彼の声 2024.2.13 「出来事とその解釈の連携」 | 彼の声

彼の声 2024.2.13 「出来事とその解釈の連携」

voice-161

 現実に起こっていることがそれについての
解釈を生じさせるから、現実に起こっている
こととそれについての解釈が結びついている
のはわかっているが、そんな解釈が現実に起
こっていることから影響を受けて生じてくる
のも確かで、だからそんな解釈も含めて起こ
っていることが現実に起こっていることには
違いないわけだが、それを解釈することによ
って何をもたらそうとしているのかといえば、
解釈する者が現実に起こっていることからも
たらされる影響を制御しようとしていると理
解するなら、そんな解釈を見たり読んだりす
る人の意識を解釈する者にとって都合の良い
傾向になるように誘導したがっていると解釈
したくなってくるが、だからといってそんな
解釈に騙されるなとか洗脳されるなと警鐘を
鳴らさなければならないとは思えないなら、
そんな解釈でも構わないと思っていて、構わ
ないどころかそう解釈してもらった方が都合
が良いと思うなら、解釈している者と意見や
利害が一致していることになりそうだが、解
釈者にとって都合が良い以前に、その解釈に
納得してもらわないと信じてくれないだろう
から、できるだけ世の中の多くの人々が納得
して信じてもらえるような解釈の内容にした
いと思うのが、普通のごく一般的な解釈者の
態度や姿勢となるだろうが、その解釈が及ぶ
範囲が限られてくると、例えば特定の集団内
で信じられている教義の類いに合致する内容
にしておけば、その集団内での解釈者の立場
や地位が保たれるような程度の内容になるだ
ろうから、その集団の傾向が狂信的な差別主
義に凝り固まっていれば、そんな傾向に応じ
た差別主義的な解釈の内容になるわけだろう
が、それが一般の世の中では通用しない内容
であれば、そんな差別的な解釈を吹聴する輩
が一般の人々やメディアから非難されること
になりそうだが、あからさまにそうであれば
わかりやすいのだが、多くの人々が知らない
知識や理論や理屈を持ち出して、支持や賛同
や同調するように説得するような内容になっ
てくると、たとえ持ち出されてくるのが普通
に納得し難い無理筋な屁理屈であっても、言
葉巧みに勧誘する技術が凝らされていると、
浅はかな人なら騙されてしまうから、そうな
るとそれが屁理屈であることを見破ったつも
りの識者などが、〇〇には騙されるなという
論法を用いて注意喚起するような成り行きに
なるだろうが、それが本当に筋の通らない屁
理屈なのか、あるいはちゃんと筋の通った理
屈なのか、さらには専門家によっても意見が
分かれるようなグレーゾーンに入る怪しい理
屈なのかが、専門外の一般の人々にはわから
なければ、判断しようがないが、専門家の間
でも認められた理屈であっても、それを覆す
ような新たな事態が発生するとも限らないか
ら、理屈が現状で起こっている出来事や事態
に適合するかどうかも含めて、それに対して
もっともらしい解釈を施そうとする者の意図
や思惑を押しはかることが肝要だとしても、
自身も含めて世の中の多くの人々がそうした
解釈に影響を受けてしまうとどうなるかも想
像したくなるわけで、それに関して簡単に予
想がつくことは差別的な解釈に多くの人々が
影響を受ければ、実際に差別意識が世の中に
蔓延するだろうが、過去にそういう事態を経
験してきているなら、今も世の中にそういっ
た傾向が執拗に残っているとしても、過去の
出来事からその種の傾向に対してある程度の
免疫ができていれば、一時的にその種の傾向
が再び流行ったとしても過去の一時期ほどに
は盛り上がらないだろうが、それもあからさ
まに差別だと多くの人々が認識できる限りで
そうなるだろうから、その種の差別とは違っ
た傾向を伴うような流行であるならわかりに
くいし、多くの人々が気づかないうちに流行
していることにも気づいていないかも知れな
いから、何だかわからないうちに、多くの人
人の意識がある種の傾向に凝り固まっている
可能性もあるわけで、そういう傾向に影響を
受けているのか、それとも逆にそういう傾向
になるように影響を及ぼそうとしているのか
は、両方とも同時並行して進んでいる事態か
も知れないが、その一つとして最近顕在化し
ているのが、政治的な方面では、国民民主党
の関係者や連合の代表者などがしきりに共産
党を敵視する態度や姿勢となって現れている
傾向で、それを例えば左翼嫌悪症という病名
で表現すればしっくりくるだろうが、自分た
ちの立ち位置がそもそも左翼的な立ち位置な
のに、それを否定して保守本流的なところへ
と接近したくて仕方がないから、否応なくそ
うなってしまうと解釈するのが妥当に感じら
れるのだが、それでも構わないと思われると
したら、彼らが体現している態度や姿勢がそ
もそも保守的な態度や姿勢なのではないかと
思ってしまうのだが、自らがすでに保守の仲
間入りを果たしていると自覚している人々に
してみれば、あんな軽薄極まりない奴らと自
分たちを一緒にされたくないと毛嫌いしてい
るのかも知れないが、その一方で人々が保守
的な傾向になる出来事が何なのかというと、
自分たちが世の中で主流の層に入っていると
いう自覚だろうから、そんな自覚をもたらす
出来事といえば、自らの生活や活動が安定し
て順調に推移していることを自覚している時
だろうし、要するにやっていることがうまく
行っているならそのうまく行っている状態を
できるだけ長く保ちたいという思いが保守的
な傾向から生じる思いであり、現状でうまく
行っていると思っている人が多ければ多いほ
ど世の中が保守的な傾向の度合いを強めるわ
けだろうが、果たして本当にうまく行ってい
るのかということが、最近の日本ではその自
信が揺らいでいるから、こんな世の中は変え
なければ行けないという思いが強く自覚され
るようになってくれば、普通は自然と左翼的
な革新傾向に人々の意識が傾いて行くのだろ
うが、そうなるのを阻んでいるのが現状の世
の中で流行している左翼嫌悪症という病気だ
と解釈したくなるが、実際に左翼嫌悪症に罹
患している人たちは、そんなことはないと否
定したくなるだろうから、そんな解釈は世間
的には認められないだろうし、実際にも誰も
そうは思っていないはずだが、それで構わな
いというか、そういう傾向に批判的な態度や
姿勢になっている人たちは構わないどころか、
そういった傾向を変えなければならないと思
って、しきりにそんな世の中の傾向を覆すた
めの活動に精力を注ぎ込んでいるはずだが、
そんな人たちでも左翼嫌悪症にかかっている
兆しがあるなら、自らが左翼的な立場である
にも関わらず、自身の立場こそが保守だと自
認していて、それこそが左翼嫌悪症の典型的
な症状であるわけだが、そんな自身を保守だ
と自認する左翼嫌悪症の人たちが現状の世の
中を変えられるかというと、たぶん彼らが変
えるのではなく、彼らが変わるのであり、彼
らが何に変わるのかと言えば、新たな保守勢
力へと変わるはずだが、変わったところで左
翼嫌悪症が治るわけでもないだろうから、相
変わらずこれまで通りの保守的な傾向を伴い
ながらも、活動した結果として自家撞着をも
たらすような左翼的な立場からは抜け出せず
にいるのではないか。

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