【差別の歴史】その具体例←一部の人には常識ですが | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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先の記事で、韓国併合した頃の朝鮮半島は、植民地であったアフリカの一部と並ぶ世界最貧国の代表であったことがお分かりかと思います。

韓国ドラマ『トンイ』などは、私は大好きです。

が、これは数行記事を1時間ドラマ合計60本にしてしまった、ほぼ100%フィクションなわけです。

他のドラマも同じようなもので、中には1、2行記事を数十時間連続ドラマにしたものもあるようす。

この妄想力、想像力には驚きます。

先に挙げたように、ドラマに出てくる衣服や家は100%と言ってよいほどあり得ません。

というのは。色柄物は王や王妃などごく一部が清国などから下賜されたものを使っていたか、清国からの渡来富豪のごく一部が来ていただけであり、アメリカとの交渉の写真を見てもわかるように、外務大臣クラスでさえ白装束しか着られませんでした。

染色技術が無かったからです。

また、西洋の旅行者が日記に書いているように、北京とソウルは世界一汚く臭い国との評価もありました。

とにかく、風呂はもちろんありませんし、上水と下水の差さえなかったからです。

また、2階の家などまずなかったはずです。

儒教を変に解釈したため、王宮より高い建物など建てたら死罪だったでしょうし、その技術もなかったでしょう。

筑波大大学院教授も言っていらっしゃるように、針や丸い桶を作る技術さえ無かったのです。

瓦屋根にするにも、身分制限がありました。

もっとも、当時瓦屋根を持つ家などほとんどなかったはずです。

写真で見る限り、ソウルの家々はほとんど草ぶきです。

それは大臣家で同じだったことは、当時の写真が証明しています。





でも、あちらの昔を描いたようなドラマはなかなか楽しく、私は好きです。
美しい衣服、整然とした街並み。

別世界の話で字はありますがね。




さて、では人々暮らしはどうだったのでしょうか。


これは書くのもかわいそうになるほどの、殺戮と差別の積み重ね。

あまりのことに、想像さえできないかもしれません。


殺戮の歴史は、書いても知らない名前や集団ばかりになるでしょうから、差別について簡単に具体的に書いていきますか。





朝鮮半島、とくに韓国では、いまなお差別を助長する法律があります。
ひとつは本貫と言って、先祖や出身を明記することに関わる法律です。
そしてもうひとつは、日本を良く見るかどうかということでしょうか。
先祖が親日だった場合でさえ、子や孫が罰を受けます。
例えば、李王室の子孫は、日本から大切にされて天皇以下ではあっても日本の侯爵以上の地位を得ていました。
このため、李王は親日とされ、その孫が罰を受けます。

土地などの返還を求められているのです。
そんな例がすでに数百例あり、日本円で何十だか何百億だかの罰金も支払わされています。



さて、本題に入りましょう。

日本が韓国を併合する前に、差別されていた人たちの信じられない待遇を列挙します。
(Wikipedia参考)

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日本が併合してから禁止された差別の例。

以下のことを破った差別されていた一部の民は、殺されたとしても文句が言えなかった。

また、殺した人間も罪を問われなかった。






1、自分の先祖のことを書くこと。


2、好きな職業につくこと。


3、好きな相手と結婚すること。


4、日当たりのいい土地に住んだり、丘の上に住んだりすること。


5、屋根に瓦を付けること。


6、文字を書いたり学ぼうとすること。



7、敬語(日本より複雑)を間違ったり、使わなかったりすること。


8、名前に選らそうな漢字を使うこと。


9、苗字を持つこと。


10、公共施設や公園に行くこと。


11、死人を棺桶などに入れること。


12、日当たりの良い場所な墓をつくったり、墓碑を建てたりすること。


13、胸を張って歩くこと。


14、リャンバンなどの目を見ること。




繰り返しますが、特定の人たちがこうしたことをすると、その場で殺されても仕方がないときもあったようです。


ただし、日本は併合後にこうした差別を廃止しています。


これが朝鮮貴族である安重根などの反発にあいます。


自分たちの権利が無くなってしまい、働かないといけなくなったからです。



蛇足ですが、当時の貴族の食事法では箸も女などが貴族の口までもって行く場合があり、これをまねた食事ツアーは、比較的最近まで旅行の目玉だったりしました。



※鄭棟柱『神の杖』解放出版社1997