【日本では報道されないあたりの話】犯罪者の末路 | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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★これは小説です。

類似した事実とは一切関係ないとしておきます。


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どういう経緯でそうなったかは覚えていない。

確かそれは春節。

今日と同じような日だった。


とにかく私はチャムンデングラアンタルンチホリと一緒に、その男の家を訪ねることになった。

ああ、めんどくさい。

チャムンデングラアンタルンチホリは長すぎる名前だから、本当は切ってはいけないが、失礼ながらチャムンとしてしまおう。


チャムンは結婚しているが、旦那は海外に長いこと出張している。

おっと、危ない話になりそうだから、その話はおいておこう。



訪ねる予定の男の家は、町からは相当離れたところにある。

その国では、結婚している奥さんと外国人が一緒に歩いているだけでかなり危険な行為だが、田舎に一緒に行くなどというのはほぼ間違いなく犯罪行為だったろう。


ある日本人男性が現地の女性と同棲し、女性にいくばくかの金を渡していたのがトップニュースになる国である。

女性は檻に入れられて、市中をひき回しにされる。

その女性が、その後どうなったかは知らない。

一方男性の方は、画面に顔やら名前はもちろん、出身地情報から財布の中にあった女性の写真、パスポートの拡大写真まで流される始末だ。


個人情報保護だの人権だのは関係ない。

その日本人男性がどうなったのかも知らない。


パスポートを取り上げられチュンガルパット収容所行きになった、とまことしやかな噂が日本人の中で流れた。

が、これの真偽は分からない。

ちなみに、チュンガルパットは西の方にある高山の半砂漠地帯で、冬はマイナス40度、夏は40度を超えるという熾烈な環境だ。

生きて帰れる者は少ないらしい。


そんなことを知っていながら、どうして私は彼女の誘いに乗って町を出てしまったのだろう。

その理由は、いまだに記憶から消えている。



さて、その男と言うのは、チャムンのかつての尊敬する先生らしかった。

また、その国では一部の人間しかなれない組織の幹部でもあったらしい。

この組織に入っている人間と庶民では、まったく待遇が違う。

極端な表現をすれば、その組織は国そのものであり、そこに入れない大半の一般庶民は、日本国憲法でいうならば文化的で最低限度の生活さえも保障されない。


ところが、その先生が組織から除名されてしまっ。た。

その国で、組織員だった人間が除名されることは、なかば死を意味する。


その男がそんな運命に陥ったのは、日本では考えられない理由による。

いや待て。それを書いてしまうとどこの国か特定できてしまう。

世界広しといえども、そんなことが犯罪になる国はおそらく数ヶ国だろうから。


いや待てよ。これは小説だ。

そうそう、小説だから、万が一そっくりの国があったとしても、そことは無関係の話である。


ということで話を進めよう。

その男がそれまでの地位も名誉も失い、半分人間以下になったのは、子どもを2人作ってしまったからだ。

日本なら祝福されることはあれ、差別を受けることはないだろう。

しかしながら、その国では大罪だった。


2人目の子どもは、人間とは認知されない。

出生証明書も無ければ、日本の戸籍にあたるものも得られない。

もちろん、学校になどは行けるはずがない。

長じても職を得ることは不可能だから、路地で残飯をあさることになる。

制度上は人民が皆平等の国ではあるが、実際にはそうした者が田舎の片隅に住んでいる。


子を産んだ親も悲惨な末路をたどる。

すべての私有財産が没収され、やはり町には住めなくなる。

子がある程度の年齢になったら、一緒に住んではならない。

とにかく、その子は人間ではないのだから。



その男の家は、いや家と呼んでいいのかどうかは疑問だ。

日本人の感覚で見ると、日本の家畜小屋よりも不衛生な泥づくりの建物に住んでいた。


そこに行くまでに乗ったバスの臭気には、何とか耐えていた。

が、その家の中に臭いには、多少汚い所も免疫があった私でさえ吐き気を催した。


部屋の中に、糞尿の臭いが溢れている。

おそらく何年も風呂に入ったことがないであろうその男の皮膚は、薄暗がりの中でも奇妙な光を放っているように感じられた。

男の目はうつろだったが、チャムンを見るとかすかに口元を緩ませた。

同時に、私には恐怖と怒りの入り混じった視線を向けた。



チャムンがお土産のお菓子を差し出す。

男の歯がかすかに鳴った。

目にわずかな潤いが見られた。

チャムンとはなにやら話を交わしていたが、方言がきつく私にはほとんど理解できない。

しかし、ザランニ(日本人)という言葉は聞き取れたので、私のことも話しているであろうことは推測できた。



若かったなあ。

今では、そんな危険なことはできない。

まかり間違ったら、チュンガルパット行きになる暴挙など。

だいたい、外国人が田舎に行くことさえ、当時その国では大きな法律違反だった。








言葉だけ取ると、素晴らしく平等な名前の国もある。


しかし、実態は正反対かもしれない。



★繰り返します。これは小説です。