さて、前回からの続き(シリーズ三回目)の記事です。
前回、前々回が「まだ見ていない」という方は、こちらへどうぞ♪
→
ブロックの具体例シリーズ その1
→
ブロックの具体例シリーズ その2
ここまでで、ようやくブロックの原因や、その過程がわかりました。
そして、それらを外していくには、二つの方法があるという話でした。
それが、
・価値観を変える
・許す
この二つです。
それでは、順番に書いていきたいと思います。
まず、
「価値観を変える
」という点です。
ブロックの原因となった出来事をわりと冷静に、詳しく覚えている場合や、
感情的な反応の少ない場合などは、こちらだけでもずいぶんと変わります。
例えば
「自由はいけない、我慢が社会を成り立たせている
」というブロックの場合ですと、
これは子供の頃に、
自由にさせてもらえなかった経験や、
自分が自由にして痛い目にあったという経験がベースになっている事が多くあります。
そして、これがブロックになったのは、
その年齢の自分が、その年齢なりの考えで、「こうすれば大丈夫」と学んだからです。
ポイントは、「その年齢の自分が、その年齢なりに考えた事」という点です。
(
とっても重要です!)
冷静に、純粋に、広い視野を持って、思い込みをせずに考え直せば
「そのブロックは、狭い視点で考えているだけの思い込みだ」とすぐにわかります。
しかし、ブロックの場合、それが(慣れるまでは特に)難しくなります。
何故かと言えば、
その子供の頃の思い込みを、もう何年も、あるいは何十年も
「これが自分の考えだ」と思って、
実際に使ってきているからです。
そもそもの出来た原因が、幼い頃の視野の狭い考えだった上に、
「それが私だ」と何十年も思い込んで、それを信じ込んでいるので、なまじ他人に指摘されると、
「私の事をわかってない!
」
「違う、それは私の価値観だ!
」
「そういう人間だもの!
」
と、かなり激しい抵抗がでるケースも多くあります。
これは、
「今の自分を変えたくない」という防衛本能から来ているものです。
これはこれで、仕方ない事なのですが、
とは言っても、そのままでは何も変わりません。
そこで、ある程度はそういう反応を出し切る事をした上で、
「それはもう不要なんだ」と認めてあげる(許してあげる)事が必要になります
具体的にどうするかと言えば、
「何故その価値観が出来たのか」
「その価値観は、どんな問題を生んでいるのか」
「何が許せて、何が許せないのか。その境界線は?」
「なぜその境界線なのか? その背景にはどんな考えが?」
などなど……、
質問は様々ですが、こういう問いかけを自分自身に投げかけて、
それに答えてあげる事で、まずは頭から、
「これは確かに、今の年齢の自分が考えてもおかしいと思う
」
と
自覚できるところまで持っていく事が大切です。
(個人的には、ブロック外しの極意は、「自覚すること」だと思っています)
実はブロックというのは、一種の偏った思い込みですから、
正論で攻めていくと、結構すぐに考え方が成り立たなくなります。
ただ、これまでもそういう事があったはずなのですが、
その時に
感情的になったり、人とケンカしたり、無視したりして
「自分が変わる」という事をしてこなかった結果が、ブロックとも言えます。
つまり、ブロックに取り組む、というのは、
「自分が変わる」というのを、より、スムーズに進めるためのものと言えます。
(強引に変わろうとすると、無理が出ます。その「無理」を
減らすのが、ブロック外しの目的と言ってもよいかと思います)
「自由はいけない、我慢が社会を成り立たせている」というブロックの場合ですと、
例えばですが、質問に答えていく事で、こういう形になるかも知れません。
<古い思い込み、ブロック>
・「自由はいけない! 一人が好き勝手したら社会が成り立たない、我慢が必要だ!」
<自分への問いかけ>
・何故、自由がダメなの? 自由は良い事では?
他人に気を使わない「好き勝手」と、自分で責任を取って行動する「自由」とが
何故いっしょになっているの? なぜ区別しないの?
・本当は自分も「自由」になりたいと思っていない?
うらやましいという気持ちは全くないと言える?
(もし言えるなら、何故そこまでこだわるの?)
・いつから「自由はダメだ」と考えてる? そうなる出来事の前は、自由にしていたんじゃないの?
本当は、自分も自由にしていたのに、途中から止めたのでは?
出来ないんじゃなく、途中で止めたのでは?
だったら、何故また「自由」になれない?
(そこに「怖い」という感情があるとしたら、それは何故?)
・そもそも、他人が自由にしていようが、不自由だろうが自分には関係ないのに、
どうして他人の「自由かどうか」をいつも見ている?
なぜ他人と比べているの? それは何が気になるから?
・自分が「見ていてイライラする」と思う人と思わない人は何が違う?
どのくらいの「自由な感じ」がイライラの境界線になっている?
友人でいうと、誰まではOKで、誰からがNG? その境界線は、どんな感じ?
……考え始めると、何十パターンでもありますので
キリがありませんが、およそのイメージはつかんで頂けるのではないでしょうか。
どういう種類の質問をしていくのかまとめてみますと、
おおまかには、このようになるでしょうか。
・「自分は本当はどう思っているのか」
この例でいえば、本当は自由がうらやましいという気持ちがないか、等が挙げられます。
→うらやましいという気持ちがあるなら、それは、嫉妬であるはず。
自分が嫉妬している、という
自覚が今までなかったから、ブロックのままになっている可能性もあります。
・「この思い込みのどこが間違っているのか」
この例でいえば、他人と自分の「自由さ競争」をしているのはなぜか
(しかも自分一人の頭の中だけで)等です。
→他人と比べる、という点に強い感情や考えがあるなら、そちらもじっくり見てあげる必要があると思います。
・「この思い込みは、具体的に、どのあたりに境界線があって、
アウトとセーフの違いは何か」
この例でいえば、好き勝手も自由も
全てまとめて考えているので、ちゃんと自分で考えて境界線を
ハッキリさせてあげる、等です。
→この例の場合、本当は「責任ある自由」の人を「自分勝手」と
誤解している事も多いと考えられるので、
そこをハッキリさせるだけで、ずいぶんと「イライラ」の回数が減らしていけると思います。
このように、今まで全く手を付けずに、
「こういうもんだ、仕方ない。自分は正しい、これが私の価値観だもの」と
思い込んでいたものに、あらためてスポットライトをあてていく事が、
ブロック解除の中の「価値観を変える」というワークになります。
今までは、これがブロックでしたので、
そもそも「今の年齢で考えても、本当に正しいのか」などとは、考えて来ていません。
(見たくないものですから、当然そうですよね)
ただ、ブロックというのが、
「子供の頃に自分で作った思い込みを、何十年も正しいと思い込んできたもの」
と、一度知ってしまいますと、
ブロックへ取り組むというのは、
「思い込みを捨てて、新しい考え方や価値観を用意する」というワーク
だとおわかり頂けるかと思います。
(どうも、ブロックというと、
「見たくない部分をエグりまくる、苦しい修行」っぽく思われている方が多いようで、
誤解を受けてるなあ… 
という感覚があるので、ちょっと説明してみました)
さて、次は「許す」という方法ですね。
こちらも次回の記事で引き続き書いていきます。