京都画像クイズNo.25の答え | 菊蔵の「旅は京都、さらなり」(旅と歴史ブログ)

京都画像クイズNo.25の答え

京都画像クイズNo.25に多くの解答をお寄せいただき、ありがとうございます照れ
 
 
今回の問題は京都検定を受けられた方は3枚の画像で正解が浮かんだと思います。
 
特にヒント画像にした
 
 
松平定信爆笑
 
1番目の画像(法雲院)で分からなくても、御所の画像と松平定信で分かったかなと思います。
 
以下京都検定公式テキストから
 
「天明八年(1788)の大火後、いちはやく幕府は老中松平定信に内裏造営を命じた。この時の工事は寛政元年(1789)から翌二年にかけて行われたが、定信は、当時の著名な有職故実家裏松固禅(光世)が作成した『大内裏図考証』に基づき、古制にならって復元した」
 
正解は、裏松固禅(光世)でした。
 
解答を寄せられた皆さん、全員正解でした爆笑
 
1番目の画像は法雲院。
 
 
 
龍臥山 法雲院
 
 
法雲院
 
右京区太秦蜂岡町にある臨済宗永源寺派の寺。龍臥山と号す。本尊千手観音。寛文元年(1661)烏丸資慶が永源寺住職如雪の委託をうけて創建。勧請開山は永源寺中興一絲文守。資慶の祖父光広を改葬し、寺名を光広の法号から法雲院と定め烏丸家の菩提寺とした。ほかに「大内裏図考証」を著わした裏松固禅らの裏松家の墓、勘解由小路家の墓などがある。
 
観光寺ではないから、こちらが裏松家の菩提寺と知っていた人は少ないかなキョロキョロ
 
因みに、固禅は烏丸家から裏松家に養子に出ていますびっくり
 
 
 
 京都検定を受けられた方は定番中の定番だから、答えは画像のみで出たはずウインク
 
ただ、これから受けられる人は(2・3級限定)、引っかけ問題には注意ですキョロキョロ
 
テキストにはさらに、「この時の殿舎は安政元年(1854)に焼けるが、翌二年、幕府は先の寛政度にならって再興した」とあります。「現在の御所」は安政期の再興ですから、寛政期を選ぶと間違いになりますショボーン。この時は必ず「現在の御所」とあるはずですから、慌てず選んで下さいウインク(第四回の2級で出題されたと記憶していますが、今後3級で出題されるかも。また、間違い探し問題で「現在の御所」は寛政年間で引っかけにくるかも)
 
 
最近の1級は、私が合格した時より格段にレベルが上がっているので、裏松固禅から、答えが「宝暦事件」になる問題が出題さるるかもしれませんえーん
 
 
参考文献
 
『京都大事典』(佐和隆研・奈良本辰也・吉田光邦ほか 淡交社 昭和五十九年)
 
『増補版 京都・観光文化検定試験公式テキストブック』(監修 森谷尅久 淡交社 2010年初版)