京都画像クイズNo.112の答え | 菊蔵の「旅は京都、さらなり」(旅と歴史ブログ)

京都画像クイズNo.112の答え

蔵出し京都画像~京都画像クイズNo.112は、平安時代に創設された画期的な機関の問題でした照れ

 

 

 

 

 正解は

 

 

 

 

京都市の駒札が殆ど消えているので、ほぼ同じことが書かれている「京都観光オフィシャルサイト京都観光Navi」から


綜芸種智院は、「弘法大師空海」が天長五年(828)に創設したもので、平安初期の私立学校として注目される。当時の大学・国学(国立学校)への入学については厳格な身分制度があり、一般民衆が学問を志すことは非常に困難であったが、同院はこういった人々のために設立されたものである。用地は藤原三守(ただもり)が九条邸を提供し、これに充てた。同院では、内典(仏書)・外典(儒書)の講義を行い、種智(仏道・真理を究めようとする心)への到達を図った。その制規は、空海自筆の講義を「綜芸種智院式」で知られる。このように、当時としては画期的な理想の下に創建された同院であったが、承和二年(835)に空海が62歳で没して以後、後継者を得ず、廃絶した。なお、現在の私立種智院大学(京都市伏見区)は、同院の伝統を引き継いで設立されたものといわれている。




正解は、平安時代初期の画期的な教育機関

 


綜芸種智院(跡)


土地を寄進した貴族・藤原三守も正解です。


場所は西九条池ノ内町


八条通油小路の交差点から、南へ一本目の道を東寺方面に歩いて行くとありますニヤリ

 

 

駒札の立つ場所には西福寺があり、西福寺も正解としますウインク


解答を寄せられた皆さん、おまけも含めて全員正解です爆笑


西福寺は、京都観光Navi によると、浄土宗寺院のようですが詳細は不明ですショボーン


 

綜藝種智院蹟の石標


 

弘法大師御自作 安産石薬師如来の石標



さて、種智院跡の北の道。画像の道を油小路から西へ

来たわけですが、この道は平安時代の小路になります。


 

 

 

八条大路の南の小路は「針小路」。以前レンタル自転車で西寺跡辺りを走っていて気づいて、残っているんだと感心した覚えがありますウインク


針小路を西へ向かうと大宮通の先に東寺。その手前のある場所も画像に収めましたびっくり


それは未公開画像編でてへぺろ


デラックスデラックスラブ