常夏の国でのことだ。
私はそこで、初めて入院というものを経験した。
短期出張で来た方が、到着直後に夕食で腹痛を起こし2週間くらい入院し、結局なんら仕事もできずに日本に帰ったり、屋台で買ったイチゴにあたって入院した先輩がいたりと、比較的入院がよくあるなかでは、珍しい存在だったかも知れない。
入院となった経緯と経過が、今なら笑える。
ある仕事で、このくらいは大丈夫だろうと50kgくらいの物を持ち上げた。
新入社員時代には30kgの金型を300m機械無しで持ち運びしたことがあったから、けして無謀なこととは思えなかった。
が、持ち上げた時に、腰に異様な感覚があった。
半分気のせいだと思い、週末には日課となった19番ホールまでこなした。
翌々日には、いよいよ違和感が増し、近くのマッサージ(特殊マッサージではない)に行った。
多分、強力なバンテリンの仲間と何らかの薬のせいだろう。
一瞬、痛みが消えた。
これが結果的に、より悲惨さを招く。
次の月曜日には、平気な顔で出勤できたものの、夕方には一層痛みが激しくなる。
また、近くのまともなマッサージ屋に行く。
これは、あまり頻繁には使ってはいけないのだがと、また強力バンテリンとメンソールオイルみたいものを背中や腰に塗られた。
しかしながら、今回は前回のような劇的改善は見られない。
半分びっこを引きながら会社に行く。
見かねた現地スタッフが、霊現あらたかだという、街から外れた所にある寺のような礼拝治療施設のような場所に連れて行ってくれた。
まずは、タバコを2カートンくらい用意して欲しいとなった。
会社からその施設へ行く途中で、タバコと花を買う。この地では、坊さんが金を持ってはならない。ただし、仏教が伝わった頃にはまだコロンブスはいなかったから、タバコを禁じる法もなかった。
だから、相当公的な会合でも、坊さんがくわえタバコをしていたりする。
日本の寺では不謹慎ととられかねないこの行為も、そこでは常識だった。
日本では上座部仏教(昔は小乗仏教と教えられた)は、かように日本の仏教とは違う。
もっとも、彼らからすれば、日本の僧は妻帯などという恐ろしげなことをしたり、金に触れたり、金で食べ物を得たりする破壊僧ばかりに見えるだろうが。
こうした類いの治療とかは、信仰心の薄い私は苦手だったが、スタッフの強い勧めに従った。
寺のような治療施設では、しばらく待たされた。
通された部屋で、半裸にさせられ、彼らのいう治療が始まる。
すぐ左脇に、手足なら簡単にぶつ切りできそうな青龍刀のような鉈を持った男が現れ、その風圧さえ感じられる所で思い切り鉈を落とす。これを何度か繰り返す。
右脇には、かなり高名らしい坊さんが、なにやら呪文を唱えている。
と同時に、何らかのオイルを腰あたりに塗られた。
ははーん。
心理療法を兼ねた治療だな、と思った。
恐怖と麻薬の類いで痛みを忘れさせるやり方だ。
信心深くない私は、そう判断した。
そんな不信心がたたってか、翌朝は悲惨な状況に陥る。
あまりの腰の痛さに、ベッドからなかなか起き上がれない。
転げるようにベッドから離れたものの、顔を洗うために頭を前に倒せない。
永遠に遠い5m先にある電話器までやっとたどり着き、近所にいた先輩に休みたいと伝えた。
しばらくすると、先輩の奥さんがお粥を持って訪ねて来てくれる。
涙ながらにドアまでたどり着き、厚意に感謝した。
あの時の先輩の奥さんは、ファンだったこともあり、神様仏様に見えた。
昼頃だったろうか。
会社の勧めで、病院行きとなり、即入院となった。
その国のトップ近い位置にある病院は、私のイメージにある日本の病院とは、待遇が全く違っていた。
金も桁違いだったが。
単なる腰痛なのに、20畳くらいある個室。
2、3日して何とか歩けるようになると、私の悪い虫を刺激する若い看護婦さんたちが、風通しの良い胸元をしたコスチュームで現れ、若者には毒な看護をしてくれたりする。
中には、二十歳前と思われるナースが、
Ao mai?
(Do you want?)
などと、仲間とからかう。
こっちが
Dai yo!?(Can?)
とかいうと、顔を真っ赤にして、
Loo a! Kao loo!
(He know!)
とキャッキャする。
ある意味、楽しい初入院ではあった。
請求額もまた、治った腰を抜かしかねないものだったが。