ブロックにまつわる記事をいろいろ見ていますと、
「これってブロックだと思うんだけど、ブロックじゃないのかな?」
「ブロックって、何となくわかるけど、…何となくしか……」
という感じの、もやもや~っ
とした雰囲気を感じてます。確かに、「とにかくブロック外しなさい
」的な答えで片づけられている事も多いですし、詳しく語られる事の少ない話題だと思います。
なので。
ちょっと具体的に見ていくシリーズを書いてみようかと思っています。
一回目は、やはり人間関係でしょうか。
(というか、ブロックの大半はこのテーマですので)
もちろん、ブロックというのは、古い価値観から生まれてくるものですから、
100人いれば100通りの答えがあります。
ここに書いた事に当てはまらないから、どうこうという話ではありませんので
最初にご理解くださいね。
それでは、思いつく順にいってみます。
ブロック事例1.「自由に生きている人を見るとイライラする、という場合」
これは私も以前、結構強く持っていました。営業職の時が一番強かったように思います。
どういうものかと言いますと、
例えば
「自由な時間に起きて自由に働いて、何故かお客さんが集まって売り上げがあがって、人生楽しそう」
という人を見た時や聞いた時に、言い知れぬ「ネガティブな感情」が湧き上がるような場合です。
程度にもよりますが、嫉妬も含んで良いかと思います。
傾向としては、厳しいルールの会社に勤めている場合や、
「自分が我慢している」という自覚がある場合などに出てくる事が多いでしょうか。
(もちろん、状況に関わらず当てはまるものは全てですが)
こういった感情になるのは、ある意味で仕方ない事ではあります。
しかし、です。
そもそもの部分を考えると、
他人がどのような人生を歩んでいても、自分がそれに対して怒る、嫉妬するなどの
ネガティブな気持ちになる事自体が、どこかおかしいですよね。
なぜなら、
「自分は自分の道を、自分で選んで歩いている
」という満足感があれば、そして、自分と他人の比較をしていなければ、こういう感情は起きないはずです。
では、なぜそういう感情が起きるのか

これを考える時に、初めて「ブロック」という問題にぶつかります。
どう質問するかにもよりますが、
一つの切り口としては、先ほどあげた
「自分の道を選んでいる満足感」と「自分と他人を比較しない」です。
「これらの考え方を、両方、ちゃんと受け入れていますか?」
と自分に質問してやれば、何かしらの感情が出てくるかも知れません。
「他人と比較しないなら、幸せって何なの?
」という答えは、比較を当たり前と考えてきた方にはおありかも知れません。
「自分の道を歩くなんてエゴだ、社会は人と人との間で成り立っているのに
」という反論もあり得るでしょうか。
まるで火がついたように、声をあげて反論される場合もあるでしょうし、
必死になって理論的に
説明しようとする場合もあるでしょう。どういう反論であっても構いません。
重要なのは、その反論の中身ではなく、その反論を言っている(思っている)時に、
心の中に、どんな感情があるか、です。
どちらの反論も同じように、
「認めないぞ、受け入れないぞ、だって自分は、~だったのに!」
といった、他人への攻撃と、自分は受け入れられなかった感が
ある場合が多いと思います。
(もちろん事例によるので、まったく違う感情の場合もありますが、あくまで多いケースという話です)
ちなみに、ここでは「他人への攻撃」と「自分は受け入れられなかった」の二つを挙げましたが、
実際には、「攻撃」だけが出てきて、「自分は~」の話は、まだ出てこない場合も多いです。
なぜなら、この質問だけで、「自分は~だったのに」といった、
セルフイメージを落とすような自覚にまで
一発でたどり着けるかというと、
よほど自分の感情をよく見えている人でないと少し難しいかと思います。
人間、誰しも防衛本能がありますので、セルフイメージを守るために、
本能的に、反論(攻撃)しています。
(長くなるのでおいおい説明したいと思いますが、
これはただの防衛であって、自分自身の重要な価値観ではありません。
ここを「私の価値観はこうだから」と思い込んでいる事も、ブロック外しを難しくさせる原因です)
ブロックから出てくる反応の大半は、セルフイメージを守るための防衛行動です。
本能に近い部分で動いているので、感情的になりますし、
「またやってしまった」と思う、パターンにハマりやすくなります。
こういう防衛行動の裏には、その原因があります。
なぜ防衛するかと言えば、セルフイメージが下がるからです。
なぜセルフイメージが下がるかと言えば、それを「自分が出来ない」と認めなくてはならなくなるからです。
何が出来ていないかというと、
まさに「自由に生きる」という事であり、「他人と比較しない」「自分で自分の道を選ぶ」
のいずれか(あるいは全部)と思われます。
では、なぜ出来ないのか?
それは過去に何かしらの原因があるから、そうなっているはず。
生まれた時からそう考えているのではないはずです。
必ず、生きてきたどこかのタイミングで
そう思うように「なった」はずです。(元からそうだった、ではなく)
これが、ブロックというのが価値観の一つであり、
「学習」の一つでもある理由です。
こうなったのが自分のせいか、他人のせいかは、
ブロック外しのプロセスでじっくり深めて見ていく必要があります。
……うーん、ちょっと記事が長いですね。
どうしてもブロックの事を書くと長くなってしまいます。(だから冊子にしたといえば、そうなんですが…)
中途半端なところで恐縮ですが、
ちょっと長いので次回へ続きます。
なんだか
「答えはCMのあとでっ
」的な終わり方で嫌だなあ……。