隋は鮮卑族の可能性が高かったが、300年続いた唐も、漢民族というより鮮卑族かトルコ族を皇帝とした王朝だったろう。
300年とはいったが、初期に部下のクーデターで倒れたから、正確には300年ずっと途切れずに続いたわけではない。
というか、中央アジアの草原地帯が母国だったかも知れない。
満州には渤海国があり、日本とも交易があった。
が、北朝鮮と中華人民共和国の間にある白頭山の破壊的噴火(紀元後最大の破壊的噴火で、地球の気象に変化を与えた)とだいたい同じ時期に消えた。
あるブロガーさんが、昔の中国にはパンダ(大熊猫)の記載が無いと指摘されていたように、かつて『中国』には、パンダがいなかったのである。
少なくとも唐本土には、いなかった。
なお、唐時代には、大和文化が発展した。
平仮名や片仮名も、この時期に生まれ、長編小説やらきらびやかな衣装も生まれた。
が、朝鮮半島では正史さえできておらず、衣服の染織技術さえなかった。
たらいやら風呂桶を作る技術も無かったが、日本に文化を伝えたらしい。
不思議な話だ。
だいたい、唐初期にできたであろう朝鮮半島南部の古墳には、日本でしか取れない石があるはず。
これは任那の存在が事実だと物語ると思うが、あちらの学者は不思議な理論(日本を支配していた)の歴史がある。
少しは古文書を読もう。
いや、無理か。
漢字を読めなくされてしまったから。
任那の存在や朝鮮半島での日本での地位は、魏志などに明らかだ。
が、安東大将軍だと魏も認めていたことは、日本の義務教育からも外れている。
文部省の役人らは、よほど半島の方々に弱みでも握られたのやら。
★蛇足
あるブロガーさんが、ミノア文明について書かれていた。
確かそのあたりに、菊の御紋がある。
さらに、こんな類似もある。
