【ああ、長い勘違い】恥ずかしや | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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私の中では、長く勘違いをしていたらしい。

示現流免許皆伝は、祖父ではなく、曾祖父だった。

学校の年史を見て分かった。



家に帰らぬ者というか、あちこちの道場破りに近いことをしていたようだったようだ。

今なら、賞金稼ぎだ。


これは私にも言えてるぞ。

海外から戻って、怒りに燃えていたころ。

私も賞金稼ぎで、生活をしていたことがある。


日本を代表素する賞金稼ぎ雑誌で奇人10指に選ばれ、その本社にも行ったことがある。

受付のお姉さんがきれいだった。


或る発表会では、そのお姉サンの指を借りた。

賞金200万は私のものか?という段階で、こんなことがあった。


審査員の代表が、こう言った。

「俺は、この名前は嫌いなんだよ」


はあ?と思った。

それはネーミング審査ではなかった。


業界では相当有名で、今ではマスコミにも出るその人の頭を疑った。




これはアイデアの問題だ。

あんたは馬鹿かい?と言いたかったが、抑えて笑った。



そういや、これは裏を取ってはいないが、水戸の御老公と古事記問題でやんやした黒羽・大関あたりの老人は、母系の縁戚だろう。

また松尾芭蕉にカエデを紹介したのも、ご先祖さまが深くかかわっている気がする。




父の死後、今改めて過去を調べている。


曾祖父の兄弟は、皆優秀だった。



大伯父などは、今でも明治時代の本がアマゾンの最初に出てくる。

神戸の図書館なら、電子保管しているようだ。

時々意味不明のことを言っていた、近所の変人おおばあさんは、その大伯父が北の方から連れてきた人かもしれない。


大伯父のお手伝いさんだったことは、わかっている。

大伯父は、白頭山付近の調査に行って、当時はかなり著名になり、やんごとなき方の婿になった。



するってえと、

日本では最大の高校建設に関わったという新作さんの話も、本当か?


確かに、同じような名前だが。でもこれは、あの学校史には出てこない。

また、黒羽藩がらみだが。

勝海舟の名前も見える。





あれからどんなだ?


に対して、

昼に9人、夜には10人でさあと言う、日本最初のやり取りで有名なあの方あたりの伝説も、多少は事実が含まれているんかなあ。



この神話も、ご先祖様に関係することになる。


うちの墓守は、稲田の人だ。