謎の文書 poor work 4-17 | 悪魔で個人的な物語

悪魔で個人的な物語

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「はい上がり! また私の勝ちね」
「……くそぅ」
 目下五連敗中だが、俺の中では一つの可能性に辿り着いていたので、ある意味に置いては勝利に等しい成果を上げていた。
 夜が元に戻った理由を改めて考えてみたんだ。
 告白して、ふられたから。
 その根幹にある感情は、心の痛み――即ち、傷付くということ。
 傷付けることが俺の力を解く鍵なら、夕梨香が元に戻ったのも納得がいく。
 全裸を晒していたのに、俺が他の女の子の裸を思い浮かべていたからだ。自分でも反省すべき最低な態度だったが、結果的にそれが功を奏した。
「どうする? まだやる?」
「……いや、もう良いよ。降参だ」
「ふふーん」
 どや顔で立ち上がった夕梨香は、満足げに部屋を出て行った。
 ちなみに、本気の勝負だったら俺は一度も負けていない。
 何故かって?
 夕梨香の奴、たったの一度もUNOと宣言しなかったんだ……。
 そんな残念な夕梨香はともかく、これで雪音を待つのみとなった訳で。
 また眠っている内に不意打ちを食らわされてはひとたまりもないので(雪音がそんなことをするとは思えないが念のため)、バッチリ目を覚ましておかなければ。
 眠っている隣子でも悪戯してやろうかと布団を捲ると――
『……』
「起きてる!?」
 恨めしそうに、憎らしそうに俺を睨み付ける隣子と目が合ってしまった。
『隣であれほど騒がれれば――誰であろうと目が覚めるわ!』
「そりゃそうか」
『全く……どこまでも儂を蔑ろにしおって』
「それは自分で選んだ結果だろ? 隣子が見られたくないって言うから説明しなかったんだし」
『それはそうなんじゃがの……。傍に居るのに話せないというのは存外窮屈での』
 口を尖らせて不満を垂らす隣子。
 気持ちは分からないでもないが、本人が見られたくないと言っている以上俺にはどうすることもできない。
「……もうすぐ雪音が来ると思うけど、どうする?」
『繋はどうして欲しい?』
「俺? そうだな……」
 雪音とは多分、夜と夕梨香のときみたく騒がしいことにはならない。
 俺がちゃんと返事をして、それで終わり。
 そのためには――
「大人しくしてて欲しい、かも」
『……本当に良いのか? 儂が消えればあのおなごを傷付けることもないぞ?』
「その話はするなって言っただろ。これから俺が抱える罪悪感は、別に特別なものじゃないんだから」
 そうとも。告白してきた女の子をふる罪悪感なんて、色んな女の子に告白されるイケメンなら誰しもが抱えている。
 俺が唯一特別なのは、力を使ってしまったこと。けどこれに関しては、関係をゼロに戻して一切使わないようにすれば、気にする必要はなくなるんだ。
 ――きっと。
『……来たようじゃな。健闘を祈っておるぞ』
「え――。ま、任せろ」
 男らしく返すはずが、どもってしまった。
 隣子は軽く溜息を吐きつつ布団に潜り、俺は落ち着いて深呼吸を数回繰り返す。
 ようやく胸の鼓動が収まったと思った瞬間、控えめに扉が開かれた。
「お、お邪魔します」
「い、いらっしゃひ」
 雪音は入ってくるなり、俺から少し距離を置いて床に座り込んだ。
 ……雪音も大概だが、俺も俺でぎこちないな。雪音を前にしてここまで緊張するのはこれが初めてかもしれない。
「「……」」
 気まずい!
 なるべく早く決着を付けるつもりだったが、唐突にごめんなさいする訳にもいかない。
 どうにかして会話の糸口を掴まなければ。
 お、お茶を出すのは変だよな。そもそもここは俺の部屋であってリビングじゃないし。
 ……仕方ない。この状況で他の女の子の名前を出すのは気が引けるが、夜と夕梨香の話なら自然なはず。
「一応、夜から聞いてはいるんだけどさ。三人でどんなこと話してたの?」
「……繋さんを籠絡する方法について」
「へ、へぇ」
 あいつ等なりの計らいなんだろうけど……わざわざ煽らなくてもいいのに。でも確かにこの様子なら、もう一度雪音からアタックが来る可能性は高い。そのタイミングならごく自然に返事をすることができる。
「わ、私からも聞いて良いですか?」
「うん」
「私が来る前に、よっちゃんと夕ちゃんが来たと思うんですが……どんなお話しをされたのでしょうか。ぐ、具体的に」
「な――」
 何ぃぃぃぃぃ――――――――!!
 そんなの言える訳ないじゃん! しかも具体的にって何だ!? 明らかに言いづらいことがあったのを察知しての発言じゃないか!!
 え……これって羞恥プレイ? 恥ずかしい台詞を俺の口から敢えて言わせることで、雪音は嗜虐心を満たすつもりなの?
「ほ、本人達から聞いてないの?」
「探りを入れてくる、としか……。帰ってからも、遊んじゃったとだけ」
「成る程……」
 どっちも間違いじゃない。
 探りを入れてくるというのは、上に『雪音のために』が付いているんだろうし、遊んでたのだって嘘じゃない。UNOやったもん。
 色っぽい出来事があったと疑いを掛けられているのは確実だが、真実を隠して別の真実を伝えればこの場は回避できる!
「具体的に、だったよね」
「は、はい」
「夜のときは、突然お腹に乗っかられて起こされて。これから夕梨香と雪音が順番に来るって聞かされて、何が何だか分からずに夜が持ってきたUNOで遊んで、帰った」
 嘘は言ってない。嘘は言ってないぞ!
「……………………そう、ですか」
「次に夕梨香だけど。来るって聞いてたのにすっかりど忘れしちゃってた俺はここで寝てたんだ。そこに強烈なキックをお見舞いされて起きて。やたらと夜に対抗心を燃やす夕梨香は、UNOで俺を散々負かした後満足そうに帰ったよ」
 どうだ。ちょっとだけ作ったけど、ほぼ真実だ!
「……………………」
「えっと……雪音?」
 突然黙り込んでしまった雪音に、俺は不安を覚えた。
 やれやれ……あくまでもシラを切るおつもりですか、とでも言われているようで怖い。
「もう一つだけ聞いても良いですか?」
「え? う、うん。勿論」
「私がお風呂から上がる前は……三人でどんなお話しをされていたのですか」
「――」
 ま、まさかそっちを掘り返されるとは……っ。
 まずいぞ……あのとき夜が素っ裸だったことは雪音に知られているんだ。どんな言い訳をしても苦し紛れに聞こえてしまう。
「お、覚えてない」
「えぇ!?」
「あ、いやその……途中までは結構まともに話をしてたんだ。主に雪音とのことについて色々聞かれたりして。けど唐突に夜が脱ぎだして……」
「……」
「思いっきり裸を直視してしまって……そこからの記憶が飛んでしまったんだ」
 なんてハチャメチャな理由だよ。お酒が入っていたわけでもなし、そう簡単に記憶が飛ぶわけないのに。
 でも仕方ない。あのときの会話内容は『俺が雪音をどうふるか』だったから。
 口が裂けてもこれだけは言えない。
「夜ちゃんの裸は……見たんですね」
「は、はい……」
 ついでに言うと夕梨香の裸もバッチリ見ました……。

「なら――私の裸も見て下さい!!」

 そう宣言した雪音は、まるでボディビルダーが筋肉でTシャツを破るような気合いの入れ方をして立ち上がった。
「何で!? 何でそうなるの!?」
「見たくないんですかっ」
「えええええ!?」
 そんな分かりきった質問、男にするか?
 とにかく雪音を止めなければ!
「落ち着いてくれ! もっと自分を大切にっ」
「駄目です! よっちゃん達のアドバイスを無駄にする訳にはいかないんです!!」
「アドバイスって……籠絡する方法ってやつか? 一体何を吹き込まれたんだよ」
「繋さんは、女の子の裸が好きだって!」
「それは俺に限ったことじゃない!?」
 煽るにしても、こんな強引な煽り方があるかよ! あの二人……明日になったら覚えておけよ!
「頼むから脱がないで! そんなことしても俺の答えは変わらないから!! 雪音が損するだけだから!!」
「……え?」
「あ――」
 勢いに任せて口走ってしまったが、今の言い方だと俺の答えがNOであることを悟られてしまうじゃないか……。
 何やってるんだ俺は……っ。
「ち、違っ――」
 いや、違わない。ここで誤魔化しては駄目だ。
「……」
「それが、繋さんの答えですか?」
「っ……ごめん」
 俺の言葉を聞くや否や、雪音はスイッチが切れたようにその場に崩れ落ちてしまった。
 うぅ……胸が張り裂けそうな想いってこういうことなのか……。
 相当雪音は傷付いたはずだけど、果たして俺の力は消えたんだろうか。
「――」
 ぼ、茫然自失だ……。どうすれば良いんだ……。
「……」
「――繋さんっ」
「!? は、はい!」
「私――二番でも三番でも良いです!」
「……は?」
 正気とは思えない雪音の発言に、俺は思わず聞き返してしまった。
「二人のおまけだと思ってくれて構いませんから!」
「二人って……夜と夕梨香のこと?」
「……」
「違う。別に二人と付き合ってるとかじゃ」
 というか二股だと思った上でおまけでも良いとか……何かおかしくないか? 羞恥心を無くすよりもまずい方向に俺の力が作用している気がする。
 これはもう、病的と言って良い。
「何でしたら、こ、恋人じゃなくても良いです」
「え……? 何を言い出す気――」

「愛人でも……え、えっちな関係だけでも!」

「っ――!!」
 反動的に俺は――雪音の頬を張ってしまった。
「――あ、あ」
「二度とそんな馬鹿なことは言うな!!」
「ご、ごめんなさ――、ごめんなさいっ」
 逃げるように部屋を飛び出す雪音。
 残された俺は、ようやく我に返った。右手の痛みに気付いたと同時に、自分が犯した罪深さも自覚し始める。
 女の子に手を上げてしまった。
 雪音を殴ってしまった。
 協力してくれていた夕梨香と夜の信頼も、完全に裏切ってしまった。
 ――全てを失った。
「あぁ……」
 俺は胸を掻き抱くようにうずくまり、そのまま微睡みに逃避した。
『……』