監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
キャスト:
ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット
ブブケ・アイト・エル・カイド、サイード・タルカーニ、ムスタファ・ラシディ、アブデルカデール・バラ
アドリアナ・バラーザ、ガエル・ガルシア・ベルナル、エル・ファニング、ネイサン・ギャンブル
役所広司、菊地凛子、二階堂智
製作:2006年、アメリカ
モロッコの僻地に住むアブドゥラの家族。アブドゥラは外国人ハンターの案内人として働くハッサンから一丁のライフルを購入する。幼い2人の息子たちアメフッドとユセフは、父からライフルを渡され牧羊をジャッカルから守るため出かけて行く。しかし、アメフッドとユセフはライフルの性能を試そうと遠くに見える車やバスに目掛けて発砲してしまう・・・。
アメリカ人観光客を乗せたバスに1組の夫婦がいた。2人の子供をアメリカに残しての旅。どこか楽しんでいないリチャードとスーザンには深い溝ができていた。そんな時、窓側に座っていたスーザンに銃弾が・・・。
アメリカ、カリフォルニア州サンディエゴ。リチャードとスーザンの子供たちマイクとデビーは、乳母のメキシコ人アメリアが預かっていた。今日は、スーザンの妹レイチェルが子守りをする予定だったが突然のキャンセル。アメリアはメキシコにいる息子ルイスの結婚式に出席する予定だった。そしてアメリアは甥サンチャゴが運転する車でメキシコへと行ってしまう・・・アメリカ人のマイクとデビーを乗せて。
モロッコでのアメリカ人観光客銃撃事件は世界中で注目される事件となる。懸命に捜査するモロッコ警察は犯行に使われたライフルの所有者が日本人ワタヤ・ヤスジローであることを突き止める。
日本、東京都港区麻布。高層マンションに住む2人の親子。父ワタヤ・ヤスジローと娘チエコ。高校生のチエコはろうだった。音は聞こえず、声も出せないチエコ。ナンパしてくる少年たちは、チエコがろうだと知ると立ち去っていく。チエコは自分を「モンスター」だと言う。そんなチエコの前に、刑事マミヤ・ケンジが現れた。
Comment:
モロッコ、アメリカ、メキシコ、日本を舞台に、言葉に翻弄される人たちを描いたヒューマン・ドラマ。
天界に届きそうな「バベルの塔」を築いた人間たちに、神は罰として異なる言葉を与え人間の結束力を奪いました。そして、その罰は現代の人間にも受け継がれているようでした。
生死を彷徨うスーザンにリチャードは懸命に助けを求めますが、周りの人たちは英語がわからないモロッコの村の人々。言葉が通じない不安と恐怖が伝わってきます。唯一、通訳の男が救いの神のようにみえました。
しかし、時として言葉が通じても理解し合えないことが起きます。
テロリストにまた襲撃されるかもしれないと不安になるアメリカ人観光客たち。私たちは襲ってこないことを知っているので安心して観ていられますが、現地にいる観光客たちはさぞ不安だったことでしょう。助かりたいという気持ちは判ります。しかし、懇願しているのにも関わらず、今にも息絶えそうな人を置いて逃げるとなるとどうなのでしょうね。
また、リチャードとスーザンもお互いに理解し合えないでいました。2人の旅は、ある事件をきっかけにした旅でした。言葉が通じるのに、言いたいことが言えずにいた2人にとって、この大事件は2人を固い絆で再び結んだようでした。
リチャード役にはブラッド・ピット。精神的に疲弊した男を好演しています。最後に息子と電話で会話しているシーンが印象に残ります。
スーザン役にはケイト・ブランシェット。今回は銃弾に倒れた女性の役なので、身動きが取れず、他のキャストと比べると出番は少ないですが、存在感は十分にありましたね。
あと、モロッコ人の2人の兄弟。真面目な兄とやんちゃな弟。故意でないにしろ、してはいけないことをしてしまった2人。可哀想でしたね。弟はあの後どうなるのだろう・・・。
一方、アメリカにもバベルを築いた人間の子孫として罰を受ける女性がいました。リチャードとスーザンの子供の乳母であるメキシコ人アメリアは、メキシコからやって来た不法就労者。16年間、アメリカに住み続けていました。しかし、リチャードとスーザンの子供を連れて息子の結婚式が行われるメキシコへと向かいます。
アメリカからメキシコへと国境を越える場合は、問題はないのでしょうね。アメリカへの不法入国問題。明らかに異なる人種の幼い子供2人を乗せた車は、不審に思われても仕方のないことなのかもしれません。しかし、落ち着いて話し合えばわかること。問題なく国境を越えることができたはずなのですが・・・。
ここでも言葉が通じても理解し合えないことが起きてしまいました。
酔っていた運転手の甥サンチャゴの攻撃的な話し方が状況を悪化させてしまいます。でも、サンチャゴはメキシコへ旅立つときから警告はしていました。結局、アメリアが子供たちを連れて行ってしまったことが原因だったのでしょうね。故意でないにしろ、してはいけないことをしてしまったアメリア。
アメリア役にはアドリアナ・バラーザ。子供たちと置き去りにされたあたりからは、同年「ドリーム・ガールズ」で助演女優賞を獲ったジェニファー・ハドソンに負けないくらいの存在感がありましたね。ラストの警察署で取調べを受ける彼女の涙に心が打たれます。素晴らしい演技でした。
サンチャゴ役にはガエル・ガルシア・ベルナル。メキシコに住む裕福ではない青年たちのありのままの姿を垣間見せてくれたようでした。
ちなみに、リチャードの娘デビー役のエル・ファニング。似ているなぁと思ったら、やっぱりダコタ・ファニングの妹でした。
そして、日本にもバベルを築いた人間の子孫として罰を受ける女性がいました。ろうであるチエコは強気な女の子。父ヤスジローとの2人暮らしでしたが、仲は良いとは言えず、チエコは友達と街へ繰り出します。彼女の挑発的な行動に疑問を感じながらも、次第に明らかにされていく母親の死因・・・。チエコに前に現れた刑事マミヤ・ケンジにすべてをさらけ出しますが・・・。
チエコ役には菊地凛子。彼女は目で語っているようでしたね。難しい役であろうチエコを見事に演じています。演じるには相当な覚悟があったのではないでしょうか。今度はセリフを話している彼女を観てみたいですね。
ケンジ役には二階堂智。初めて観ました。顔も声もどことなく渡部篤郎に似ていますね。シブいです。
ヤスジロー役には役所広司。抑えているはずなのに説得力のある演技。そこに、やさしいはずのヤスジローの中にある得体の知れない禍々しさが感じられました。
日本のストーリーは謎めいています。はたして、母親の本当の死因は・・・。そして、ヤスジローとチエコの関係は・・・。
ここまで、書き記したことでモロッコとアメリカでは、
「バベルを築いた人間の子孫として罰を受ける人間」
「故意でないにしろ、してはいけないことをしてしまった人間」
がいました。すると、日本にもいることになりますが、それがチエコとヤスジローであったのなら・・・。
チエコは父親を親としてではなく男として愛していたのでしょうか。そして、ヤスジローもチエコを・・・?
ライフルをモロッコ人にあげたヤスジロー。例え良い人であったとしても、ライフルをあげるようなことまでするのか・・・もし、そのライフルで妻を撃ったのなら・・・証拠隠滅を図った?
すべては、チエコがケンジに託した手紙に書かれていると思うのですが・・・はたして・・・。
監督はアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ。「21g」でもみせた時間軸を狂わせるストーリー構成をこの作品でも試みています。しかし、リチャードの電話でストーリーを組み立てることができそうです。
異なる国で起きた異なる事件。そこには異なる言葉の壁がありました。私たちは口から発せられる声だけでなく心の声にも耳を傾ける必要があるのかもしれないですね。
第79回アカデミー賞 作曲賞
第59回カンヌ国際映画祭 監督賞
第64回ゴールデン・グローブ 作品賞(ドラマ)