。

そして、マイナス思考の最大のメリットは、もしも最悪の状況に陥ったり、悪いニュースを聞いても、ショックが少ないということです。

つまり、何か悪い出来事に出会ったとしても、「ほら、思っていた通りだ」「やっぱり、こうなったか」と受け止めることができるので、それほど辛くもないように思えます。
 
それに、いつもネガティブなことを考えて、気分が沈んでいる状態の方が、悪いニュースを聞いても、もともと落ち込んでいるので、変化も少ないでしょう。

そんな人は、心の安心を得るために、いつか来るはずの悪い出来事にいつも備えているのですね。


「ルビンの壷」という絵をご存知でしょうか。

大きな壷が描かれている絵なのですが、見方によっては、横向きの人の顔が2つ並んでいるようにも見えてしまいます。

不思議なのは、「これは壷だ」と思ってみると壷だけが見え、「人の顔だ」と思っていると、人の顔だけが見えてくるということです。けっして、壷と人の横顔の両方いっぺんに見えることはありません。


マイナス思考をすることは、低い自己イメージを守り(つまり変化しないことが許される)、将来の最悪の出来事に傷つかないために役立っているのでしょう。

でも、それによって失っていることも多いのかも知れませんよ

ルビンの壷と同じように、物事のマイナスの面だけを選んでみていれば、プラスの面が見えなくなってしまうのですから。

物事をつい否定的に考えてしまう人は、きっと、この世界は、常に悪いことばかりが起こる、危険な場所だと思えるでしょう。朝の新聞から深夜のニュースまで、凶悪な犯罪や、暗い出来事ばかりであふれ返っています。

だけど、本当は、自分の心がそれを引き付けているのですね。

確かに、犯罪や暗いニュースはたくさんあります。でも、新聞には載っていないかもしれませんが、それと同じくらい、心が温かくなる出来事や楽しいニュースもあるはずなのです。

良く見てみれば、自分のまわりには、そんな明るいことでいっぱいなのですよ。

こんな暗い世界は嫌だ!
 
だったら世界を変えてみましょうよ。
簡単ですよ。
まわりにあるものを何も変える必要もないのです。

ただ、あなたの心を、いつも明るくてハッピーな考えばかりで満たせばいいだけのことなのですよ。

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そう。今は残念ながらちょっと逆風の毎日だけれども、こんな時だからこそ、前向きに、上を向いて歩かなきゃ。きっと、そんな生活の中にもほんの少しだけ隠れている小さな幸せはきっとある。

このブログのタイトルだって「陽はまた昇る」。そう、いつかまたきっと、陽は昇るさ。
実は先週の木曜日に彼女が会社を辞めて以来、自分も会社に行ってないんです。

金曜日は朝から地方に出向でそのまま出先から自宅に直帰。週末は珍しく土日二日間とも休みが取れましたし。そして今日はまた出張で会社には寄らずにそのまま直帰という感じでした。そして今日、会社からの辞令が下り、明日から今度は泊りがけで金曜日まで地方へ出張という事になりました。

あっちへ行ったりこっちへ行ったりと何だかバタバタ落ち着かない生活ですが、実は少し安心してもいるんです。

正直言って、今は会社へ行きたくないんです。会社へ行けば、もうそこに彼女が居ないんだというどうしょうもない現実を思い知らされるから。彼女の使っていたデスクを見て、ロッカーを見て、そこにはもう彼女の名残すら残っていない事を見たとき、自分がどうなってしまうのかが怖いんです。

もちろん、彼女自身とは来月になればまた会えるって信じています。でも、会社は自分にとっては彼女と出会い、そして想いを重ねていった思い出の場所。そんな場所には、今は行けない。だから偶然とはいえ、会社に行けない状況に少し安心してもいます。

しかし遅かれ早かれ、またその場所へ行かなければならない時はやってきます。その時、自分はどうなるんだろう・・・?時間が経てば、乗り越えられるんだろうか?不安で、頭が一杯です。
土曜日の夜のこと、突然、元彼女から電話が入りました。「久しぶりに都内に出てきているから、お茶でもしない?」と。特に用事もなかったので、自分は待ち合わせ場所の飲み屋へ向かいました。

去年の初冬に別れてから、約半年振りの再会。でも不思議な事にそれほど久しぶりに会ったという気もしませんでした。2年も付き合っていればお互いの事は誰よりも良く知り合う同士。そんな「久しぶり」という感傷的な気持ちが起こらなくても半ば当然だったかもしれません。

お互いの近況を話し合ったり、世間話をしたりと時間を過ごしていると、気が付けばもう終電も終わっている時刻になっていました。帰るアテもない彼女をそのまま放っておくワケにもいかないので、自分が車で送るということになりました。

彼女の家に着くと、もう時間は午前2時を回っていました。疲れもあって、さすがに眠気も襲ってきた自分は運転の心配もあったので、そのまま彼女の家に泊めてもらうことになりました。そしてその後は何事も怒らないワケもなく・・・皆さんご想像の通りです(汗)。

元彼女と久しぶりのH。約半年ぶりに彼女を抱きました。

このブログでは片想いに殉ずる青年(?)を演じているような自分も、所詮は人の子。別れた元彼女を抱く事に戸惑いもありましたが、かつて気持ちを通わせ合い愛し合った女性を目の前にして、人恋しさ、寂しさ、そして性欲に勝てるはずもありませんでした。

しかしHが終わった後に残ったものは、「虚しさ」だけ。やはり気持ちの通わない行為には感動もなく、それはだた一時的な性欲を満たすものでしかありませんでした。

自分が求めた行為・・・彼女に非はありません。なんだかそんな元彼女にも「しょうがないから甘えさせてあげる」と同情されたような気がして、そんな帰り道の車の中で自らの不甲斐なさや情けなさに涙が出そうになったほどです。

こんなんじゃダメだ!まずは自分をしっかりと律しなければ、魅力的な男にもなれないし、何よりも今を含めてこの先の片想いにも良い結果なんて付いてくるはずなんかない。

反省、反省の日曜日でした。
まだまだ彼女が自分の目の前を去って行ったということに現実感がわかず、なんとなく頭がボーっとしています。

今日の自分はもう完全に「抜け殻」。昨日にも増して全く、本当に全く仕事になりませんでした。

自分の中では「きっとまた彼女に会える」と強く信じているものの、最後までハッキリとした約束さえ取り付けられなかった現実を考えると、先行きは厳しいと言わざるを得ません。

昨日の仕事が終わった後、自分は彼女に今まで会社で世話になったことについて感謝のメールを書きました。一生懸命考え、真心を込めて、完成まで3時間を費やしたメール。メールで送るにしてはちょっと長過ぎたかと思うほどの長文でしたが、どうしても伝えたかった感謝の気持ちでしたからきっと彼女も快く受け取ってくれるはずだと思って送りました。

メールを送信してから丸一日が過ぎた今現在、彼女からの返信はまだありません・・・。

悔しいけど、でも仕方がない。もう自分が彼女に何かを望むべくもない状況にあるのは知っているから。

送別会をセットしようとした時「25日以降は忙しいからダメ」と言われた。ならば4月に入ったら?と提案したら「就職が決まるかどうか分からないから、まだ予定が立てられない」と受け流された。でも、「もう連絡しないで」とは言われていない・・・。

待ちましょう、4月になるまで。転職を控えて彼女にとって今は一番重要な時期だし、それを邪魔してまで会いたいというのは自分の本意ではないですから。

おそらく、4月に入ってからも彼女の方から連絡してくれる事はないでしょう。ならば、自分からすればいいんです。「久しぶりだね」「元気だった?」「就職は決まった?」。そうやって何気なく電話で話すればいい。そしてまたそこで「飲みに行こう」と誘えばいい。もしそこでダメなら、またしばらく間を置いて次の機会に。そこでも再び断わられたらまた間を空けて次の機会に。

ストーカーのように付きまとうような事はしないけど(汗)、彼女に告白のチャンスを貰えるまでは、絶対に諦めません。

求めるのは、結果じゃない。ただこの気持ちを、溢れる想いを伝える事だけ。この片想いに、ケジメを付けたい。その後に残るはずの「何か」を、自分は確かめたいのです。そんな自分の自己満足のために彼女の時間を割いてもらうのは本当に気が引けてしまうけれど、たった一度のわがまま。それ以上は、求めません。

明日からはまた仕事もしっかり気持ちを切り替えてまた頑張ります。しっかりとやるべき事もやらなけりゃ結果は付いてくるはずもないですからね。自分は自分の成すべき事を成し、あとは「その時」の訪れを祈り、待つのみです。

いつも応援や励ましのコメントを下さる皆さん、本当に、心から感謝しています。ありがとう!まだまだカッコ悪くダラダラと片想いをやっておりますが、もう少しだけ見守っていてやってください。どうぞよろしくお願いします。
本当に短かった昼休みを終え、自分と彼女の二人はまた再び何事もなかったかのように仕事に戻りました。

餞別の受け渡し以外は当たり障りのない会話に終始してしまい、言いたいことの半分も言えなかった。なんだか大きなものが胸につかえたままのようでした。

もっと一緒にいたかった、もっと話をしたかった、今日で最後なのに・・・。そう思っても、もう後の祭り。成す術はなし。閉塞感に居ても立ってもいられない心境に追い込まれながら、やはり考えるのは彼女のことばかり。

あの心地よい陽射しのような笑顔も、全てを癒す微笑みも、透き通った瞳も、明日以降は全て遠くに行ってしまう。寂しいというより、それが現実なんだと受け入れられず一人葛藤する自分がそこにいました。

そしていよいよ終業時間。残業を強いられていた自分は先に退社する彼女をロクに見送る事もすらできず(涙)。それでも何とかオフィスを抜け出した自分は今まさに会社を出ようとする彼女を見つけ、肩を叩き「お疲れ様。元気でね」と声を掛けるのが精一杯。それが今日、彼女を最後に見た瞬間でした。

いつもは仕事が終わってからも同僚と話をしたり、他人の残務処理を手伝ったりと、なかなか退社しない彼女が今日に限っては先を急ぐように帰って行った。もしかしたら「彼氏」と打ち上げパーティーの予定でもあるのか?さっき送ったメールもまた例によってまだ返事がないし、きっと今頃は彼氏と一緒に・・・と勝手に想像する自分(汗)。でもイイんだ、もう今更そんなことは、どうだってイイんだ。


きっと彼女に会うのは、今日が最後じゃない。またきっと会える。約束したじゃないか、「再就職が決まって落ち着いたら、今度こそ一緒に飲みに行こうよ」って。渋々だったかもしれないけど「そうだね」って、ちゃんと返事してくれたじゃないか。だからきっと、また会える。

今日言えなかった言葉も、聞けなかった問いも、伝えられなかった想いも、またその時に彼女にぶつければいい。彼女はまたきっと、会ってくれる。そう信じよう。

その時にこそ、自分の全ての「想い」を彼女に伝えよう。本当に大好きだから、君が必要だから、そばに居て欲しいんだ、って。

きっと想いは届く。そしてきっと彼女はその想いに応えてくれる。「彼氏がいる」なんてことは実は単なるウワサだって気付く。今までの苦労や悩みはまるで幻であったかのように一気に全て消え去り、自分は彼女と二人三脚で新たに幸せな人生への一歩を一緒に踏み出すんだ。あの輝く笑顔の隣で・・・。


これが夢物語に聞こえても、自分には今、それを信じる以外に選択肢はないのです。今感じる辛さや切なさは、最後の最後で報われるための「布石」なんだと。

信じることが報われない事も数多くあるのは百も承知。むしろ、自分が信じ、そして思い描いた通りに事が運ぶことの方がきっと少ないんでしょう。例え夢物語でも、それが「きっと現実になる」信じることさえ放棄してしまえば、もうそれは決して手の届くものではなくなってしまう。信じる事をやめない人間だけが、きっと最後に笑えるんだと思うから。

客観的に見れば、こんな絶望的な状況にありながら敢えてまだ告白する事に固執するのは、バカらしく見えるかも。でも、自分は最後まで信じる事を放棄しません。最後まで信じ抜いて報われなくても、そこに後悔はない。そしてきっとそこから何かを得て、成長できるはずです。

彼女とは明日からしばしのお別れ。でも決してこれで終わりじゃない。我が「片想いストーリー」は、もう少しだけ続きます。
今までの彼女との思い出やら今後の行方などをゴチャゴチャと考え過ぎて、昨晩はほとんど眠れず(汗)。今日は真っ赤になった眠い目をこすりながらやっとの思いで出勤しました。

会社についてまず目に入ったのが、社員全員の名前が入った出勤簿から、彼女の名前が外されていたこと。いつもあるはずの物が、もうそこにはない。そう、今日を最後に、明日からもうこの会社で彼女を見る事はないんだという現実がいきなり目の前に入り、朝から陰鬱とした気分になってしまいました。

出勤してまもなく、彼女に会いました。昨日、衝撃のウワサを耳にして(信じないけど!)未だショック状態の自分の心の中など、当然彼女は知る由もなく。普段どおり「おはよう」の挨拶を交わしました。

普段であれば、そこで一言二言でも何気ない会話を交わすはず。しかし今日に限っては、何を話していいか分からない。彼女と一緒にこの会社の中にいるという限られた時間が刻一刻と過ぎていくことへの焦りばかりが先立ち、逆に何もできずにただ彼女の姿を見送る自分がそこにいました。

当然、仕事なんかに身が入るはずもありません。仕事をしてるつもりでも、心は上の空。目線は常に彼女ばかりを捜し求め、もう二度と見ることのない会社内での彼女の姿を少しでも目に焼き付けておこうと必死でした。

同時に、寂しさとも悲しさともつかない切ない感情に胸を締め付けられ、彼女の姿が目に入る度に流れ落ちそうになる涙を必死で堪えていました。

彼女と一緒の最後の昼休み。残務に追われていた彼女は20分遅れでの休憩入りとなり、時間もないので仕方がなく一緒に近くのコンビニに買出しへ。その後急いで社に戻り、ラウンジで最後の時間を一緒に過ごしました。

話したいことは山ほどあるはずなのに、言葉が出ません。何だか、全てを言おうとすると同時に涙まで出てしまいそうで・・・。でも我慢!今日は、今日だけは笑顔で彼女を見送ってあげるんだって、決めていましたから。


「長い間、お疲れ様でした。早く良い転職先が見つかって決まるといいね。応援してるから、頑張れ!就職が決まって落ち着いたら、二人で飲みに行こうよ。」搾り出すように、そして精一杯の笑顔で彼女にそう告げると、昨日買いに行った餞別を渡しました。

餞別は、四葉のクローバーとナナホシテントウ虫(どちらも「幸運を」の暗示)の刺繍が入った携帯ストラップ。高い物でもないし、派手な物でもない。決して大げさではないけれど、自分なりに彼女への気持ちをしっかり込めたつもりの贈り物。それを受け取った彼女は「ありがとう」と言うと、すぐに自らの携帯にそのストラップを結んでくれました。「これで、グッドラックだ」。そう言いながら笑った彼女の笑顔は、決して忘れることはないでしょう。
ついに明日を最後に、彼女は会社を去ります。来るな来るなと思っていたその日が、いよいよ目の前にやってきてしまいました。あとはせめて笑顔で彼女を送り出そう・・・そう思っていた矢先の今日、衝撃の事実が自分の耳に入ってたのです。

いつもの会社の午後。自分は同僚(男)と一緒に遅い昼食を取っていました。遠くには仕事をしてる例の彼女とその女友達の姿が。それは自分がそれを遠目に見ながら同僚と、彼女達の何気ないウワサ話をしていた時の事です。



自分「あの二人って本当に仲イイよねぇ。」

同僚「そうッスね。週に3回は一緒に飲みに行ってるらしいッスよ。」

自分「ああそうなの。でも男の話は聞かないけど、どうなんだろうね?」

同僚「A子(彼女の友達)は今イイ人がいて必死に追いかけてるらしいすよ」

自分「へぇ。何でお前そんなこと知ってんの(笑)?じゃあさ、B美(例の彼女)の方はどうなんかなぁ?」

同僚「ああ、アイツはけっこう長い間付き合ってる彼氏がいますよ


・・・・!!!



時間が止まるとは、まさにこの時のような事を言うのでしょう。体が凍りつき、震え始め、同時に自分の中で何かが音を立てて崩れていくような感じがしました。

この同僚は自分より年下。でも勤務暦は彼の方が長く、それだけ例の彼女の事についても自分より詳しかったというワケ。その後もこの同僚と少しだけ彼女についての話をしましたが、もう既に自分の頭の中は真っ白。その彼氏はどうやら会社内の人間ではないということだけ聞くのが精一杯でした。

同時に、今までバラバラだったパズルが自分の頭の中で組みあがっていったのです。


映画に誘った時にOKの返事が来るまでに3日もかかった事も、彼女の右手の薬指の指輪も、たまにお台場のプレミアシートで映画を見ているという話も、メールや電話になかなか返信がない事も、そして送別会の実施をなんとなく避けている事も、これで全てが説明がついてしまう…。そう、「彼氏の存在」。今まで自分の中で恐ろしくて閉じ込めていた最大の懸念が、ついに現実のものになってしまった・・・。


嘘だ、そんなの嘘だ。信じたくない、信じられない。やっとここまで来たのに、昨日「送別会」の話を無碍にされても、もう少しだけ自分を信じて頑張ろうって奮起した矢先じゃないか。

こんな話、聞きなくなかった。彼女が辞めてしまう日を明日に控え、雨の中彼女への餞別を買いにも行った、激励のメッセージも考えた、そして明日は笑って希望を持って送り出そうと思ってたんじゃないか。

なぜ、今日になってこんな話が自分の耳に入ってきてしまうのか。何気ない噂話をしてた、ただそれだけなのに・・・。あまりにも残酷なこのタイミング。ここまでか?この恋愛は、今日これでもう終わりなのか・・・?


いいや、まだだ!まだ彼女の口から直接「彼氏がいる」って聞いたわけじゃない。同僚のただの勘違いか、または単なるウワサ話かもしれないじゃないか。もう99.9%の確率で希望は失われてしまった。でも、残り0.1%でもかすかな可能性が残っているなら、自分はそれに賭けてみたい。

ここで何もせずに諦めてしまったら、今までと何も変わらない。自分には何も残らない。同僚の話は事実かもしれないけど、彼女の口から真実を聞くまではほんの少しの希望を信じてみたい。

これまでゆっくりだけれども、真っ直ぐに、そして地道に彼女との関係を築きき上げ、距離を縮めてきたじゃないか。二人で一緒に映画も行った、ようやく気兼ねなく話せるようになった、実家にも来てもらった、車で送ってあげた・・・。そうだよ、良い材料もある。だから自分は、まだ諦めない!

ここまで来たら最後の最後まで信じてみよう。彼女を、そして今までの自分を。結果的にそれで自分がバカを見る事になっても構わない。それでも彼女には、自分を「賭ける」だけの価値があるって、それほど素晴らしい女性なんだって信じてるから。

元はと言えば、これまで彼氏の存在の有無の確認を怠ったのは、明らかに自分のミス。事実をしろ事を恐れた自分の「臆病さ」に対する報いが、たまたまこのタイミングで来たってだけです。だから自業自得。

自殺行為だと言われてもいい。下らない意地だと笑われてもいい。全てを捨てて泥にまみれよう。涙を流すのは、全てが終わった後でいいんだ。

まだ希望はある!自分の口から気持ちを伝えるまで、彼女からハッキリと答えを聞くまで、絶対に、絶対に自分は最後まで諦めないぞー!
非常に残念な記事を書かなくてはなりません。「今週こそ!」と意気込んでいた告白ですが、無期限延期となってしまいました・・・。

今日の朝さっそく彼女に会うと、向こうの方からこの話(送別会の日程)をしてきました。その一部始終はこうです。


彼女「メールありがとう。返事返せなくてごめんなさい」

自分「いいんだよ。忙しかったんだろ?それよりどう?明日か明後日の夜は、空いてるかな?」

彼女「う~ん、ちょっと厳しいかな。今日なら空いてるんだけど。」

自分「今日って、いきなり今日?今日は俺が3年ぶりに会う友達と約束があってダメなんだよ。そうか、残念だな・・・。」

しばし沈黙。重苦しい空気が流れる。

自分「25日以降は、ダメだって言ってたよね?じゃあ4月に入ってからならどうかな?」

彼女「4月以降の予定はまだ全く分からないんだ。それまでに就職が決まるかどうかも分からないし」

またも沈黙。

自分「そっか、仕方がないね。じゃあ4月に入ったらまた連絡するよ。」

彼女「お願いします。」


こんな感じで彼女とのやり取りは終わりました。

2度も電話を掛け、留守電も残し、メールも送って、3日間も返事を待ち続け、フタを開けてみれば返事は「忙しいからダメ」・・・。さすがに落ち込みましたよ(涙)。

今までの彼女の態度から推測して、4月になってからも向こうから連絡してきてくれる可能性は限りなくゼロに近い。かといってこちらがあまりにしつこく「会おう会おう」と誘っても、逆に引かれてしまうだけ・・・。いっそのこと明日か明後日の会社の昼休みにでも告白するか?イヤ、それはあまりに無作法。まさに八方塞がり、打つ手ナシです。

25日以降は一日も暇がないというのも、にわかには信じ難いですし。だって、別に丸一日使ってデートしようというわけではなく、夜のほんの2~3時間だけ使って送別会をしようというだけ。それなのに「一切ダメ」と言い切られてしまうということは、やはりこれは彼女なりの自分の想いに対する「答え」なのかもと思ってしまいます。

ここまで自分なりに精一杯努力はしてきた。後悔だけはしたくないから一切の妥協もしなかった。でも最後の最後で、告白のチャンスすらもらえないのか・・・。どうしようもない無力感に苛まれ、情けなくて、悔しくて、人知れず会社のトイレで泣きました。

でも、冷静になって考えてみれば我ながらちょっと自分勝手だったかもと思います。

「告白したいから会いたい」というのはあくまで自分の勝手な都合。彼女にとっては転職を控え、就職活動に奔走している今はいわば人生の岐路とも言えるようなとても大事な時期なわけで、そこに赤の他人である自分がその都合を押し付けるのはあまりに身勝手というもの。それに、もう二度と会えないというわけじゃないし。まだほんのかすかにだけど、希望は残っているから。

だから、まだ負けない。まだ挫けない!今までも気持ちを吐き出すのを我慢して耐えてきたんだから、また更にもう少しだけ耐えてみよう。逆に4月になったら会えるかもっていう希望があった方が、自分も頑張れる。このブログを読んでくださって、応援や励ましのコメントを送ってくださる皆さんの為にも、自分はまだここで諦めるワケにはいかないんです!

4月になれば、きっとまたチャンスはある。今はそう固く信じるしかないんです。それまで、自分は自分の成すべき事に全力を傾けるだけ。あとはもう、祈るしかありません。

結果なんてどうでもイイ。ただ一つ、気持ちを伝えるチャンスだけ。それだけが欲しい。神様、どうか自分にチャンスを下さい!お願いします。