彼の声 2024.6.26 「思い込みと勘違い」 | 彼の声

彼の声 2024.6.26 「思い込みと勘違い」

voice-163

 現状の中で何をするのが損で何をするのが
得かと考えたところで、そこでそう考えてい
ること自体が、すでにそんなことをやろうと
する意図や思惑があるのだから、いつ思いも
よらぬことが起こって、それが起因してそん
な意図や思惑が裏切られるとも限らないし、
そんな意図や思惑を抱いているのを敵対的な
他人に悟られてしまえば、必ず妨害されてそ
うならないようなことを仕掛けられるとも、
そうならないように仕向けられるとも限らな
いが、社会の中で暮らしていれば、絶えず敵
や味方や仲間や家族や友人や仕事関係者や無
関係な第三者などとの間で相互作用が及ぼさ
れている中で生きているわけだから、こうす
れば得になるとか、そんなことをやると損に
なるとか、ある程度は目星がついていても、
その場限りでは得なことかも知れないが長い
目で見ればそうではなくなるかも知れないと
か、自分が多少の損害や損失を被ってでも他
人を助けなければならないとか、その場の事
情や経緯から否応なくやらなければならない
ことが生じてくると、とりあえずそれをやっ
てみてからその後の経過を見ないと、損か得
かなんて一概には言えないことであれば、自
己中心的に自分の都合だけで行為や行動や言
動を選べなかったりもして、自分のやってい
ることも他人のやっていることも、都合の良
し悪しや損得から判断したところで、その判
断が他の誰の立場や境遇でも同じように当て
はまるわけでもなく、必ずしも自分だけが良
くても、あるいは自分の身内や家族や仕事上
の利害関係者が良くても、その場では良いか
も知れないし、法律上も何の問題もなくても、
やった後から思いがけないところから問題が
生じてくるかも知れないし、しかもそれが自
分ではどうすることもできない問題になって
しまうと、その場の良し悪しや損得だけで行
為や行動や言動に及んでしまったことを後悔
するかも知れないし、後悔しなくても何とも
思わなくても構わないようなことだと感じて
いるのに、その人の気づかないところでその
人の間違いや不手際に周囲の人々が気づいて
しまえば、その人にとっては自業自得気味に
不利な状況を招いていることになってしまい、
しかもその人が死ぬまで気づかないなんてあ
りそうなことかも知れないから、根本的なと
ころでその人の思惑に基づいた損得勘定や都
合の良し悪し自体がそれほど確からしいとも
言えなくなり、一概にこうするのが正しいと
かこれで大丈夫だとは言えないような状況の
中で活動していれば、自分の都合に基づけば
その場の成り行きに応じたことをやっている
つもりでも、なぜかそれが結果的にはその場
の成り行きに逆らっていることになってしま
えば、結果的にやっていることがうまく行か
なくなるかも知れないし、あるいはうまく行
かないことをやるのがその場の成り行きに沿
ったことであるかも知れないが、自分がうま
く行かないから他人がうまく行く成り行きな
のかも知れず、その逆もあり得るが、結果か
らその場の都合に合わせて暫定的に良し悪し
や損得が明らかになることもあるだろうが、
それが自らの信念や信じている価値判断に基
づいたことをやった結果であるなら納得でき
るかも知れず、逆にそれを裏切るような結果
がもたらされて自信を失い、それがきっかけ
で信念や価値判断を変更せざるを得なくなる
かも知れないし、そもそも定まった信念や価
値判断など生じてこないような絶えず価値や
正誤が変動する状況の中で生きているかも知
れないが、やる前から何が良くて何が悪いか
がわかっていればそれほど思い悩むことも後
悔することもなく、その信念や価値判断が時
代状況に合わないまま、そのおかげで自身が
ひどい境遇に陥ろうとも、それで構わないな
らそういうことでしかないが、他人がそうな
っているのを見ても何とも思わないなら、他
人事だから何とも思わないのかも知れないが、
そんな他人事ばかりに囲まれているわけでは
なく、メディアからそんな他人事がひっきり
なしに伝わってくるから、そんな他人事に目
を奪われているうちに自分もそうなっている
ことに気づけなくなっているとも思えないの
だが、自分もそうなっているとは思えないか
ら、それが自らの愚かさや間違いに気づけな
いことを証しているわけでもないとは思いた
いが、たぶん自分も他人もそれほど差異があ
るとも思えないから、他人の愚かさや間違い
に気づいているなら自分の愚かさや間違いに
も気づいていて、そんな愚かさや間違いとは
逆の賢さや正しさにも自惚れも多少はあるに
しても気づいているのかも知れず、この世界
では自分も他人もその程度の存在であり、無
理に自分と他人の差異を際立たせる理由も都
合もなければ、その程度で済んでしまうこと
だと思っているのだが、では自分が良し悪し
や損得を判断する上で何が重要であり何が必
要だと思っているのかといえば、その場の成
り行き以外に何かこだわっていることがある
かというと、にわかにはこれといって思いつ
かないと嘘をつきたくなってくるのだが、た
ぶん確実だと思うようなことではなく、それ
なりに誤った思い込みや勘違いに基づいて行
為や行動や言動が繰り出されて、その都度誤
りに気づいた範囲内でそれなりに軌道修正が
施されてもなお間違っていることを自覚しな
がらも、なぜか間違ったことをやっているか
ら、結果的にはそれで構わないようなことに
なってしまうと、自分の間違いを正当化した
くなってしまうのであり、開き直ってそれが
正しい行いだと言いたいわけでもないから許
容できる範囲内の程度で誤りや過ちや間違い
が含まれている方が安心できるわけで、その
逆に完全無欠で正しいことをやっているよう
な人たちこそが、否定的な意味でヤバいこと
をやっているような気もするから、できれば
そうならないように用心しながらも、絶えず
誤りや過ちや間違いを受け入れながら生きて
いるのかも知れない。

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